閑話:クトーさんの日常その⑤
場に沈黙が流れ、なぜか視線がこちらに集中する。
「なんだ?」
「どうされますか?」
クトーが問うと、ミズチがそのまま問い返してきた。
彼女の問いは、この案件をどう扱うかをクトーの判断に任せる、ということなのだろう。
ブルームの相談、という点で見れば、正式に依頼として受けるのが正しい。
が、身内の案件として見るのなら、そこに対価を求める必要はないだろう。
「もし仮に俺がこの依頼を受けなかったとしたら、お前たちはどうする?」
セイとフーに訊ねると、彼女たちは即答した。
「部族の危機は、部族の全員で払うのが習わし」
「ダンディな俺サマは、クトーが受け負うならこれ以上は勝手なことをしねぇ、とブルームに言った」
「ふむ」
それぞれの返答を聞いて、クトーはアゴに手を添えて思案した。
事態の早急な解決は、セイたちの言葉を信じるのなら最優先で行うべきことだった。
彼らの故郷である獣人領は帝国と小国連合の間に存在しており、重要な要衝なのである。
いくつもある部族の集合体である獣人領は、小国連合そのものに名を連ねてはいないものの、こちらと友好的な関係を築いてきた相手だ。
だが、この問題を解決しないまま対帝国戦への助力を願っても彼らは納得しないだろう。
血の絆を何よりも至上とするのが獣人族なのである。
「なるほど、たしかに会合に関係ない、とは言えない話だ」
しかし、魔王の復活は現在のところ秘匿事項であり、ブルームに詳しい内容は伝えられない。
彼自身はたまたま関わっているクトーがただの雑用係であるのと同様に、一介の憲兵に過ぎないのである。
【ドラゴンズ・レイド】や国の問題としてしまう手もあるが、クトーは判断を保留してセイに尋ねた。
「相手の組織について、何か分かっていることはあるか?」
「部落の連中を拐った奴らが、冒険者っぽい連中ってことくらいは分かってるが」
「なぜ知っている?」
「何人かは捕まえて仲間を助け出したからだ。その時に話を聞いた」
そいつらはもう、生きてはいないのだろう。
部族の者が傷つけられたら、死をもって対価とするのが獣人族だ。
「冒険者、か……」
「それが事実だとしたら、ギルドとしても見過ごせない話ですね」
冒険者の立場を悪用して裏仕事に手を染める輩を排除するのも、ギルドの役目なのだ。
ミズチの表明を受けて、隻眼の獣人はそれを受けて懐手をやめた。
その手に、いくつかの冒険者証が握られている。
「疑わねーだろうが、一応証拠だ。偽物じゃなけりゃな」
「お預かりしても?」
「クトーの判断を待ってからだ」
セイはまた懐に手を戻した。
「いくつか潰した、ということは、相手の規模はさほど大きくない、と見ていいということか? それに組織だった行動でもない……」
「拐われてんのは、バラバラに、だ。元締めみたいな奴がいる可能性は高いが、脅しても、頼まれた、以上の情報は出てこなかった」
つまり、依頼は募っているが組織的に動いているわけではない。
獣人を買い取っている商人か何かが、手広く裏に情報を広めている可能性が極めて濃厚だった。
大元は一つで、そこさえ潰せば収まるのではないだろうか。
「大体理解できたな。……ブルーム」
「はい」
「お前の依頼という形で契約を結ぶ。ただし、額は半分でいい」
「あー……やっぱタダ働きってわけにはいかないですか」
少し期待していたのか、苦い笑みを浮かべる憲兵に、クトーはピシリと告げた。
「お前自身が、主体的にこの件に噛めなくなってもいいのなら、俺個人は構わないが?」
クトーが含みを入れながら言って彼を見つめると、ブルームはボリボリと頭を掻く。
「正直、仕事は減ってくれるほうがありがたいですが……この場で断っても、どーせ偉いさんに話が行って、アレコレ指図されて、結局関わることになりそうですよね」
「そうなるだろうな。ことは国際問題だ」
単に獣人の民間人が拐われた、というだけでは済まない話なのである。
小国連は獣人の人権を認めており、人間同士の法が適用される。
つまり他国である民衆の襲撃と誘拐は、立派な獣人領への侵略行為であり、放置するというのはそれを容認しているということになる。
今のこのデリケートな時期にホアンがこれを知れば『総力を挙げて解決しろ』と指示するのは明白だった。
「圧力かけられて窮屈に動くくらいなら、少しの対価を支払うことを言い訳に自由に動きたいですねぇ」
「なら決まりだな」
クトーはメガネのブリッジを押し上げて、全員に告げた。
「依頼を受ける。【ドラゴンズ・レイド】の情報網を使い、個々人で全て当たらせよう。数日中に暴き出し、突き止めた時点で大元を強襲する」
この件については、リュウも文句は言わないだろう。
クトーの決定に全員がうなずき、そのまま契約に入ろうとすると……いきなり、罵倒が聞こえる。
「おいおい、どっかのパーティーの腰巾着が獣人なんかとツルんでるぜ?」
「お似合いだな、オイ」
ゲハハ、と下品な笑い声が上がった方向に目を向けると、そこに数人の冒険者が立っていた。




