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おっさんは、時の巫女をねぎらうようです。


 出かける前日、クトーが訪れたのは王都のギルドだった。


「旅行ですか」

「ああ。イッシ山まで3日程度の行程だな」


 混雑する時間帯は相手の迷惑だろうと、朝の10時頃に時間をずらしたので空いている。

 

 むーちゃんはクトーらの保護下にあるものの、非常に稀な存在だ。

 所在確認のために、外出のスケジュールをギルド側と王国側の双方に伝達しておこうと思ったのだ。


 別にギルド本部のニブル……ギルド総長に直接許可を求めに行っても良かったのだが、最近あまりミズチの顔を見ていないこともあり、様子見がてらこちらに来た。


「今まで、人間側で観測されたことのない希少種ですからね。問題はないでしょうが、ギルド総長にも報告を上げておきます」

「頼む」


 対面しているのは窓口だ。

 いつもなら、パーティーの依頼スケジュールを詰める時はビップルームを使うのだが、この程度の伝達事項ならそこまでの必要は感じなかった。


「では、行動日程を記入して下さい。帰還報告がない場合、あるいは緊急事態発生の報を受けた場合、捜索隊が出ることになります……と、わざわざクトーさんに言う必要もないでしょうけど」

「それがお前の仕事だからな」


 クスッと笑うミズチに、クトーは特に表情を変えなかった。

 手続きをする以上、『分かっているから』とさほど手間でもない言葉を割愛するような相手は、信用できない。


 そうして渡された書類を記入していると、久しぶりに陰口を聞いた。


『ミズチさんが、直接窓口対応だと……』

『なんだあのヒョロ眼鏡』

『知らねーのか? 【ドラゴンズ・レイド】の雑用だよ』

『は? あれが? めちゃくちゃ弱そうじゃねーか』


 クトーは特にそれを気にもせずに、同じように聞こえているだろうミズチに書類を渡した。

 全く崩れない微笑みを浮かべたまま、彼女は内容を確認していく。


 いつも通りにギルドの制服に身を包んで隙のない化粧をしているが、心もち元気がないように思えた。


「はい、大丈夫です。お預かりしますね」

「体調でも悪いのか?」

「え?」


 ひっつめ髪のミズチは、不意を突かれたように不思議そうな顔をした。

 軽く首を傾けると、真っ白で細い首筋が目に眩しい。


「そう見えますか?」


 すぐに微笑みを戻し、ミズチが片手を口もとに添える。

 クトーは羽ペンを窓口のペン立てに戻しながら、返事をした。


「見えるから聞いている」

「……そうですね。最近、少し夢見が悪くて寝不足かもしれません」


 夢見が悪い。

 その言葉に、クトーは片眉を上げた。


 そして会話を無発声に切り替える。


「……予知夢か?」

「判断がつかないのです。いつもより具体的ではありませんが、何度もその夢を見ます」


 ミズチは、Sランクの魔導師であると同時に、時の神の巫女と呼ばれる存在だ。

 勇者の……つまり今代はリュウの手助けをするために神に選ばれた。


 生まれながらに力を備えている彼女には、千里眼と、未来や過去を視る力が備わっている。


「誰かに伝えたか?」

「いたずらに不安だけを煽るのは、本意ではありませんので」


 つまり誰にも言っていないということだ。

 クトーは、さらに続けて質問した。


「どんな夢だ」

「赤く巨大な邪龍と、純白の神竜が視えます。どちらも多頭。空も大地もない闇の中で眠るそれらを、私は見つめています」


 やがて、ゆっくりと赤い邪龍が首をもたげて、動く様子のない白い神竜の腹を食い破り、その血を啜って飛び立つのだと。


「……赤い邪龍。なぜ言わなかった」

「白き竜の原意が読めません。ティアム様を竜に見立てることはありませんから」


 あまねく存在を作り出したというティアムの姿は、翼を生やした人の女性として描かれる。


 明晰な夢ではない、というのは、そのまま過去や未来の出来事とは思えない、ということなのだろう。

 明確な事象でない夢は寓意によって形成されているのだと、ミズチが昔に言っていたことを思い出す。

 

「ふむ」


 クトーはアゴを指先で挟んだ。

 

