おっさんは、事後処理を行うようです③
クトーたちが中央区に入る門の前に着くと、そこに3人の男たちが立っていた。
「お前たちも見舞いか?」
「そっすよ」
立っていたのはヴルム、ズメイ、ギドラの3バカだった。
クトーの言葉に答えたのはギドラで、幼顔に無精ヒゲの拳闘士も花束を肩にかついでいる。
「一緒に行っていいっすか?」
「別に構わない」
クトーは特に断る理由もなかったので、小さくうなずいた。
【ドラゴンズ・レイド】の面々は基本的に中央区に入るのは認められているが、治療院への立ち入り許可はまた別である。
あえて門の前でこちらを待っていたのは、それが理由だろう。
基本的に、よほどのことがない限りは貴族は治療院を使わない。
そもそもが回復系魔法の研究機関であり、身寄りがないか医師をかかりつけに出来ない貧乏貴族である以外の理由でそこに行く意味がないからだ。
訪れたこちらの顔を見て、その治療院での療養を余儀なくされた男が顔を上げた。
「あら、大勢来たわね」
「途中で会ってな。体調はどうだ?」
寝台に体を横たえていたのは、ジョカだった。
「悪くはないわよ? 体は少し重いけど、それだけ」
「そのままでいい」
体を起こそうとする彼を手で制して、クトーは最初に部屋の入り口をくぐる。
レヴィとギドラの花束を受け取ったジョカは、脇に控えているメイドにそれを渡した。
隙のない身のこなしから、護衛も兼任しているのだろう。
通常の世話係ではないのは、人を多く部屋に入れるのを嫌ったか、自ら動けるのに人の手をわずらわせるつもりがないからだと推測する。
長々と滞在できるほどヒマではないので、クトーは端的に用件を切り出した。
「瘴気の影響は、どの程度残っている?」
「相変わらず、スキルが使えないわ。うまく天地の気が練れなくてね」
肩をすくめたジョカは、大して気にもしていなさそうな表情で答えた。
彼が治療院にいる理由。
それは、魂に残った魔王の瘴気の影響を調べるためだった。
反魂の秘術は、浄化の魔法ではない。
魔王の影響が消えていないことを悟ったクトーの問いかけに、トゥスはあっさりとそう答えたのだ。
「もう戦えないわね、これじゃ」
「……」
ジョカのさっぱりした物言いにも関わらず、部屋には暗い沈黙が落ちた。
それを見て吹き出した彼は、軽く手を振る。
「いやーね、暗くなっちゃって。大丈夫よ。動けないわけじゃないんだから」
一同を見回して、ジョカが片目を閉じる。
「仕方がないから、陛下のお手伝いに本腰を入れるわ。前線に出ない言い訳にはちょうどいいでしょう?」
「そうだな」
口外するな、ということなのだろう。
【ドラゴンズ・レイド】の屋台骨を支えていた1人が戦線離脱したという情報は、確かに今の情勢で広めるべきことではない。
そこで、ギドラが声を発した。
「お前らが来るっつったんだろ。後ろで突っ立ってないでさっさと言えよ。長居するつもりはねーぞ」
「分かってる」
「……うス」
クトーが体を避けると、ヴルムがジョカの前に出た。
軽く頭を掻きながら、彼にしては珍しく言いづらそうに眠たげな半眼をさまよわせる。
「あ〜……ジョカの兄貴。悪かった。俺の判断ミスだ」
「申し訳ねース」
「何が?」
2人の謝罪の意味を理解できなかったのか、ジョカが目をまたたかせた。
「レヴィをあの場に連れて行くべきじゃなかった……そう思ったんだよ。面倒くさがらずに、レイドの他の連中にあずけりゃよかった」
「時間を気にしたんでしょう?」
目を伏せるヴルムに、ジョカが鼻を鳴らす。
「あなたたちが援軍に来なければ、あの場では不利になっていたかもしれない。結果論で文句を言うつもりはないわ。アタシも、自分の意思で戦場に立っていたのよ」
「俺もそう言ったんだけどな」
ギドラが肩をすくめるのに、所在なさげにするヴルムとズメイ。
しかしそんな2人に変わって、レヴィが硬い顔で一歩足を踏み出した。
「それでも、私たちは謝りたかったの。許して、欲しいんじゃないわ、ジョカさん」
レヴィは、言葉を探るようにゆっくりとした口調だったが、いつものように体の前で指をこすり合わせるようなことはなかった。
言いたいこと、は明確なのだろう。
レヴィは自分の胸に手を当てて、ジョカをまっすぐ見る。
「私は。自分たちがしてしまったことに対する謝罪を、きちんと示すべきだと思ったの」
「さっきも言ったけど、結果論なのよ」
ジョカは微笑んで、誰が悪いわけでもないわ、とレヴィに言い返す。
「話は聞いたわ。レヴィ。あなたは撤退しようとしたんでしょう?」
魔王戦の簡単な情報共有は終えている。
レヴィがなぜミズチたちから離れたのか、その理由も聞いていた。
「結果的に、間にチタツが現れたことで悪い方向に進んでしまってはいたけど、あれは誰も、あの場で予測できなかったのよ。クトーですら」
こちらに目をむけるジョカに、クトーははっきりとうなずいた。
「そうだな」
「だから、あなたたちが気に病むことはないの。全員が、自分たちの考える最善の判断をしたのよ。クトーも、そしてもちろん私も」
その上で、とジョカはパチリと片目を閉じる。
「レヴィをかばったことを、アタシは後悔していないわ。あのままあなたが殺されてしまうよりははるかにマシ。今、こうして生きているんだもの。上等じゃない?」
レヴィは、唇を噛んだ。
「ジョカさん……」
彼女はそのまましばらく黙ると、胸から手を下ろして、ニッコリと笑みを浮かべた。
「助けてくれて、ありがとう」
「そう、それでいいのよレヴィ。あなたには笑顔がよく似合うわ」
ジョカが求めていた言葉を口にしたらしいレヴィに、彼は満足そうにうなずくと手招きした。
「こっちにきて、レヴィ」
「?」
不思議そうな顔で歩み寄るレヴィの手を、ジョカが握る。
「アタシから、あなたに一つ、贈り物をするわね」
「贈り物……?」
「ええ。これから必要かもしれないからーーー」
むしろ晴れ晴れとした顔で。
「ーーー私の、血統固有スキルを、あなたに」
むしろ晴れ晴れとした顔で、ジョカはレヴィにそう告げた。




