おっさんは、事後処理を行うようです②
「これは素晴らしいな……」
ルーミィは作られた左手を握ったり開いたりしながら感心した表情で声を漏らした。
彼女とクトーは、ジグの工房に赴いている。
ドール型の生首が棚の上に並んでいたり、手足の部品が木箱に詰め込まれていたり、一般市民が見たら悲鳴を上げそうな場所だ。
もちろんその程度で動揺するはずもないルーミィに、クトーは問いかけた。
「違和感はないか?」
「じきに馴染むだろう。まさかこれほどのものとは思わなかったな」
「ジグは腕は確かだ。変人だがな」
ルーミィは、左腕を自ら断ち落とした上にセンカに血止めの為に傷口を焼かれていた。
さらに魔王の瘴気の影響もあって、腕自体が腐り落ちており蘇生も不可能だったのだ。
クトーは、戦えない体になったことを自嘲しつつも満足そうだった彼女に対して『ミズガルズが帰るのに同行せずにジグの元へ向かえ』と伝えたのである。
「ヌフ。色はちょっと悪いけどねぇ。それは土気の影響だから諦めてほしいなぁ」
相変わらず不健康そうな顔のジグは、うっすらと笑みを浮かべながら腕を指差した。
上半身だけ肌着姿になり、袖をまくっていたルーミィはスタイルはいいが傷だらけの体をしていた。
服の布地を押し上げる形の良い胸を支える胸板や、筋肉のついた筋張った体は彼女が戦う人間である事を示すものだ。
「動く腕が手に入ったのなら、色などどうでもいい。……しかし、変人、か。貴様に言われるなら相当だな」
それはどういう意味だろうか。
シャラリとメガネのチェーンを鳴らして首をかしげるクトーの前で、彼女はセンカの手を借りて上着を身につけるとマントを肩に羽織る。
「しかしこの腕、動くだけでなく感覚までもが存在するのはなぜだ?」
「ヌフ、ルーミィちんの土の気を流用してるんだよぉ。でも、気をつけてねぇ。溜め込んだ気が枯渇すれば腕も動かなくなるからぁ」
「そこまでの状況になれば、腕よりも命の心配が必要だろうな」
ルーミィは、不遜さと色気の同居した流し目をジグにくれる。
次に、こちらに視線を移しながらテーブルの上にカシャリ、と音を立てて小さな布袋を置いた。
「感謝しよう。そして約束の対価だ」
「中を見てもいいか?」
「好きにするといい」
現れたのは、紫色の複雑な魔法陣が描かれた小さな板だ。
『転移魔法の符』とルーミィが呼んでいたものである。
「ノリッジとスナップを召喚したもので間違いないか?」
「別にあの時は呼びつけたわけではない。あいつらが、預けたものを使って自ら飛んだんだ」
センカから剣を受け取って腰に佩いたルーミィが、答えになっているようななっていないような返事をした。
その後、部屋の隅で直立不動している二人に笑いながら声をかける。
「なぁ?」
「「はい! 姉御のためですから!」」
「……ふむ」
クトーは声を揃えた二人を見て、アゴに指を添えた。
ーーー最初に出会った時とはずいぶんと印象が変わったものだ。
ただのチンピラ冒険者だった連中は、相変わらず素質のカケラもなさそうではあるが、少なくともまともな兵士に見える。
ルーミィに話を持っていった時にも、レヴィに金を返すと話しかけて『いらないわよ今さら!』と蹴られていたが。
いかに百戦練磨の女将軍に訓練されたとはいえ、従うことを強要されただけでここまでにはならないだろう。
「何をどうやったんだ?」
「別に大したことはしていない。が」
ルーミィはおかしげに眉を上げると、いつもの調子で煙に巻いた。
「今以上の人心掌握術を貴様に教えてしまうと、何か恐ろしいことが起きそうなのでやめておこう」
「俺に求心力などないぞ」
レイドの仲間には口うるさく、散々に愛想もないと言われるクトーである。
しかしルーミィはおかしげに肩を震わせてから、歩を進めてこちらの瞳を覗き込んできた。
目線はかなり近いが、自分よりはまだ小柄な女性だ。
元の黒色に戻ったウェーブかかった髪に包まれた白い顔。
紅を引いた唇を婉然と笑みの形に変えて、ルーミィはクトーの胸元に指を突きつける。
「そう思っているのは、貴様だけだ。まぁ、凡百の連中を、自分が従えるに足る一人前にするのには、自らやる気を出させるのが重要なことくらいは知っているだろう?」
「人材育成の基本だからな」
洗脳で有能な人材は育たない。
自らの意思を持たない存在など、頭となる者がいなくなればデクにしかならないからだ。
クトーにとって信頼に値する人間は、いつだって自らの意思で誰かのために動く者だった。
ーーー目の前のルーミィのように。
それは本人に告げることでもないので、クトーは話題を戻した。
「この符の技術は、どこで手に入れたんだ?」
「魔王からだ」
ルーミィがあっさりと告げた言葉に、クトーは軽く眉根を寄せた。
「サマルエに?」
「そうさ。使い捨てな上に量産できるのは月に数十枚程度だがな。……素材は極秘だ。貴様ならいずれ暴くだろうが」
「広めるつもりはない」
何にもで悪用できそうなモノであり、運用次第では凄まじい効果を持つ代物だ。
できればホアンにすら教えたくないが、北の国がこれを使って侵攻してきた場合に備えて対抗手段として用意くらいはしておくべきだろう。
こちらが知っていることを北の王国も知っていれば、その事実そのものが抑止力となる。
「魔王からも利益を得る、その姿勢は見習いたいところだな」
「せっかく魔王が主上になった以上、ただで従っていてやる道理はないだろう? 奴に『兵を使って侵攻する場合に、人でも使えるものを』と言ったら、あっさり造り方を投げてよこした」
ただでは起きない女傑だ。
そしてルーミィは無駄な話を続けるつもりはないのだろう、さっさと踵を返した。
「奴らにとってはありきたりな技術でも、人の世界では絶大な力を持つ。せいぜい利用させてもらうさ」
彼女が入り口に向かうと、そこで初めてセンカが自らの意思で動きを見せた。
ジグに対して深々と頭を下げると、声を震わせて礼を述べる。
「本当に感謝いたします、ジグ様」
下げた表情は見えなかったが、再び顔を上げた時に彼女は泣いていなかった。
ジグの後ろで、どことなく勝ち誇ったようにルーが鼻を鳴らしているのはご愛敬だろう。
「ヌフ、定期的にメンテにはきてよねぇ」
「ああ」
「二度と敵対しないことを祈ろう」
「知り合ってから今まで、貴様らに牙を剥いたのは魔王にハメられた一度だけだ。それに、我が王を救う手助けをしてくれたことも、忘れてはいない」
クトーが去り際の彼女に声をかけると、ルーミィはドアを開けながら含み笑いを見せた。
「忠犬は、恩に背かん」
「自らを犬と呼ばわるのはやめておけ。1人の女性として、惚れた男を救おうとしたのだろう?」
「どうせ結ばれる気もない。犬で十分だ。が、貴様が愛や恋の機微が理解出来るようになったのは驚きだな」
彼女は否定しなかったが、嫌味のように切り返してきた。
なのでクトーは正直に伝えた。
「リュウの受け売りだ」
「そんなことだろうと思ったよ。ではな」
北の女将軍は、そうして部屋を後にしーーー北の王国へと、戻っていった。




