閑話:クトーさんの日常その⑥
「何よ、あなたたち」
いきなり罵倒を浴びせてきた冒険者たちに、レヴィが一歩前に出た。
どうやらギルドの窓口に向かおうとしていたようで、手に依頼書を持っている。
その中身にチラリと目を走らせると、どうやら何かを運ぶCランク依頼のようだった。
場所は見えなかったが、依頼番号が見えたので頭の中に刻み込む。
「おっと聞こえちまったか?」
「耳はいいんだろ。獣人の仲間だしな!」
ゲラゲラと笑う冒険者たちに、全身から怒気を立ち上らせるレヴィを、クトーは制した。
「放っておけ」
「なんでよ!?」
「相手をするだけ無駄だ」
仲間たちに目をやると、セイやフーは普段通りの様子で冒険者のほうを眺めていた。
しかしどうやら、こちらの反応が気に入らなかったのか、冒険者たちはさらに突っかかって来る。
「無駄だと?」
「てめぇ、お仲間が強ぇからって調子に乗ってんじゃ……」
「そのくらいにしておいて下さいね」
そこでやんわりと、ミズチが口を挟む。
冒険者たちがさらに口を開く前に、いつもの微笑みに氷点下の視線を加えて言葉を重ねた。
「ギルド内で揉め事を起こすのであれば、ペナルティを与えないといけませんから」
どうやら、彼らには窓口の中にいるミズチが誰だか分かっていなかったようだ。
一斉に睨みつけるようにそちらに目を向けた後、顔を強張らせる。
ギルド課長にしてクトーのお仲間の一人……時の巫女である彼女の警告は、効果覿面だった。
精一杯の強がりか、チッとつまらなそうに舌打ちしてから、冒険者はさらに捨てゼリフを吐いてこちらに背を向けた。
「ひょろっちい腰巾着でも、お仲間が強きゃデカいツラ出来ていいよなぁ。面白くもねぇ」
「楽な生活してそうで何よりだよな、本当によ! 獣人をアゴで使うだけでいいんだもんなぁ!」
冒険者たちが離れた窓口に去っていくと、肩を震わせていたレヴィがこちらを振り向く。
真っ赤な顔をして、怒りのあまりにか瞳が潤んでいた。
「何をそこまで怒っている?」
「なんであなたたちは怒らないのよ! いきなりあんな風にバカにされて、腹が立たないの!?」
今にも地団駄踏みそうなほど怒り狂った口調で、レヴィが言い募る。
「獣人だから何なのよ! それにクトーが腰巾着ですって!? 何も知らないあんな連中に、大人しく言われっぱなしな理由なんかないじゃない!」
はたから見れば下手をすると八つ当たりだが……彼女の言葉に、フーとセイは目を見交わした。
「あの程度なら慣れてる」
「それだな。ダンディな俺サマの魅力を理解出来ない連中は多いんだ」
二人の返答に、レヴィは衝撃を受けた顔をした。
「な、慣れてる……?」
「俺も慣れているぞ。嫉妬から口が悪くなる連中はどこにでもいるものだ。そもそも、それこそ見ず知らずの他人からどう思われようと問題はない」
ああいう輩を、いちいち相手していてはキリがないのだ。
「クトーはそうかもしれないけど。あなたたちも、獣人ってだけでバカにされるのに、慣れてるの……?」
「大体獣人領以外のどこに行ってもそんなもんだ。泊まるのを拒否されて野宿ってのもよくある話だなぁ」
セイは何でもないことのようにそう言った。
フーは、レヴィに興味が湧いたのか黙ったまま熱心に彼女の顔を見つめている。
「そういや、この子は何なんだ? あんまり自然にクトーと一緒にいるから気にしてなかったけどよ」
「新しいレイドのメンバーだ。俺がスカウトした」
「へぇ、そいつは珍しい」
「見込みがある。この心根まで含めてな」
セイたちの扱いに、自分のことでもないのに怒りを覚えるくらいに真っ直ぐだ。
もっとも彼ら本人が怒らないのは、先ほどの冒険者たちなどその気になれば瞬殺できる程度の相手としか見ていないだけである。
その辺りで吠えている犬くらいにしか思っていないのだ。
それよりも気にかかったことを、クトーは問いかけた。
「レヴィ。お前自身はセイたちに思うところはないのか?」
