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おっさんと仙人は、修験者の里で長と話をするようです。


 イッシ山の(いただき)近くに、修験者の里は存在する。


 彼らはトゥス教を信奉する人々であり、始祖と尊崇するトゥス同様に『仙になる』ことを理想として、修行の日々を過ごしているらしい。

 その内実は隠されており、あまり知るものもいない。 


 クトーたちは、その修験者たちの隠れ里にたどり着いていた。

 場所が秘密にされているわけではないが、逆に喧伝されているわけでもない。


 獣道よりはマシ程度の狭い脇道を進んだ先に里があり、山越えの道からは、木立にまぎれるように作られた壁がそびえていた。

 高い木を組み合わせて土で固められたそれは、近くに行くといきなり現れたように感じられる。


 正面の壁面には、出入り用の大門と脇にある通用門が見えた。


「旅の方ですか?」


 入り口を見張る僧兵に、壁の上から弓を構えた状態で問いかけられた。

 子竜とサテライトゴーレムは奇妙に映るようで、彼らは警戒している様子だ。


「以前、この里からラージフット退治の依頼を受けたクトーだ。用があって来たのだが、里長に取り次いでもらえないだろうか」


 名を告げると、どうやら見張りの僧兵もこちらの顔を思い出したようで『しばしお待ちください』と告げられた。

 

 木立に覆われた山の上は、空気が湿っているがさほど暑くはない。

 やがて、見張り台に上がった長が姿を見せた。


 ヒゲも髪も真っ白だが体格が良く、未だに厳しく己を律し、体を鍛え上げていることがうかがわれた。


「これはクトー殿。それにレヴィ殿。お久しぶりでございます」

「元気そうね」

「変わりはないか?」

「ええ。あれきり魔物に悩まされることもなく、平穏に過ごしておりますよ」


 長は見張り台の上で微笑みを浮かべた。

 