 赤き邪龍というのは、そう、魔王サマルエの寓意で間違いないだろう。

 以前目にした魔王の形態の一つ……リュウにトドメを刺された時の姿は、翼を生やした獣の四足に、人に似た上半身を備えていた。


 その尾と両腕の先が、龍の頭だったのだ。


「血は、寓意上では力と殺戮の象徴……血を啜って、サマルエが力を得る。白き竜が、この世界に生きる生き物や、人族の寓意である可能性は?」

「魔王は恐怖を楽しみます。瘴気を発生させるにも必要なものですが、人や世界を竜に見立てるような寓意は知りません」

「王族であれば? あるいは女神の勇者も」


 幼馴染みのリュウは、別名を竜の勇者とも言う。

 また王族はしばしば獅子神や竜神に例えられることもある。


「ですが、勇者の力は無属性。魔王の力は闇と炎の属性です。もし人……つまりこの王国や世界は食い荒らされることの寓意であれば、私たちは現在すでに対応しています」


 それは、濃紺の瞳に知性を浮かべるミズチの言う通りだった。


 白は聖なる存在……聖属性の色だ。

 本来なら神に類する存在の寓意でもある。


 世界の寓意は、九色の虹だ。


「……むーちゃん、か?」


 白き竜の心当たりは、後はそこしかなかった。

 魔王の狙いが、真っ白な毛並みに覆われたあの子竜なのであれば、外出は危険かもしれない。


 ミズチは、クトーの言葉に曖昧に首を傾げた。


「ですが、私の見た神竜は明確な鱗に覆われていました。毛並みではありません」

「成長すれば、鱗が生えるのかもしれない」

「毛並みを持つ竜は、成長しても毛並みのままなのでは?」

「存在そのものが、人の知らない竜だからな。通常と違う成長をしてもおかしくはない」


 もしむーちゃんが神竜であるとすれば、可能性は残っているのだ。

 世の中には、繭を作って昆虫のように変態する竜も少ないながら存在している。


 さらに、人が育てるドラゴンはせいぜいBランク程度まで。

 それ以上になると、人と対等な契約を交わす存在になる。


 神竜が赤子から成長するのを見たことがある者は、クトーが目にしてきた伝承の中にも存在していない。

 そもそも神の領域に在る存在が、他の竜と同じように成長をするものなのかも不明だ。


「旅行自体を、やめておきますか?」

「……」


 クトーは少し考えた。

 しかしすぐに、首を横に振る。


「いや。聖結界は、現状魔王に対して無意味だ。俺が出かけている間にレヴィたちの護衛に人を割かせれば、今度は王都全域に何かが起こった際に手薄になる」


 【ドラゴンズ・レイド】のメンバーは、現在北の情勢を探るジョカ以外は全員王都にいる。

 

「もう一人、メンバーをこちらに同行させよう」


 器用貧乏なクトー自身を1と換算すれば、特に問題ない。

 レヴィも、他の仲間に劣るとはいえ、装備の力もあればトゥスもいる。


 自分のいない王都でむーちゃんの護衛に人を配置しようとすれば、レヴィを抜いて最低3人は欲しいからだ。


「ミズチとリュウは、常に俺と繋がれるように備えてくれ。最悪、転移魔法で戻る」


 古代転移魔法を使う為には、ミズチの千里眼と時の秘術、そしてメインの術師であるリュウがどうしても必要になる。

 定点移動であれば、それぞれの場所に魔法陣の形成しておけば魔力で賄えるが、旅をする以上それは望めない。


 そもそも転移魔法陣を描ける相手が、現状知る限り自分以外にいないのだ。


「分かりました」

「頼む。それと、そのむーちゃんの事だが」


 クトーは、うなずいたミズチにさらに話を切り出した。


「リュウが珍しく仕事をしてな。最近王都に詰めっきりで、暇だったのかもしれんが」


 自発的に王立図書館に寄贈された伝承集に当たり、むーちゃんと同一の種族かもしれない存在を二種類、確認したらしい。

 ミズチは話に興味を示した。


「どんなドラゴンですか?」

「一つ目は、北の伝承にあるファーラと呼ばれる神話上の竜。もう一つは〝忠義の竜〟伝説に登場する竜だ。耳に挟んだことはないか?」

「二つ目は知っていますが……あの、小さなドラゴンが?」


 疑わしげなミズチに、クトーは説明した。


 ファーラの竜は、古代より北に住む民族の伝承にある存在だ。


 『戦う者に恵みをもたらす』と言われる、世界そのものに匹敵する巨軀の存在。

 白き毛並みの奥に隠された肉を切り取っても、即座に再生する不死の竜であると言われている。


 ファーラの名は『無限の食物』という原意を持ち、その味は牛以上の美味であるとされていた。


 もう一つ、〝忠義の龍〟とは。

 今は無きカナーロ王国において、人のために尽力したという一匹の白龍の伝説だ。

 

