〜恋雨(19)〜略奪の神と無敵の神
「ーー美耶さま、おむかえに参りました」
何かが燃えるような焦げくさい匂いと共に、美耶達四人の前に現れたのは、ずっと待ち望んでいた男だった。
こんな時だというのに思わず見惚れてしまう柔和な美貌に、長身かつ細身の体躯。ーー腰までストレートに伸ばされた薄茶の長い髪は、植物の蔓で首の付け根あたりに緩く結ばれていた。そのためか、先刻の彼より凛々しく見えた。
だが、美耶だけに向けてある微笑みは、とても優しくてーー変わっていない。
間違いない。この人は。
「樹峯…っ!!」
感極まって、悠然に佇む彼の名を叫んだ。
そんな美耶に樹峯は、はい、と淡く笑んでみせた。
「お迎えにあがるのが遅くなって申し訳ありません、美耶さま。色々と邪魔が入ってしまいました」
本当に申し訳なさそうにそう言い、樹峯は、美耶に向かって右腕を伸ばした。
「さあ、共に行きましょう。貴方をいつまでも、穢れた神どもの元に置いておきたくはない」
死んだと宣言されていた彼の出現に喜びを覚えていた美耶も、彼の方に細い腕を伸ばそうとしーー
「ーー行かせると思ったか?」
嘲笑うような声が、後ろから腰に回ってきた力強い腕と共に美耶をその場に踏みとどまらせた。
その行動に、高まっていた歓喜は一瞬にして霧散し、美耶は声の主ーー闇神を睨み上げた。
「うるさいっ。てか、離してよ!私は樹峯の方に行くんだから!!」
「ーー離すわけがないだろう」
「はあっ!?」
身勝手な事を言われ、額に青筋を立てた美耶に、余裕のある顔で闇神はどこか甘さを秘めた声で、言葉をつむいだ。
「せっかく、お前という貴重な奴を手に入れたんだ。どう足掻かれても渡すつもりはない。ーーお前は、俺の契印をその身に刻んでいるしな」
「……なんだと?」
妖艶さをその整ったーー否、整いすぎた顔に浮かべる闇神の言葉に、ただならぬ反応を見せたのは樹峯だった。
「……美耶さまに、お前の契印を刻んだだと?」
怒りーーいや、そんな感情を凌駕するもっと恐ろしいものを樹峯は、優しげな顔に立ちのぼらせた。
「……」
言葉はなかった。
ただ、無慈悲な剣尖が大気を切り裂いただけ。
「ーー森神、お前は剣術にたけてないと言ったはずだが?たいした腕のない奴がよくまあ、無茶するもんだ」
嘲笑をたたえ、闇神は自身を狙った剣を見えない早さで右手で受け止めた。
舌打ちをし、樹峯は素早く飛び下がった。
闇神との距離を計り、再度剣を構える。
「無駄な事を」
呆れ声の闇神は、切りかかってきた樹峯の剣を止め、樹峯の腹部に容赦なく蹴りを入れた。そして、そのまま彼を拳でーー拳により巻き起こされた風圧で吹き飛ばした。
「ーーぐっ」
「樹峯!!」
後方に飛ばされた樹峯は、片手に収めていた剣で床を抉らせ、その身を静止させた。口を切ったのか、樹峯は血を吐き捨てるなり、握っていた剣を上空に投げ放った。そして、一瞬にして左腕に淡い光をまとわせた。
「一体、なにをするつもりなんだろうね?」
「……強い力を感じますが」
こんな時だと言うのに、時神は無邪気な笑みを浮かべ、樹峯がどんな行動にでるのか興味津々にしている。
霧神も、大きな焦りを見せず、彼の主に言葉を返しただけ。
闇神はーー。
「……懲りない奴だな。敵わない相手だとわかっているのに。愚かすぎて嗤えるな」
ムカ……。
この傲然とした態度。樹峯を馬鹿にする口調。なにもかもが、美耶の癇に障った。
怒りのあまり、美耶の腰に回されている装飾品に彩られた腕をギリギリ…と爪が食い込むまで握りしめる。
しかし、闇神はそんな美耶の行動にどこ吹く風だ。
悔しくて、美耶は歯ぎしりをしていたが、目の前にうつった光景に、息を呑んでしまった。
落ちてきた剣を右手で掴み、凛然と立つ樹峯の周りには淡い光を放つ無数の光が集まっていた。
この光景にはひどく見覚えがあった。
ーーあの時。突如襲撃してきた闇神に反撃しようとした樹峯が同胞と呼んだ光達をその身に集めていた。
彼の柔らかな美貌を照らす光。
それをまとう樹峯は、とても美しくーー神秘的に見えた。
ーーだが。
「また、その攻撃か?物分りが悪いな、森神。以前にそれが無意味なものになった事をもう忘れたのか?」
呆れ返った闇神の声。
(なんでっ!?樹峯!前、それやって、仲間の子たちが……っ!!)
そう、攻撃として使われた彼の仲間はあっけなくこの闇神の手によって屠られたのだ。
また、新たな犠牲を出すと言うのか。
しかし、そんな美耶の訴えがきこえたのか、樹峯は一度美耶を静謐な目で見つめたが、何故か、闇神に向けて意味深な笑みを刻んだ。
そして。
樹峯に集まっていた光は、吸い取られるかのように彼の剣にまとわりついた。
樹峯は、その剣を闇神に向かって躊躇いなく放った。まるで、槍投げでもするかのようにだ。
キィィィン、と閃光を放ちながら剣は一直線に闇神に飛んできた。
しかし、それを難なく闇神は掴み取った。ーーその場から一歩も動かずに。
「ふふん、さすがだね、闇神。かつて、武神とも呼ばれていたわけだ」
「……お見事です」
軽く拍手をし、のんきに闇神を褒め称える時神と感心を示す霧神に、闇神は何も言うことなくーー突如、前方を見据える目を細めた。
「……なるほどな」
「え……?」
一人納得したような素振りを見せた闇神に、訝しげにした時だった。
闇神が手に取っていた樹峯の剣が、目を刺すような眩い光を神殿中を覆ったーー。
ラブは次回来そうです。