「それで、今回はどのようなご用件で?」


 少し警戒した様子の長に、クトーは単刀直入に伝えた。

 そもそも、回りくどいやり取りなどはあまり得意ではない。


「少しお願いしたいことがある。信用できなければこのままでも構わないが、一応書状だ」


 クトーはカバン玉から巻いた羊皮紙を取り出すと、重石をくくりつけて見張り台へ放り上げた。


 宰相、ギルド長の連名である。

 内容の詳細は書いていないが、クトーが正式な手続きを経てこの場に訪れていることを保証するものだ。


 俗世から離れた彼らにどれほど効果があるかは分からないが、長はそれを読んで降りてきてくれた。


 少し体をかがめて通用門を抜けて来た長は、クトーとレヴィに対して改めて頭を下げた。


「その節はお世話になりました」

「別に頭を下げる必要はない。依頼の対価は貰った」


 報酬を得る代わりに依頼をこなすのは当たり前のことで、感謝を過剰に示す必要はない。

 そういう意味だったのだが、横からレヴィに脇腹を突かれた。


「ちょっとクトー……感謝は素直に受けとりなさいよ……!」

「済んだ話だ。違うか?」


 慌てたような小声に、クトーは軽く頭を傾げる。

 すると、頭を上げた長が気にした風もなく快活に笑った。


「そうじゃなくて……!」

「はは。クトー殿。下げたいと拙僧が思いましたゆえに、下げるのです。どうぞお気になさらず。お変わりないようで何よりですな」

「むしろ私は、少しはこの慇懃無礼に変わって欲しいんだけど……」


 何故か、レヴィは不満そうだった。

 意味のわからないクトーが微かに眉根を寄せると、トゥスがうんざりしたように耳元でささやく。


『まぁ、相変わらずの律儀さではあらーねぇ』


 始祖と呼ばれる仙人は、自分を敬う連中があまり好きではない、と昔聞いた。

 今もそれは変わっていないようで、複雑そうな様子だ。


 そのまま長に促されたクトーたちは、通用門から里の中に通された。


 中は村の中心に向けて低くなる谷間になっていた。

 その山の傾斜に張り付くように建てられた簡素な家と、段になった畑が見える。


 道や畑に、ちらほらと人の姿が見えた。

 剃髪の者が多い。


 谷間の一番下が、集会場になっているらしい。

 以前立ち寄った時も、同じように入り口から里の景色を見回した。


「私の家は集会場の近くにありましてな。そちらで話を伺いますか?」

「長居をするつもりはないので、道すがらで構わないが、集会場の方に向かうのは好都合だ。……それと、少しむーちゃんを遊ばせても構わないか?」


 クトーがレヴィの腕に抱えられてウズウズした様子の子龍を指さすと、長はかすかに眉をひそめた。


「龍ですか……危険はありませぬかな?」

「今のところは無害に近い。人や畑には近づけないようにしよう」


 そう言って示したのは、おそらく荷置き場だと思われる門脇の原っぱだ。

 山の深い場所で聖域に近い雰囲気を持つこの場所では、むーちゃんは調子がいいのだろう。


 心なしか、いつもより元気そうに見える。

 長がうなずくと、クトーはレヴィに目を向けた。


「聞いていたな? 少し遊んでくるといい。ヴルム、仕事だ。そばを離れるな」

「うっす。めんどくせぇっすけど」

「一言余計だ」


 レヴィがむーちゃんを離すと、バラウール2号がまるでストレッチするように大きく体を伸ばした。


「よし、ならオレは遊び相手らしくしようかね。行くぞ、白毛玉」

「ぷにぃ!」

「むーちゃんよ! もう! クトーと一緒で失礼なゴーレムね!」


 どういう意味だろうか。

 しかしそれを問いかける前に、レヴィの文句に対して、へへ、と笑ったゴーレムが両手を大きく広げた。


「どうでもいいだろ。よし、原っぱまで競争だ!」

「ぷにぷにぃ!!」

「あんま遠くまで行っちゃダメよ!!」


 バラウールが走り出すのに合わせて原っぱに飛んでいくむーちゃんに、レヴィが声をかける。

 二人と一匹と一体が消えると、長が改めて問いかけてきた。


「それで、一体どのようなご用件でいらっしゃったので?」

「トゥスの遺体を安置している場所へ行かせてほしい」


 歩きながら来意を伝えると、長は目を見開いてから厳しく表情を引き締めた。

 老齢ながら迫力のある目で睨み据えられるが、クトーは気にしなかった。


 おそらく簡単には頷かないだろうと思っていたからだ。


「……それは、聖遺骸が我々にとって大切なものだと知った上でのお言葉ですかな?」

「重々承知している」


 トゥス教の教徒である彼らにとっては、即身仏となった遺体は聖域にも等しい場所だろう。


「が、これは本人からの提案でな」

「……なんですと?」


 長の言葉に、クトーは周りを見回した。

 誰も近くにおらずこちらを注視していないことを確認した上で、指を鳴らす。


 すると、トゥスがゆらりと姿を見せた。

 長が足を止めて、ぽかんとした顔でトゥスを見る。


 宙に浮かんだ仙人は、尾を揺らしながら面白くもなさそうにキセルを吹かして、長を見た。


『そのお前さんらがご大層にありがたがってるのは、わっちの体さね。用があるから戻ってきて、何もおかしかねーよねぇ?』


 長は驚きから覚めると、ゴクリと喉を鳴らした。


「トゥス様……まさか、おいでになられるとは……」

『おや、素直に信じたねぇ。この姿でもわっちが分かんのかい?』


 元は人間のトゥスは、この山で修験者たちに追い回されるのが嫌で獣の姿をとっているという経緯がある。

 皮肉げに表情を歪めて笑みを浮かべている。


 長はそれに苦笑を返して、再び足を動かし始めた。


「貴方様が人を嫌ってそうした姿をなさっているのは、重々承知していますとも」

『そりゃ参ったねぇ。見抜かれてるたぁ思わなかったさね』


 ちっとも参った様子のない言葉を吐いて、トゥスがヒヒヒ、と笑う。


「先達から伝わっておりますよ。貴方様が獣に化けたお姿をとった時に真意を察して、お見かけしても追わぬようになったと」

『へぇ。お前さんら、思ったよりバカじゃねぇね』


 素直に感心したような声を上げたトゥスに、長はますます苦笑を深めた。

 集会場にたどり着いて、感慨を込めた様子で里の中を見回した後に、ポツリと言う。


「……この老骨は、貴方様の域には決して届かぬことを、すでに承知にございますよ」

『何が言いてぇのか、よく分かんねーね」

「そのままの意味でございます」


 拙僧は仙にはなれぬでしょうーーーそう言って、長は微笑んだ。


「もちろん、仙に届くように、と修行に励む者も多くおりますが。自分には届かないと理解している者も多く、この里には住んでおります。昔ほど荒業を行う者も少なくなり申した」

『……だったらなぜ山に住み、唯人ただひとには辛ぇよーな生活を送ってるのかねぇ?』


 理解できない様子でトゥスが眉根を寄せるが、長は笑みを崩しはしなかった。

 静かに……それこそ悟ったような口調で、トゥスに告げる。


「古くより在り続けることにより、この里の意味も、また教義の意味も変化しております」


 長は胸に手を当ててから、両手のひらを合わせてトゥスに向き直った。


「不甲斐ない、とお感じになられるかもしれませぬが。……すでに拙僧にとっては、貴方様の高みを目指すことよりも、行くあてのない女子どもを引き取り、慈しむ場としての意味合いの方が強くなっております」


