〜冷雨(2)〜狂神の何故と命神の分からない
大切なお知らせがあるので、今話をお読みの後にあとがきの方をご覧ください。
樹峯に連れてこられたのは小さな部屋だった。
十畳あるかないかくらいの広さで、あるのは黒曜石のような物で作られた横長のテーブルと同色の背もたれのないソファに近似している物、そして、部屋を淡く照らす四つの光。
黒のテーブルの上にある小さな蝋燭を三つの大きな蝋燭が囲んでいる。
窓一つない部屋。
出入り口であるはずの扉もない。
何もないと評するのは決して過言ではないだろう。
「どうぞ、そこにお座りください」
穏やかに微笑む樹峯が美耶に促し、美耶はそれに従った。
「じゃあ、全て教えてもらうからね」
「なんでも教えて差し上げましょう」
座る美耶に反して樹峯は立ったままだ。
こちらを優しく見据える柔らかな新緑色の目を蝋燭の陰影が照らし、艶やかさを感じさせる。
自然に彼から滲み出る色気にあてられ、美耶は彼から話を聞いたらすぐさまここを出ようと決めた。
「闇神と時神はどこにいるの?」
「やはり、彼らが気になりますか?」
一番左側ーー樹峯に近い位置にある蝋燭が微かに揺らめいた。
「あたりまえでしょ。気づけば私は知らない屋敷にいて、監禁も同然の状態にされていた」
剣神が、美耶が先ほどまでいた西洋風の部屋の扉を一撃で壊した理由はこれだった。
ーーあの部屋は決して鍵なんて普通のものでしめられていたわけではない。
複雑に構成された結界が何重にも張られていた。
おそらく、“神”という存在であるあんただったから、結界を張る必要があったんだろう。
仲良く剣神と道に迷っている時に、彼がそう教えてくれたのだ。
逃げられないようにするためにと。
(剣神…)
彼は大丈夫だろうか。
彼は美耶と出口を探している途中で、炎神と化して現れた類斗と剣を交えた。
そして、美耶に逃げろ、と怒鳴って彼女を炎神から庇った。
(ごめん)
逃げられなかった。
途中でこの樹峯に見つけられ、美耶も、闇神達の行方、そして変貌を遂げた弟ーー類斗について知る為に、こんなにあっさりと彼に捕まった。
今も、類斗と戦っているのだろうか。
(でも、必ずあなたを救う手を見つけるから)
だから、無事でいて。
私も今すぐにあなたの元へ行きたい衝動を抑えるから。
冷静さを失わないようにするから。
「彼らの行方は知りません。私は貴女を奪還してすぐさまあの場から立ち去りましたからね」
闇神。
時神。
霧神。
この異世界に来ておそらくまだ二日ほどしか経っていない。
だが、その短い間で色々な神と知り合った。
まずは樹峯に、そして闇神、時神、霧神に出会った。
まだ知り合って間もなく、お互いをよく知らない者達ばかりだが、何故か一人でいるより彼らと一緒にいた方が心地よい。
出会いが最悪な闇神でさえでもだ。
「ですが、貴女を強く求めていた彼らのことですから、貴女を私から奪おうとまたどこかで策略しているはずです。いずれ、貴女の前に姿を現わすでしょう」
まあ、そんなことはこの私がさせませんがね。
そう呟き、遠くを見るかの様に目をわずかに細めた事に、美耶は気づかない。
「……じゃあ、これも教えて」
「なんでもどうぞ」
「あなたは私の味方なの?」
ずっと気になっていた。
あの時ーー美耶を取り返しに来たと言って時神の神殿にこの樹峯が現れてから。
闇神とはもうすでに二回樹峯は争っている。
戦いに馴染みがあるわけがない美耶が闇神はおろか、この世界に来た時から親切にしてくれた樹峯にまで恐怖を覚えたのはきっと仕方ないことだ。
でも、それだけで彼が美耶の味方かどうか疑ってしまうのではない。
『ーー俺は美耶には優しい。そう、美耶にだけ。あとは全て殺し尽くしたい』
優しくて紳士で穏やかな樹峯が確かにそう言ったのだ。
そう言った時の彼の顔は艶然と笑っていたが、とても冷酷だった。残忍だった。
一日過ごしただけだったのだ。
樹峯という者と一緒にいたのは。
彼と親しくなっていたはずだった。
