おっさんは、事後処理を行うようです①
魔王軍侵攻から10日。
よく晴れた空を見上げて、クトーは目を細めた。
ぷにおのファーコートは目立ちすぎるため、聖白竜の礼服の上から身につけているのは今は薄手の黒い外套である。
クトーはレヴィやトゥスと連れ立って、パーティーハウスを出ると、大通りを中央区に向けて歩き出した。
むーちゃんは連れてきておらず、バラウールに任せて留守番をさせている。
あの風竜は、あの日全てが終わると元のサイズに戻って眠りについた。
少し心配したが単に疲れただけだったようで、朝普通に起き出してきて元気にパーティーハウスの中を飛び回っていた。
むーちゃんに一つ変化があったとすれば、レヴィに四六時中べったりしていなくてもいいようになったことで、どうやら力を解放したことで親離れしたらしい。
『らしくもなくヘコんでるじゃねぇか、嬢ちゃん』
姿を消しているトゥスが、暗い顔をしているレヴィに、ヒヒヒ、とからかい混じりの声を上げる。
『あの小さな毛玉が親離れして寂しいのかねぇ?』
「そんなわけないでしょ」
レヴィは強がっている様子ではなく、鬱陶しそうに口を尖らせた。
彼女は今、手に花束を抱えている。
今から向かう先は治療院であり、それは見舞いの品だった。
「彼に会いに行くのは気が重いか?」
クトーが問いかけると、レヴィは軽く肩を落とす。
「……そりゃね」
「翁は、そんなお前の気持ちを和まそうとしているんだろう」
今から会いに行く相手のことで暗い顔をしているのは、クトーも悟っていたので、当然トゥスならば分かっているだろう。
その上で、あえて軽口を叩いたのだ。
クトーは手にした輪廻竜の杖をついて歩きながら、言葉を重ねた。
「相手が病人であるからこそ、いつも通りの顔をしていろ。暗い顔を見せられていい気になれる人間はそう多くない」
「それも、わかってる。着くまでにはどうにかするわよ」
レヴィは素直にうなずいて、片手で頬をパン、と叩いた。
その様子に、クトーはそれ以上何も言わずに目線を前に戻し、数日前からの現状を思い返す。
魔王侵攻軍は潰した。
【ドラゴンズ・レイド】と他数名が大部分を掃討した上に王都から出撃した兵士の助力もあり、王都自体に被害は出ていない。
また魔王とチタツを殲滅したことで、相手側にはかなりの痛手を負わせたはずだ。
結局四将の残り二人は、戦闘が終わるまで姿を見せなかった。
「首脳会談の意味が変わってしまったな」
ふと漏らしたクトーのつぶやきに、少し気を取り直したらしいレヴィが反応した。
胸元に抱えた花束の上で、不思議そうに首をかしげる様は非常に可愛らしい。
「魔王が死んだのに会談はするの?」
「奴らは帝国を手に入れた。魔王を失ってどう動くつもりかは分からないが、このまま沈黙していることはあり得ない」
ハイドラが使っている肉体は、帝王のものなのだ。
帝国首脳部が丸ごと乗っ取られている場合は勅使を送るだけムダであり、辺境に対して真実を呼びかけたところで、どれほどこちらの言葉を信じるかも読めない。
帝国が敵の手中に収まっている現状は、早急にどうにかする必要があった。
王都の危機が去り、最大の目標を打倒したとはいえまだまだ気が抜ける状況ではないのだ。
ーーー帝国の奪還。
先制で仕掛けなければ、相手が準備を整える機会を与えることになるので、会談は早急に実現するだろう。
そのくらい急務ではある。
が、しかし各国の首脳を集めるのは、計画が必要だ。
ムーガーンの支配する住処のような例外でもない限りは、来いと言われて、すぐに出向けない立場の者たちが集まるのである。
ゆえに、魔王への対抗策を講じるための会談はその意味を変えた。
帝国の現状を伝えた上で、打倒のために連合軍を組もう、と呼びかける会談になってしまったのである。
ーーー期せずして、誰の意にも染まない戦争が起こる。
「ネックなのは、各国首脳部の移動だったんだが」
クトーたちの絆転移を使えば複数人の移動も可能なのだが、あいにくと他国の重要人物がそこまでこちらを信頼してくれることはない。
会談参加者の中には個人的には交流のある者もいるが、それでもクトーたちはこの王国に所属する冒険者なのである。
普通の国であればまず周りが反対する。
しかしそんな移動の問題は、意外なところで解決した。
その契機となったのが昨日の出来事だ。
クトーは、昨日国に帰ったルーミィとのやり取りを回想した。