 隠れ里、として。

 長は、仙を目指す男児のみでなく、山の周りに逃げてきた者を受け入れているのだと、説明した。


『……』


 涼しい風が吹き抜けると、トゥスの青く透けた体が軽く揺れたように思える。

 何を考えているのか相変わらず読めないが、彼は何かを物思いにふけるように目を閉じる。


『そうかい……最近、拾い子が多いと思ってはいたがねぇ……』

「はい。しかし拙僧は、そうした心持ちもまた、人としての天然自然なのではないかと、思えております」


 人を慈しみ、育むこと。

 永劫たる仙に届かずとも、次へと何かを託すこと。


「そうして続いてきたのが人の世であり、またこの里の姿でもあります。山あいを切り開き、畑を作り、人が住めるようにするなど、1日では成りませぬ」


 仙に届かなかった者たちが、それでも仙に近く在りたいと望んで作った里。

 引き継ぐ者がいなければ存在しなかった里。


「……そう、俗物的ではありますが。拙僧にはこの考えもまた、一つの悟りの形と思えます」


 トゥスはキセルをくわえてから、ふ、と煙を吐いた。

 そして、ニヤリと笑みを浮かべる。


『わっちにゃ、お前さんが言うような難しいことは分かんねぇね。他人を育てたりなんぞ、煩わしいもんとしか思えねーしねぇ』


 自由気ままな仙人は、だからこそ仙になれたのだろう。

 人との関わりを望む者にとって、永劫とは孤独を意味する言葉だ。

 

 誰もが必ず、自分より先に死んでいくのだから。

 しかし、トゥスの話には続きがあった。


『が、仙となってすら、今もって人と関わろうとするわっちよりも、はるかに上等な考え方さね』

「ご謙遜を。貴方様はそこに在られるだけで、我らの心の支えとなっております」

『買いかぶりも甚だしいね。が、後を追っかけてくる雛よりは、自分で歩こうとする飛べねぇ鳥の方が、わっちは好ましいねぇ』


 長は、そう告げたトゥスに満足げに微笑むと、手を合わせたまま頭を下げた。


「問答にお付き合いいただき、ありがとうございます」

『暇だからねぇ。が、そろそろ良いかね?』


 飄々とした雰囲気に戻ったトゥスがちらりと長に目を向けると、長はうなずいた。


「どうぞ。聖域への入り口は、土と石で塞いであるだけです」

「感謝する」


 クトーも長に礼を述べ、祭壇の奥を示されたので歩き出した。

 その背に、長から声がかかる。


「トゥス様とクトー殿は、どのようなご関係なのです?」


 どのような。

 あまり考えたことがなかったクトーがトゥスを見ると、逆にこちらを見返していた。

 

 とぼけた顔で耳の後ろをコリコリと掻いてから、仙人は長の方を振り向く。


『そうさね、仲間、ってぇところかねぇ?』

「仲間……? クトー殿は仙を目指しておられるのですか?」

「いいや」

『そういう意味じゃねーねぇ。……仲間ってのはそう、わっちにとっちゃ人生おもしろ可笑しく生きてる奴のことさね』


 トゥスが、いつもの調子でヒヒヒ、と笑い、キセルでコンコン、と頭を叩いた。


『お前さんら、出来の良い『子』とは、違ーんだよねぇ。バカみてーなことばっかしてっから、面白ぇって感じだねぇ』


 そこで角を曲がり、長の姿が見えなくなる。

 クトーは、トゥスに問いかけた。


「……何か、失礼なことを言われた気がするが?」

『わっちは事実を口にしてるだけさね』


 祭壇の裏手には、長の言うとおり土と石で塞がれたと思しき場所があり、古ぼけた縄がかかっていた。


「特に封印などはないようだな」


 クトーは【土遁の序グランドスクロール】をカバン玉から取り出すと、岩のすぐ近くに置いて発動させた。

 振動と共に魔道具を置いた部分の土が隆起し、逆に周りが陥没して岩がぐらりと動く。


 その岩に手をかけて思い切り押すと、一抱えある岩が転がって、聖域への洞穴がぽっかりと開いた。


『じゃ、行こうかね』


 トゥスが先に洞穴に潜り込み、ぼんやりと光る体で洞穴の中が照らされる。


『来なよ、兄ちゃん』


 そう言って振り向いたトゥスの笑みは、初めて見る類の鋭さを帯びていた。

 

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