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雑用係と少女の刹那。


 ザリ、と小さな音を立てて、レヴィは地面を蹴る。


 クトーとの距離は、一直線に跳ね飛ぶような足運びで三歩。

 だが、対峙する雑用係がその『間』をただ黙って埋めさせてくれる訳もなく。


「〝刺せ〟」


 彼が地面につけた偃月刀の先端に、ポウ、と光が宿った瞬間。


 クトーの左右にある地面が泥のように蠢き、無数の土針となってこちらに向かって放たれる。


 レヴィは、斜めに交差するように二ヶ所から着地点に向けて放たれた土の魔法を迎撃した。

 砂埃を巻く速度で回転し、両手の曲刀を振るう。


 キキキキキキキンッ! とこちらが一繋ぎの連音符を奏でる間に、本命の一撃が飛んできた。


「ーーー〝銀竜一閃(オロチノキバ)〟」


 聞き覚えのない魔法、あるいはスキル。


 おそらく、勇者と魔王の力を備えた人竜形態……〝英雄形態(フォームブレイヴ)大蛇(オロチ)〟を編み出した刺突の一撃。


 【死竜の杖】がもたらす、魔王の力が迫りくるクトーの体と偃月刀を覆っているのが感じられる。


 防がなければ倒される。

 だがそちらに対応すれば、まだ止まない針の弾幕で負傷するのを避けられない。


 クトーが迫る二者択一は、『無傷での突破』を想定させてくれない。


「ッ……せ、りゃぁ!!」


 刀身から炎を吹き上げ、その勢いで出来る限り針の大群を吹き散らしながら、レヴィは連撃を放つ。


 足先を起点に、回転の捻りを勢いに変えて。

 偃月刀の刃に叩きつけた左の一撃と、右の刺突によるカウンター。


 偃月刀の軌道が逸れ、代わりにいくつか体に突き立つ針の痛みに、ギリィ、と奥歯を噛みしめ……レヴィは大きく目を見開いた。


 放った刺突が狙ったのは、喉。

 しかし必死になり過ぎた。



 ーーーこれが当たれば、クトーは死ぬ。



 しかし、レヴィが危惧したのはそこではなかった。


 こんなたった一度のやり取りで、クトーが真正面から受けて立ったことを、レヴィは不審に思うべきだったと、気づいたのだ。


 クトーがその一撃を防ぐか……あるいは、と懸念した通り。

 炎の刃が突き立ち(・・・・・・・・)そのまま(・・・・)喉をすり抜ける(・・・・・・)


 ーーーやっぱり!


 偃月刀は本物。

 幻影は、濃密な、本体とわずかな差異しかない気配を纏う〝欺き〟の補助魔法。


 魔王の気配に紛れ込ませて行使された、闇魔法の幻影が消えると。


 元の位置に立ったまま、偃月刀を〝大蛇(オロチ)〟の形態同様の手法で操っていたクトーの姿が見えた。


 右手の【五行竜の指輪】が『魔力の器』を発現させる輝きを見せ、左手には三本のピアシング・ニードル。


 その右手は、眼鏡に添えられていた。


「〝凍れ〟」


 放たれる、地面を走る氷の(ツタ)

 同時に振るわれる左手。


 全力で突き抜いた直後であり、体勢を崩して硬直するレヴィの足は凍らされ、さらに動きが鈍る。


 そして自分の周囲に突き立って簡易結界の基礎を形成するピアシングニードルと、右手をかざしたクトー。

 

