少女は、悪手を打つようです。
ーーー来たな。
クトーは、貼り終わった罠の中心……木々の隙間にある十メートル程度の空白地帯に位置した状態で、レヴィの動きを察知した。
周りに張り巡らせた罠については、彼女の目の良さと、鍛えられたカンや洞察力によってある程度見抜かれている可能性は高い。
しかし同時に、見切られてなお、動きを極限まで制限するように仕組んであった。
その中で、ただ一点。
罠の張りが甘いところを、あえて風上側に作ってある。
レヴィはそこを入り口として『発見』するだろう、というところまでクトーは読んでいた。
その動きを感知することに集中して、探査の魔法に向けていた意識に『自然ではない反応』が返ってきた。
ーーー十中八九、レヴィが動いた。
気配はない。
しかし、いつの間にか隠形の技術を高めていた彼女のそれを察知出来ない可能性は、織り込み済みだ。
リュウに小さく合図を出すと、上空を旋回していたリュウが、少しだけ輪を広げて舞い始めた。
レヴィが罠の入口に入りやすくするためだ。
上空に位置する彼は、レヴィに視認されていると思っていい。
だが彼女よりも遥かに飛翔に長け、人類最強クラスの制空力を持つリュウを、一撃で排除出来る手段はもうない。
リュウ自身が既に警戒しているからだ。
さらに分断に失敗している上で、さらに不利な状況、そこからクトーの追撃があることを予想しないほど、レヴィは愚かではない。
ーーー故に仕掛けてくるのなら、俺に対してだ。
単体戦闘能力では、おそらく人竜化を加味した上でリュウとレヴィは対等。
クトー自身は、一歩劣る。
ならば連携を取らせる前に、弱い方を始末するのが鉄則だ。
微かな違和感が、どんどん近づいてくる。
罠が発動する様子はないが……その発動しない道を通るのなら、クトーの一撃を回避するのは不可能である。
細い安全地帯の両脇は、一歩踏み外せば魔法と物理の罠が連鎖発動する最大の危険地帯だからだ。
クトーは【死竜の杖】に魔力を込める。
術式を編んだのは、闇の上位魔法。
半径数十メートルの範囲に地を這う赤い雷を現出させるものだ。
頭上の木々には、範囲内に入った者を麻痺させる範囲結界の呪符を設置しており、そのさらに上空にはいつでも急降下可能な体勢を維持するリュウ。
一撃離脱を選択すれば、彼女が掛からなかった罠が襲う。
ーーー終わりだ。
クトーは茂みが軽く動いた瞬間に、地を這う雷を発動した。
※※※
ーーーこちとら、読み合いで勝てるなんて思っちゃいないのよ!!
クトーを視認して、ドン! と地面を蹴ったニンジャ姿のレヴィは、そこで形態変化の呪文を口にした。
「〝攻守双璧〟!」
トゥス耳兜は、前頭部分の雫型とハート型の耳あてを合わせた形に。
フライングワームの一式は、ユグドリアの聖騎士装備同様の質感に。
そして腰当て部分から前開きのスリットスカートが滑らかに広がる。
手にしたニンジャ刀が、投げナイフやチェーンが内側に収められた丸い小盾に姿を変えた。
ーーー〝世界樹の護り手〟。
レヴィの形態変化の中で、最も高い防御力と魔法耐性、膂力と突撃能力を誇る姿である。
読み合いで勝てないから、覚悟を決めた。
負ける覚悟では、当然ない。
全ての罠の発動に耐える覚悟を、だ。
結局、どれだけ考えてもクトーを上回る方法は思いつかなかった。
こちらが尽くした手を一瞬で潰して来る相手に取れる手段は、二つしかない。
逃げ続けるか、突っ込むか。
逃げるが勝ち、が通用するのが生きることに特化した状況である以上、負けるリスクを取っても突っ込むしかレヴィには手がなかった。
だが、力押しをするのならそれ自体には万全の準備をすべきだ。
「おぉおおおお!!」
クトーが魔法を発動した瞬間、同時に空中を走る雷撃が体を襲う。
ここまでは、予想通りだ。
『殺すつもり』がない以上、無力化に関してはこちらの動きを止めるしかない。
「むーちゃん!」
『ぷにぃ!』
レヴィと同化したむーちゃんは、地の気を全身から放出した。
雷の威力を、形態の魔法耐性と合わせて相殺したレヴィは、そのまま雷撃を全身に這わせたままクトーに突っ込む。
盾を構えた特攻は、少しだけクトーの意表を突いたようだった。
期せずして雷撃を纏ったことが功を奏し、受ければ自身がその影響下に入ることを察した相手が、素早く後退する。
だが、周りは自分が仕掛けた雷撃原と罠の森。
さらに追撃すると、自分も動きを封じられているクトーは、防御結界を展開した。
「〝防げ〟」
その結界に向かってレヴィが大きく踏み込むと、お互いの力が反発力になって拮抗する。
「考えなしの特攻であれば、お前の詰みだ」
クトーが目を細めたのと同時に、上空から凄まじい竜気の圧が降って来る。
ーーー考えなしなわけ、ないでしょ!?
リュウが迫る。
クトーに攻撃は届かない。
だがそれこそが、レヴィの狙いだった。
力押しをするのなら、とことん、だ。
『戦術を決めたら、全力で実行しろ』と、そう教えたのは、目の前の男なのだから。
身をもって、知ってもらう。
「〝人竜魔導〟……ッ!」
レヴィは、集中し切っていた。
クトーの目が、わずかに見開かれる動きすらゆったりと見えるほどに。
〝擬似人竜形態〟と呼ばれる最強の切り札を、レヴィはここで切った。
クトーが、おそらくは一番警戒していたはずの。
そしてレヴィ自身も、いつ使うか直前まで迷っていた。
強い力は、諸刃の剣。
一度使ってしまえば、相手もそれに応じてくる。
そのまま、倒すか倒されるかの終局までもつれ込む……その時点で、どれだけ有利な状況にあるかが、鍵だった。
このタイミングで使うことを、クトーは予測していなかったはずだ。
接敵をする時。
フォローもなしに突っ込むのは、悪手中の悪手であり、不利を打開するために切り札を使うのは、さらなる愚策だから。
しかし、もしその悪手が、起死回生の一手であったなら?
クトーがこちらの行動を悪手と判断したように、クトー側もその愚を犯しているのだと、彼はきっと気づいただろう。
だが、もう遅いのだ。
今まさに、クトーとリュウの二人ともがこちらに接近している状況こそが、レヴィが詰まないために望んだ形だったのだから、
クトー側がレヴィを詰め切ったと確信する、際の際。
狙いに気づこうが、もうどうしようもないタイミングで。
ーーー見なさい。私の〝本気〟をォ……!!
一瞬で人竜の姿に変わったレヴィは、カッと目を見開いて、吼える。
「ーーー聖教気爆轟竜魔法ッ!!」
魔将の魂すらも浄化するほどの、膨大な聖気を爆発力に変えて。
レヴィは、周りの全ての罠ごと、間近に迫った二人を吹き飛ばす一撃を放った。