 こちらは詩の形で残されていて、吟遊詩人が歌っていることがある。

 ミズチが知っているのはそれでだろう。


 内容はこうだ。


※※※


 ーーーそのモノ、白き毛並みを纏う赤き瞳の竜なり。


 矮躯(わいく)にして、甚大(じんだい)なる竜気を身に宿す。

 あらゆる武器をして傷つけること叶わず。


 (ここの)つ在る竜玉の神威を自在に()る、天変地異の化身として在れり。


 ひとたび怒れば、天を突かんばかりの荒れ狂う八俣(やつまた)へと巨変し。

 地を這う者を、(ことごと)く滅すがごとき破壊を撒き散らさん。


 山脈より、背に負う国への侵攻を図る者あれば、鉄壁をもってこれを防ぎ。

 大河より、背に負う国への侵攻を図る者あれば、鉄槌をもってこれを退け。


 遂には王国に住まう者より〝王国守護の竜神〟と崇敬(すうけい)を得。

 敵対する者より〝カナーロの殺戮竜〟と忌み嫌われしモノ。


 忠義の龍、その姿を隠さば、王国もまた落日の時を迎えたりーーー。


※※※


「たしかにどちらも、白き毛並みの竜ですが……」


 むーちゃんを一度見たことのあるミズチは、困ったような微笑みに表情を変えていた。


「前者は矮躯という部分に関する言及はないが、後者は酷似しているだろう。同時に、忠義の竜に関しては研究資料があった」


 そちらは、リュウの結果を届けた際に、宰相のタイハク老からもたらされたものだ。


 カナーロ王国は、現在帝国領と小国連を二分する山脈からこちら側と、このクーロン王国、それに南域の大森林にかかるくらいの場所が国土であったと言われている。


「伝説の竜騎士の娘が育てたという、どこからもたさられたか不明な卵。赤子の頃より人語を解し、娘の意思を受けて王国を守護し続けた。……竜自体の出自は分からず、古代文明よりも後に存在したはずなのにあの場所に安置されていた理由も不明瞭だが」


 結局のところ、確証はない。

 が、むーちゃんの出自に関する手がかりの最初としては上等な部類だろう。


「ほかにない毛色を持つ、強大な竜……神竜の一種であってもおかしくはないですね。それが、むーちゃんかもしれないと?」

「今のところあの子を見ていて危険は感じないが、リュウが見るには着々と竜気が身の内に蓄えられているそうだ」


 人語を解していたというのなら、忠義の竜が居住地としていた場所に、何かもっと詳しいことが分かるものがあるかもしれない。

 が、現状で調べに行くには確証が足りなかった。


「もし、あの子竜が忠義の竜の系譜だったとして……生き残っているのなら、もっと他に存在していてもおかしくはないはずですね……」

「あの子は古代文明の遺跡で、時の魔法によって封じられていた。可能性としては、忠義の竜が目的を持って残したとも考えられる」


 例えば、何がしかの脅威への対抗手段として。

 現状では、あまり考えたくはない可能性ではあるが。


 クトーは、それだけ言って立ち上がり、無発声をやめた。

ただでさえ魔王の脅威がある現状で、この上問題が起こるのは困る。


「そちらに関しては、とりあえず保留する。ルーミィがしばらくこちらにいると言っていたし、彼女に問えば何か知っているかもしれん」

「北の将軍ですか……王に心酔していた彼女が国を出た理由が、未だに信じられません」

「そうか?」


 大切な存在であったミズガルズが亡くなっている以上、彼女が国そのものを大切に思っていないのなら留まる理由はない、と逆にクトーは考えたのだが。


 ルーミィが言うには、北は現状、とりあえず小国連との和平を望んでいるらしい。


 先王ミズガルズ・オルムも目的があって……『魔王に侵された人族の土地を取り戻す』という目的のために戦争を仕掛けようとしていたので、脅威が失せればそうした動きもあっておかしくはない。


 信じ切る訳ではないが、北のことはクトーの中で優先順位が下がっている。

 今はその北を含む会談と興行を、魔王の妨害や仕掛けを退けて成功させるのだ。


「では、明日から出かけるが」


 そう言ってカバン玉を探るクトーに、ミズチが軽く目を細めた。

 優しげな美貌にも関わらず、目が少し冷たい。


「……どこか楽しそうですね。レヴィさんやむーちゃんとのお出かけだからですか?」

「当然だ」


 レヴィは常にあのトゥス耳の服装であり、モデルとなったトゥスもいて、さらにむーちゃんである。

 至福と言って過言ではない。


「それはともかく、お前に贈り物を持ってきた」

「え?」

「イリアスの花をあしらった髪留めだ」


 小さな細長い箱に収められているのは、可憐な花が精緻に作られているバレッタだった。


「少し落ち着いた意匠だからな。お前に似合うかと思った」


 【ドラゴンズ・レイド】を離れて、一番損な役回りを受けてくれているのはミズチである。

 ねぎらいを込めての贈り物を、ミズチは最初驚いたような顔で、次にふんわりと表情を緩めて受け取ってくれた。


「ありがとうございます」

「礼を言うのは、俺たちの方だからな」


 ミズチが少し元気が出たようで良かった。

 クトーは小さく笑みを浮かべてから、その場を後にした。

 


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