 動けない。

 負ける。


 後ーーー。



「ーーー〝潰せ〟」



 全方位から体を圧縮されるような、濃密な泥に固められたような空気の圧が襲ってくる。


「……カッ……ハッ……!」


 息が出来ない。

 それはぷにおと『夢見の洞窟』で戦った時にクトーが使った連続魔法攻撃の簡易版だった。


 正面から、今度こそ駆けて来た最強の雑用係は。

 レヴィが弾いた偃月刀を手元に引き寄せ、ファーコートの裾を大きく風に煽らせながら握り込む。


 ーーーこんな、無様な……。


 結局策略に引っかかって、詰むような。


 ーーー負け方。


※※※


 クトーは、最後まで油断はしなかった。


 喉元に刃を突きつけ、彼女の降参を引き出すまでは、勝負はついていない。


 偃月刀が届く距離まで、後一歩。

 シャラン、と耳元でメガネのチェーンが鳴る。


 右手を前に、左手で偃月刀の柄尻に近い位置を支えて、そのまま(しご)き抜く。


 避ける方法はない、はずだった。


 だが、レヴィの口元が動いた瞬間、重圧の魔法と氷によって動きを止めていたはずの彼女の姿が消える。


 ーーーまだ、終わらないか。


 扱き抜いた偃月刀は空を切る。


 消える直前。

 クトーはレヴィの姿が拳闘士に変わり、溶けたように見えた。


 非実体の魔族が使う《闇渡り》に似ているように感じたが、残っているのは土の気配と、リィン、と微かに響いた鈴の音色に似た震え。


 ーーー土遁。それも、血統固有スキル。


 おそらくは、ジョカから受け継いだ力の応用なのだろう。

 ならばその移動で、盗るのはクトーの背後。


 次が、最後の一合になる。

 クトーに残された時間は、おそらく後魔法一つと、斬撃一つ。


 一撃を防がれれば、至近距離で彼女の攻撃を防ぎ切る術は、もうクトーにはない。


 ーーーが、それでは礼を失する。


 無理を押す。

 この決着には、それだけの価値がある。

 

 クトーは、同時に二つの魔法を練り上げた。

 頭の中が灼き切れるような負荷が襲うが、無視する。


 刹那の、序。


 クトーは振り向き様に最初の呪言を唱える。


「〝(たぎ)れ〟……!」


 強化された身体能力で、最速で体に押しつけるように引き込んだ偃月刀を短く持ち替えて、背後に向けて振るった。


 刹那の、破。


 飛び出してきたレヴィは、また即座に姿を変化させる。


 トゥス耳兜を被ったニンジャ姿で、下から突き上げるように逆手に構えたニンジャ刀を突き込んで来た。


「アァアアアアアアア!!」

「……!!」


 一合、レヴィの刃をクトーは握った両手の間にある、狭い偃月刀の柄部分で受ける。

 二合、そこを起点に返した刃の峰を彼女の首筋狙って叩きつけようとするが、頭を傾けた彼女の兜の表面を削るに留まる。


 三合、上体を横に倒して、下から右の斬撃を振るうレヴィに、膝で手首を突き上げて軌道を逸らし。

 四合、右の刃の軌跡の影から放たれた彼女のつま先がこめかみを襲うのを、偃月刀の柄尻を跳ね上げて防ぐ。


 五合。

 そのままクトーは、二つ目の魔法を発動した。


 刹那の、急。




「ーーー〝沈め〟」




 最後の魔法は、物体の重さを増す『加重(ウェイト)』の魔法。


 レヴィの速度にクトーが対抗し切るには、増加した腕力でギリギリ支え切れる程度の重みを武器に加えて、彼女を地面に押し付けるくらいしか方法はない。


 元は、小柄な少女。

 下からの攻撃を加えてくるのは予測の範囲内。


 今度こそ、倒せるはずだったが……。



 ……クトーの魔法は、発動しなかった。


※※※


 レヴィは、先ほどクトーに騙された瞬間に、思っていた。


 ーーーこんな無様な負け方……出来るわけがないでしょ!?


 その瞬間、感じたのだ。


 自らの体の内に在る、新たな魔王の力の、胎動を。


 それは、まだ種に過ぎない。

 レヴィはそれでも、活路を見出した。


 その力を使って〝変化〟を加速させ、クトーの一撃を避けた。


 ーーーズルいかしら。


 こんな勝ち方は、とも思うが。


 仲間を守るためなら、どんな力でも振るい、そして躊躇いもなく捨て去る目の前の男を見てきたから。


 レヴィは、あらゆる手を尽くすことを、いつだって考え続ける、クトーの弟子だから。


 お互いにギリギリで攻撃を避け合うこの状況で、為すべきことはたった一つ。

 相手の手を潰し、こちらの手を押し付ける。


 クトーの魔法。

 それさえ潰してしまえば、速度と身体能力で勝るレヴィは、勝てる。


「ーーー〝沈め〟」


 クトーは思った通りに、もう一発魔法を打ってくる。


 だから、レヴィはスキルを行使した。

 勇者と魔王の力が、レヴィ自身の目覚めで、より近くなったから……多分一瞬だけど、使えるスキルを。



「《影響凍結(コキュートス)》……!」



 竜気以外の他への影響を全て無効化する、サマルエのスキルが、発動する。


 クトーは、重みに任せるつもりだった偃月刀に変化が起こらなかったことで、挙動が乱れた。


 レヴィは跳ね返るように上体を起こして、相手の懐に潜り込むと、両手のニンジャ刀を交差させるように振るい。



 ーーークトーの首を挟み込んで、ピタリと動きを止めた。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝った……
[一言] 「惜しまれて終わるのが名作」、を地で行くような素晴らしい作品だと思います。 外伝、期待してます!
[良い点] 決めた か やったねレヴィ 少しずるいような気もするがw [気になる点] このまま魔王になるん? なっても変わらず一緒に居そうw [一言] あと一話ですか 長かったような短かったような …
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