おっさんは、鬼の忍者に別れを告げるようです。
ジェミニの街の混乱は、さほどの影響もなく収まった。
もちろん多少の犠牲は出た上に、帝国七星が二人も一気に消えたので今後については分からない。
シャザーラの立場からすると『帝都に報告なし』というわけにもいかなかった。
だが彼女が決死の救出作戦を実行したおかげで、民衆や行商人を含む大多数は感謝とともに、シャザーラが代理として収まることを支持した。
ジェミニ城には反対する者もいないではなかったが、カンキの独裁状態だった城の中では彼に対する翻意もくすぶっていたのだ。
……そもそもカンキに迎合する者の多数は、すでに廃人に近い状態だった。
居室の兵士を含むほぼ全員が、魔薬や死霊術によって操り人形になっていたのである。
逆らう者は行方不明に……あの地下迷宮に落とされてバッツの餌に……になっていたせいで、無事に済んだ者がほとんど反カンキ派だったことも良い方向に働いた。
数日間、事後処理を手伝ったクトーは、敵が帝都からこちらに兵を差し向ける前に旅立つことにした。
「アーノにも連絡を取った。幾人か内政に明るい者を向かわせると言っていたので、協力して帝都の目を長く引きつけておいてくれ」
「それは構わんが……」
ジェミニ城の入口に立ったクトーが黄色人種領辺境伯の名を出すと、シャザーラは戸惑った顔で言った。
「本当にいいのか? ことが済んだ後、貴様の名を表に出さなくても」
「名声に興味はない。今後のことにアーノと共に備えることだ」
クトーとしては、帝都に巣食う魔族の残党さえ倒せればそれでいいのだ。
今回の件に関しても派手に名前と顔が広まるようなら、目立つのが大好きなリュウに全て押し付けるつもりだった。
「……貴様は本当に変わっているな」
「そーゆー奴だからね」
いっそ感心したようなシャザーラに、レヴィがなぜか得意げに答える。
しかしクトーは、その言葉にうなずいた。
「俺たちは今回、魔王関係の残務処理をしているに過ぎんからな」
身の回りが平和であれば、それで良いのである。
むしろクトーは、煩わしいことはさっさと終わらせて自国に戻りたいのだ。
「レヴィに新たな可愛らしい装備を作って着せたり、むーちゃんを愛でたりする生活こそ至高だ」
「言っとくけど、着ないわよ!?」
「それが有用であれば良いのだろう? 任せておけ」
「わざわざ可愛くする必要ないって言ってるのよおおおおおおお!!!!」
レヴィの渾身のツッコミに、シャザーラは納得した顔でうなずく。
「なるほど。貴様のその装備はこの男の趣味だったのか」
「当たり前じゃないの! あなた私を何だと思ってたの!?」
「冒険者ごっこをしているのだとばかり思っていた。胸もない子どもだしな」
「ッ!!!」
噛みつきそうな様子で八重歯を剥くレヴィに、シャザーラは初めてと言っても良い、柔らかい微笑みを浮かべた。
「冗談だ。分身の術を習得した辺りから、実力は認めている」
「! ……そ、そう?」
「ああ」
褒められると、レヴィはころっと態度を変えた。
相変わらず単純だ。
そしてシャザーラも、単に今まで仲間のために気を張り詰めていただけで、この柔らかい表情が素顔なのかもしれない。
「貧民の受け入れについては、できる限り慎重にやることだ。極端な排除はやり過ぎだが、為政者としては街のことの考えなければならないからな」
そこだけ、クトーは念を押した。
価値観の違う者同士、貧富の差がある者同士が関わりすぎる環境を作ると軋轢を産むからである。
「分かっている。高圧的に金をせびる者を排除できただけで上等だ。少しずつやっていく。……いつまで、代理を努めさせてもらえるかも分からんしな」
「状況次第だが、悪いことにはならんと思うがな」
作戦が成功すれば、帝王が消える。
帝都の状況がここと似たような状況であれば有用な者がいなくなるため、どさくさに紛れてしばらくの間は支配を任される可能性が高かった。
「ここ同様、帝都は落とす。……中枢に巣食う者たちが俺たちの目的だからな」
「タクシャ様が、無事なら良いが」
帝国七星第一星……アーノもマナスヴィンも慕っていたことを考えれば、本当に高潔な人物なのだろう。
無事でいれば、戦後の助けになるのでクトーもそれを期待するところだった。
「できれば、このままスムーズに終わって欲しいがな。黒ウサ耳着ぐるみ毛布もまだ着せていないしな」
「まだ言ってるの!?」
「せっかく段取りを組んでいたのに、王都でやるはずだったファフニール主催の祭りもまだ開催できていない。やらなければならないことは山積みだ」
祭りには温泉旅館の女将、クシナダも呼ぶつもりなので、レヴィやむーちゃんとお揃いの衣装を作るのも良いかもしれない。
そうした諸々を楽しむために、さっさとこの件を終わらせなければならないのだ。
「では、そろそろ行く」
「……感謝する。貴様らに、鬼神の加護があらんことを」
「〝勝利と策謀の鬼神〟ならここにいるけど」
「一部の者が勝手につけた大層な二つ名の話ではないだろう。俺はただの雑用係だ」
深々と頭を下げたシャザーラが頭を上げたところで歩き出し、レヴィと共に街を出る。
すると、姿を見せたトゥスが問いかけてきた。
『ヒヒヒ。デカい一件が終わったが、この後はどうすんのかねぇ?』
「リュウやミズチと合流し、ジェミニの街から帝都を挟んで反対側……西海岸から、帝都を攻め落とす」
その為に、東側の辺境伯領全てを襲ったのである。
大掛かりな陽動だが、実働しているのは【ドラゴンズ・レイド】の中核部隊のみだ。
電撃侵攻もほぼ同様のメンツで行う。
「ーーーここからが、本番だ」




