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おっさんは、時の巫女を選ぶようです。


 ーーー第五の扉、巽伍(ソンゴ)


「……」


 この扉が、クトーは最も難関かもしれないと感じていた。


 開いた先にあった景色は……おそらくは、黒色人種領グレートロック、辺境伯城の一室。


 窓の外から見える景色が、見覚えのあるものだったからだ。


 春の香りがする風が優しく吹き抜ける、穏やかな昼間。

 中央にベッドの置かれた広い寝室は、辺境伯のそれなのかもしれなかった。


 ベッドの横には椅子が一脚ぽつんと置かれており、椅子の少し後ろに立つ誰かと、布団に横たわる誰か。


 顔は見えない……おそらくは第三の扉同様、中に入った者に合わせてあの人物らは姿を変えるのだろうと思われた。


 巽伍(ソンゴ)は、追憶の扉である。


 風にして長女、陰二陽。

 己が縁の在処を問うのだ。


「何で難しい顔してるの?」

「誰を赴かせるべきかを考えている」

「何で?」

「……この扉は、追憶の死者との対話において、今の己が選ぶべき道を示すものだからだ」


 ジクがこの扉を最も嫌がった理由である。

 

 本来であれば、横たわっているのは先代の辺境伯、椅子に腰掛けているのはマナスヴィン、後ろに立つのはネアルだったのだろう。


 正しく、マナスヴィンの縁の在処を示す扉だ。


「ふーん……?」


 いまいちピンときていない様子のレヴィに、クトーは説明した。


「例えば、の話だが」

「うん」

「ビッグマウス大侵攻において、俺たちの助けが間に合わず、お前の故郷で村人が全員亡くなってとしよう」

「嫌な例えね」


 眉をひそめて髪をかきあげるレヴィに、クトーはうなずいた。


「分かっている。……もしこの扉をお前が潜ったとして、そうした村人たちが目の前に現れ、一人助かったお前を否定し、道を誤った、村を再建するべきだった、俺たちをなぜ助けなかったと責め立てたとしたら」


 淡々と告げ、クトーはメガネのブリッジを押し上げる。


「それでもお前は、自分が冒険者の道に進んだことを、迷いなく肯定できるか?」


 クトーの問いかけに、レヴィは眉根を寄せた。


「……分かんない。だって仮の話だもの。でも、迷うかもね」

巽伍(ソンゴ)の扉は、年輪を重ねた者ほど、過酷な経験をした者ほど、その心の一番柔らかい部分を抉られる。だが同時に、そうした経験をした者でなければ試練そのものが成立しない」


 次の扉と合わせて、状況によってはクトー自身が足を踏み入れる選択を取る可能性が最も高かった扉だ。


「状況を見るに、苛烈に責め立てられる、ということはないだろうが」


 この扉の基礎となっているのは、マナスヴィン自身の、先代が……大切な者が失われたことの悔恨と決意、あるいは悲しみだ。


 憎悪などではない。

 マナスヴィンと先代の仲が険悪であれば、そもそも彼は辺境伯になっていないのだから。


 この扉をくぐる者は、今、共に立つ誰かと、先に旅立った親しき者に自らの存在価値を問われるのである。

 

 心が強く、それに耐え、また論破する知性を持つ者は。


「……ミズチ」


 苦慮の末、クトーは彼女の名を口にした。


 自分しかいないのなら、次の扉の采配を誰かに託しただろうが、この場にはリュウと彼女がいた。


 リュウは、レイドの切り札である。

 となればもう、ミズチしかいなかった。


「はい」


 微笑みを浮かべた時の巫女は、特に嫌がる様子も見せずに一歩を踏み出す。


「行ってきますね」

「すまない」

「謝る必要はありません。私しかいないと思っていましたから」


 さらりとそう告げたミズチは、水色の瞳に茶目っ気を浮かべてこちらを見上げる。


「傷ついた心は、二人の兄上に慰めていただきます」


 続いて彼女はリュウに目を向けてから、扉を潜った。


 閉じる直前に、中にいる人物の顔が浮かび上がるように変化したのを目で捉えたクトーは、少しだけ意外な気がした。


 ーーーリュウ、か。


 なぜそう感じたのかは、分からなかった。

 しかし他に誰かの顔が思い浮かぶか、と言われれば、たしかに浮かばない。


 クトーは、椅子の後ろに立つ人物がそう変化したのは、勇者とともに在る時の巫女の宿命としては妥当かもしれないと思い直した。


「……兄貴分だとよ」


 少し複雑そうな様子でそう口にするリュウに、レヴィが首を傾げる。


「どうしたんですか?」

「なんでもねーよ」

『……ククク』


 そんな二人のやりとりに、ゴーレムであるバラウール二号が小さく笑うと、リュウが彼を睨みつけた。


「何だよポンコツ」

『いんや。鈍感なのはクトーだけじゃねーなぁと思ってな』

「……ゴーレムのくせに人間臭いよな。お前」


 リュウが、俺もそう思う、とでも言いたげにうなずくのに、バラウールが肩をすくめた。


『俺が言ってるのは、ミズチの嬢ちゃんじゃなくてテメェのことだよ』

「あん?」


 リュウが首を捻るが、そのやり取りに構っているほどの余裕はない。

 そろそろ最初の方の扉の連中が、試練を抜けていてもおかしくないからだ。


「行くぞ」


 クトーが声をかけて足を踏み出すと、仲間たちが後に続く。


 残る扉は、後二つ。


 ーーーそろそろ、陣を崩す算段を立てなければな。


 この後は、坤捌(コンバツ)の扉を潜るタイミングを見間違わずに、動かなければならなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミズチは強い心持ってると思うから大丈夫 クトーやリュウ達と顔合わせてるからなおさらに
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