ーーたった一日で彼という人物を深く知れるわけがないのに。
知った気でいた。
「ふふ、何をおっしゃっているのでしょうか?私はあなたの味方ですよ。そう、あなただけのーー」
あなたの味方。あなただけの。
わからない。
信じれない。
(私は……)
だって。
「私は……あなたを知らないから」
この言葉を発するにはとても勇気が必要だった。
なぜなら、それは。
「ーー私を知らない、ですって?」
(あなたを拒絶することになるから)
樹峯の目に暗い感情が宿ったことにすぐさま気づいた。
逃げろ。
本能がそう叫んでいる。
だが。
「ーーっ!!」
「かつて私と【陽月の契約】を結び、私に【樹峯】という名を与えたあなたがそう言うのかっ!?再会を果たした後も私を【樹峯】と呼び続けることができたあなたが!私をーー俺を狂うほどに恋い焦がれさせたあなたが!」
ソファに押し倒され、抑えつけるように美耶の両手首を掴む樹峯の手に凄まじい力がこもる。
四つの蝋燭が再度大きく揺らめいた。
まるで、樹峯の激情に呼応するかのように。
「き…ほ、っ!」
「俺を勝手に従神にし、俺を勝手に捨て、俺を呆気なく忘れたあなたはもう一度俺を奈落の底に落とすというのか!?」
「な…、なに、を……っ!」
「なぜ俺を捨てた、なぜ俺をそう簡単に忘れることができた!なぜだ、なぜだ!」
捨てる。
忘れる。
なぜ。
分からない。
なにも分からない自分が悪いのか。
狂ったかのように叫び、涙を頬に伝せる樹峯が望む言葉が分からない自分が残酷なのか。
「なぜ、俺にはあなたを守る力がないんだ……」
苦しそうに右手で自分の顔を隠し、悔しそうに歯を噛む樹峯。
そんな彼を見ているのはとても辛かった。
そして、そんな彼に何も出来ずにいられない自分がひどく悔しかった。
何も出来ない。
彼がひどく苦しんでいるのは分かる。
彼を苦しませているのが自分だということも分かる。けれども、自分のなにが彼を苦しませているのかは分からない。
それが、とても歯痒かった。
何も知らない自分が慰めたって彼を追い詰めるだけかもしれない。
同情なんて論外だ。
こんなにも苦しんでいる樹峯に何も分からない自分が樹峯の気持ちを悟ることすら出来やしないのに。
「ごめんなさい……」
決して、謝ったりしてはいけなかった。
何も知らない自分が謝る資格なんてないのだから。
それでも、謝らずにはいられなかった。
「……今さら、何を謝るのですか?」
くぐもった小さな声が樹峯から放たれる。
美耶の両手首を拘束する手がさらに力んだ。
「ーーやっぱり、あなたを私の【永華】にしておけばよかった。あなたが私を捨て、私を忘れないように」
闇に侵食された新緑色の瞳は限りを知らない憎悪と狂おしいまでの愛情に支配されていた。
「今からでもいい。全てを私にーー俺に捧げて下さい。美耶様ーーいや、美耶」
温かな樹峯の唇が美耶のそれに重ねられた。
お知らせです☆
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(1)
【雨降らせ、平成少女】(2016年9月25日変更完了)のタイトルを変更することになりました。
変更は9月25日に行います。
急な変更でごめんなさい。
早く皆様に新しいタイトルを覚えていただけるよう、新タイトルにちょっとした工夫を施したいと思います(o^^o)
新しい風を取り入れて頑張っていきますので、どうかこれからも宜しくお願いします。
(2)
10月2日(土)に短編をあげます。午前中に更新です。
予定なしの確定です!!
ジャンルは恋愛ですね、やっぱり。
【キスから始まる物理系女神様の世界更生伝説】(旧題:雨降らせ、平成少女)&【腹黒乙女と12の勇者様】とはまったく関わりのないお話なので、気軽にお読みくださったら嬉しいです。
【キスから始まる物理系女神様の世界更生伝説】(旧題:雨降らせ、平成少女)の次話は定期更新に定めた曜日である土曜日(今週)です。
遅くならないよう頑張ります!




