おっさんは、少女とともに第五星を始末したようです。
「アァアアアアアッ!」
ドン、と地面を蹴ったレヴィは、それまでにないほどの体の軽さを感じていた。
まるで綿の肉体を、自分以外の最強の武人が操っているかのような感覚……それの正体に、レヴィは心の奥底で気づいていた。
トゥス耳カブトの飾り耳ではなく、本物の右耳がある辺りで、イヤーフックの飾りが、シャラリと鳴った。
ーーージョカから受け継いだ【血統固有スキル】使用者の神器が、装備に取り込まれて現れたのだ。
自分の身に宿る武人のごとき力の正体は、きっと、代々装備に受け継がれてきた、ジョカを含む貴族院筆頭の血族たちの記憶なのである。
「ガァルァッ!」
「くっ……」
獣のように吼えたレヴィはバン! と跳ねて全力でバッツに向かって腕を振り下ろす。
先ほどまでと違い、バッツの動きは遅く感じられた。
一挙手一投足から、とっさに剣で防いだ時に顔が歪む様すらはっきりと見える。
ーーーこれ、凄い……!
高揚する気持ちと裏腹に、レヴィは冷静な部分で不安も感じていた。
この気分の高揚は多分、ジョカの言っていた『狂戦士化』の効果だ。
高ぶるままに身を任せると、力に呑まれてどんな残虐な行為でも平気で出来るようになる、と警告されている。
ーーー冷静に、冷静に。
腕を引いて、トン、と一歩だけレヴィが後ろに下がると、振り下ろされたバッツの剣が鼻先ギリギリをすり抜ける。
そのスリルを楽しんで笑いながら、レヴィは大きく右足を曲げて、地面を踏み割るように全力で踏みつけた。
ドン! と地面が揺れて、そのままクトーの方に身を翻そうとしたバッツが軽く姿勢を崩す。
【震脚】と呼ばれる拳士の技の一つで、熟練者になると地震を起こすこともできるらしい。
初めて使ったにしては上出来だろう。
「あなたの相手は……こっちよ!」
踏み込みと同時に上半身をひねったレヴィは、再び鈴の音のような響きとともに爪を振るう。
破壊の超振動を纏わせる地のスキルを加味したその一撃は、再び受けたバッツの剣をへし折った。
ギャァアアアアア! と無数の悲鳴に似た音とともに、剣から赤黒い血が吹き出して、一気に錆びついていく。
だが、バッツは折れた剣に一切目もくれずに、こちらに完全に背を向けて走り出した。
目指す先は、『バッツ・ナンダ』に向かって駆けていくクトーだ。
「やめろォオオオオオオッッ!!!!!」
不死だからか、レヴィの攻撃など一切気にしないかのような振る舞い。
確かに即座に再生する肉体を持ち合わせているのなら、本体を殺されなければ何も問題ないのだから、それは正解の動きだが。
今のレヴィは、普段以上に昂ぶっている。
「あんま、人のことナメてんじゃないわよ!?」
バッ、と両腕を左右に突き出したレヴィは、アゴが地面につきそうなほどの前傾姿勢を取りながら怒鳴った。
「トゥス、やるわよ! ーーー〝生まれろ〟!」
レヴィの声とともに全く同じ姿勢の土人形が真横に現れ、レヴィと同じ姿を取る。
シャザーラとの特訓で自分っぽい人形をすぐに作り出せた理由は、ジョカから受け継いだ『人身創造』スキルのおかげだったのだ。
『やれやれ……』
スルリとレヴィから抜け出てトゥスが土人形に入ると同時に、レヴィは全力で駆け出した。
ナックルガードを前足のように使い、全身で跳ねる。
そのまま、クトーに追いつきかけていたバッツに、体ごと突っ込んだ。
体当たり、というよりももはや突進である。
大きく吹き飛んだバッツは、レヴィとの距離も離れたがクトーからも離れた。
「邪魔するんじゃねぇぇええええええこのクソガキィァアアアアッ!!」
もはや恐慌をきたして必死の形相であるバッツは、闇雲に起き上がってレヴィに突進してくる。
「コォォ……」
呼吸を整えながら構えを取ると、目の前のバッツに今度は分身が突っ込んでいく。
「が、ァアアアアア!!」
折れて錆びた剣を、敵が土人形に力任せに突き立てる。
だが、土人形が消滅する前にレヴィは準備を終えていた。
両腰にナックルガードに包まれた拳を引きつけ、両手に地の気を集めていく。
そして、しがみつかれて動きを止めていたバッツに向かって、思いっきり両腕を突き出した。
「〝伸びろ〟ーーー〝極強音〟!」
ナックルガードに、超振動を纏わせる必殺の一撃を。
レヴィはジョカの使った伸身の技を組み合わせて、行使した。
ドン! と凄まじい速度で伸びた両腕が敵の顔面と腹を捉えて、そのまま迷宮の壁に叩きつける。
普通の人間なら骨が砕けて生きてはいられないだろうが、当然バッツは生きている。
再生してもがくが、完全に壁に埋まった上に頭を押さえつけられてはどうすることも出来ないだろう。
ちらりとクトーに目を向けると、彼はすでに『バッツ・ナンダ』の元にたどり着いていた。
※※※
ーーーやはり、救えんな。
クトーは、間近で感じるとあまりにも濃密な『バッツ・ナンダ』の瘴気に眉根を寄せた。
「ゆるざねぇ……ユ ル ザ ネ ェ ……」
もう魂の崩壊も目前なのだろう。
真理の聖石によって禁呪の構成要素の一つ、魔獣化を解かれたことで彼をこの世に繋ぎ止めていたタガが緩んだのだ。
クトーは少しでも苦しめないよう、封印の鎖を偃月刀で絶った後、心臓を刺突で貫いた。
「せめてお前が、輪廻の輪に還れることを願おう」
「あ……が……l
大きく口を開いて舌を突き出した『バッツ・ナンダ』が絶命すると同時に、バッツの絶叫が響き渡った。
「ガァアアアアーーーーーー!! ちぎじょう、じにだくな……!」
クトーが振り向くと、レヴィの大きく伸びた両手によって押さえつけられていたバッツがもがきながら、崩れ落ちて灰と化す。
「終わったわね」
「ああ、後は……」
両腕を元に戻しながら言うレヴィに答えた時。
ーーーごぼり、と背後の『バッツ・ナンダ』から不穏な音が聞こえた。