「だって、私の村では獣人でも皆、普通に接してたし……お爺ちゃんも仲良くしてたわよ? 力もあるし大事にされてたわ」
レヴィの言うお爺ちゃんというのは先代の辺境伯である老人、ケインのことだ。
今は王の補佐として王城にいるが、剣聖と名高く公平な人物として知られている。
ケインの人柄もあり、辺境領……特に開拓村では、むしろ獣人は重宝される存在だったのだろう。
「差別はたしかに、くだらないな」
その意見自体にはクトーも賛成である。
「だが人の意識を変えようとして、差別する側に高圧的に接することに意味はない」
「……どういうこと?」
「例えばお前は、俺が一方的にダガーの技術を教えずに投擲の訓練だけをしろ、と言い、理由も説明しなかったら納得するか?」
「それは……しないけど」
クトーは、別の窓口でまだこちらを見て薄ら笑いを浮かべている連中にチラリと目を向けてから、レヴィに視線を戻した。
「ああした連中は、たとえ殴り倒したところで変わりはしない。変えるべき意識を浸透させるには、理性的に長い時間をかけて問題を認知させ、解消させるべきだ」
それは獣人全体が、そして獣人を好意的に思う人間たちが声を上げ、お互いを受け入れるところから始まる。
「この王国で獣人の人権を認めたのは、まだほんの10年前の話。人の意識が根本から変わるには、時間が圧倒的に足りていない」
それまでは、それこそ今回の問題となっている服従の証を使ったり、奴隷として獣人を従わせることを正しいとする世論が渦巻いていたのである。
「なにもかもいきなりは変わらない。こちらまで感情的になっていては、それが争いの火種になることもある」
「でも……!」
納得できないのか、レヴィは不満そうにそう漏らしたが、自分でも具体的に言葉にできないのだろう。
それ以上なにも言わずに、ふてくされたように俯いた。
「お前の抱いた気持ちは尊いものだ。同じように思う人間が増えれば、いずれ変わる」
クトーはレヴィの頭をぽん、と叩いた。
今は、過渡期なのだ。
「そうだろう。ブルーム」
「耳が痛いですね。憲兵の中にもそういう奴がいるんで。……ま、ぼちぼちやりますよ。少なくとも俺が管轄する範囲では、表立ってそういうことをさせないようにね」
そんなやり取りを黙って見ていたミズチは、機を見計らって窓口から書類を差し出した。
「では、契約を結んでしまいましょう。それと……クトーさん。先ほどの冒険者たちの依頼書を確認しておきますか?」
「ああ。ーーーもしかしたら、偽装された依頼である可能性が高いからな」
「もしそうであれば、こちらの落ち度です。一度依頼の洗い直しを行います」
「そうしてくれ」
ミズチに、先ほど見えた依頼番号とランクを伝えると、レヴィは気を取り直したのか不思議そうに尋ねてきた。
「何の話?」
「連中の受けた依頼が、偽装された獣人狩りの依頼かもしれない、という話だ」
「……え?」
「何かの輸送や採集依頼というのは、基本的にDランク依頼だ。Cランク以上になると、それなりに強い魔物が住む危険な地帯へのものや、あるいは長距離の依頼になる」
王都からであれば、かなり離れた場所……それこそ他国や獣人領まで到達するくらいの依頼になって、初めて輸送依頼はCランクになるのだ。
海輸出来るオーツの街が近くにあり、多少金をかけるなら、より安全な空輸用のワイバーンも使えるからである。
「……そ、そんなところまで見てたの?」
「だから言っているだろう。冷静であることは大切だと」
冒険者は基本的に気性が荒いが、普通Cランク程度になればある程度の分別は弁える。
そうでない者には後ろ暗いところが多いものだ。
「行くぞ。セイの甥に会って、解毒や浄化が効くか試す。その後、パーティーハウスに戻って総出で大元を探る」
契約を済ませたクトーがレヴィたちに目をやると、二人の獣人が話をしていた。
「この子、いい子」
「同感だ。クトーが見込むだけある」
どうやら、レヴィは彼らに好意的に受け入れられたようだ。
こういうのも、怪我の巧妙と言うのかもしれない。




