おっさんは、少女の悪巧みに嫌な予感を覚えるようです。
第七、艮漆の扉。
「ここが最後だ。待ち受けている罠の内容については、さほど難しいものではないと思うが……」
「思うが、どうなの?」
「〝采配八計の陣〟を完成させるか否か、だ」
マナスヴィンと自分の勝負、相手の裏にいるのは魔族連中だ。
こちらが勝てば、マナスヴィン側は人質に取られているネアルが死ぬことになる。
ゆえに、陣を完成させずに相手の元にたどり着こうとしているのだが。
「何が問題なの?」
「相手も、馬鹿ではないということだ」
もし仮に、魔族側がこちらの考えを読んでいれば、その裏を掻かれる可能性がある。
「つまり?」
「陣を完成させずに通り抜けた場合に、ネアルが殺される、という可能性もある、って話だろ?」
レヴィが首をかしげると、リュウが口を挟んできた。
「で、お前はどう考えるんだ?」
「そのために、ここまで陣に従って動いた。もうそろそろ、半分以上の扉からレイドの連中は抜けているだろう。ここで俺たちが第七の扉が閉まった直後に第八を抜け、その上で第七の扉のルールを崩壊させる計画を立てた」
クトーは、カツン、と杖の先を地面に打ち付けた。
「実際、もっとも陣が崩しやすいのがこの扉だ」
「どんな扉なのよ?」
「山にして末男、二陰一陽にして鬼の棲む災いの扉だ。ーーー方位は、艮。そこには、最悪の鬼が棲むと言われている」
「ふぅん……第一の扉みたいに、肉弾戦になる、ってこと?」
「その可能性が高い」
クトーは、扉に手をかけるとキィ、と音を立てて開いた。
その先にあった景色は……予想通りとも、予想外とも言えた。
どこか、と言われれば、グレートロック黒色人種領城の、謁見室だ。
天幕のかけられた一段高いステージにの後ろ。目の前に置かれた謁見用の椅子の背が見えており、空席になっている。
部屋の奥に続く石畳の部屋と、真正面の扉。
視線をずらすと、謁見横に立つ顔の見えない影とーーー影に囚われた、もう一人別の人物の姿があった。
「……ここが、ネアルが人質に取られた場所なのだろうな」
誰が取ったのかはこの情景からは分からないが、魔族の手先、あるいは魔族本人であることは間違いない。
マナスヴィンは謁見席に座っていて、ネアルと対話でもしていたのだろう。
「あの影が鬼だ。そして本来であれば、鬼が呼び止める声に耳を貸さず、ただ真正面の入り口を抜ければいい」
「……めちゃくちゃ簡単ね」
「そう。だが部屋に入った瞬間に現れるのは、最大の敵と、その人質に取られた大切な存在だ」
誰が出るかは、おおよそ推測が可能である。
「現れる『鬼』は、実在する存在であれば全盛期の魔王サマルエだ。……レヴィ、お前以外ならな」
レイドが、文字通りに死力を決して倒した相手である。
囚われているのが誰か、は入る人物によるだろうが。
「でも、相手にしなくていいんでしょ?」
「当然だ。そして我々はこの中に現れるのが幻想だと知っている。ゆえにもっとも簡単な扉とも言えるかもしれんが、〝鬼〟を倒そうと思うのであれば、途端に難しい話になる」
「……まぁ、魔王を倒そうと思うなら、よね」
レヴィは腰に手を当てて、鼻を鳴らした。
「じゃ、私が入る? 何が出るかは分からないけど、魔王よりは弱いわよね」
「自分では何が出てくると思う?」
問いかけると、レヴィは軽く眉根を寄せた。
「……ドラゴンとか、デストロとか……ブネ、かしらね……? むーちゃんが人質に取られた時のミズガルズ王とか、ルーミィとかも可能性はある?」
「そうだな。確実に魔王よりは劣るだろうが、一つ問題がある」
「どんな?」
こちらを見上げるレヴィに、クトーは視線を投げ返してメガネのブリッジを押し上げた。
「お前が入るなら、『確実に一人で入らなければならない』ということだ。もしレイドの誰かが入れば、おそらく鬼は魔王になる」
レヴィ一人で最大の敵と対峙するか、もしくは魔王と残りの全員で対峙するか。
そういう勝負になる可能性が高かった。
「鬼を倒さないと、陣が完成する、のよね」
「坤捌の扉は、地にして母、三陰の扉は生命を宿し育む神秘の扉だ。ーーーそこに罠はなく、誰でも通り抜けられる」
だからこそ、ここが重要なのである。
「本来なら倒せないはずの鬼を倒す。それが、陣を崩す最後の一手だ」
「……本来なら鬼が倒せない、っていうのは、なんでわかるの?」
「『触らぬ鬼に祟り無し』という格言の元になったのが、この采配八計の陣で現れる鬼だからだ」
すると、レヴィがリュウを見た。
「なんだ?」
「……リュウさんが行ったら、魔王が出てくる、のよね?」
「多分、そうだな」
レヴィが、可愛らしい唇を自分の親指で撫でながら目を細め、トントン、とブーツの先で地面を叩く。
「それで……出てきた鬼に、勝てば、いいのよね? 陣を完成させないとするなら」
「ああ」
「だったら……」
何を思いついたのか。
悪巧みをしている顔で、レヴィがニヤリと笑みを浮かべる。
その顔は、リュウがクトーに無理やり休暇を取らせた時に……その前の話し合いの最後に浮かべた笑みと、ひどく似ていた。
「ーーー私に、一挙両得の考えがあるんだけど」
クトーは、そう言うレヴィに少し嫌な予感を覚えたが、一応聞いてみることにした。




