46 奴隷と共同生活と経験者
次の朝、起きると奴隷は既にいなかった。俺は起きてベッドの下まで見るが、奴隷の姿はない。
(どこに行った?)
(外で水を汲んでいるぞ)
ゼノンが欠伸をしながら答えてくれる。まだ朝の六時くらいだろう。ゼノンが言った通り、桶とタオルを持って、部屋に戻ってきた。
(あ……顔を洗う水か)
俺はそれを理解すると顔を洗い、タオルで顔を拭く。どうやらこのタオルはこの宿のものらしい。借りてきたのか。俺が洗い終わると確認すると、桶とタオルを持って部屋から出て行く。
(あの奴隷はあのように身の回りの仕事をするための奴隷のようだな)
ゼノンは俺が顔を洗ったことで完全に目を覚ましたようだ。あの奴隷についてコメントする。それ以外にも色々出来るみたいだが、まだ何が出来るのか完全には分からない。
(でも正直俺たちにとって、足でまといにしかならないぞ)
(身の回りの世話は自分で出来る。損得考えたら、損の方が多いだろう)
ゼノンはそう言って尻尾と翼を伸ばして、体の調子を確かめている。正直精神世界なので、そんなことをしても体の調子は分からないのだが。部屋に奴隷が戻ってくると、俺は下の階に移動した。朝ごはんには早い時間だが、昨日のことを考えると早めに食堂にいたほうが良いだろうと思う。
俺が下に降りると既に何にかの客が既に席について、食事を始めていた。やはり早めに来たのは正解だった。奴隷は俺の後ろからついてきている。
(そう言えば奴隷の食事ってどうするんだろう?)
(高坂に出された料理を適当に分け与えてみては)
ゼノンが言う通り、この宿に出る食事はかなりの量が出る。一人で食べきれない量ではないが、二人で分けて満足出来ない量では無い。だから奴隷に分け与えても問題無いだろう。昨日みたいに倒れられても困る。この宿にこいつを置いていくのも考えものだから、一緒に連れて行く。
食堂の席に着くと俺の隣の床に座る。奴隷としてこれが正しいことなんだろう。だから俺もゼノンも何も言わなかった。運ばれてきた食事はロールパンとバター、卵焼きにソーセージ、後は適当なサラダとスープ。パンのおかわりはテーブルに置いてあるだけのパンを食べても大丈夫なようだ。俺はパンにバターを塗ると軽く溶ける。出来立てで、パンが温かいからだ。俺はパンを一口食べるとソーセージに手を伸ばす。その後サラダを食べる。そのなかで奴隷にパンを分ける。お皿が無いから手に渡してやると、奴隷は大事そうに抱えると食べ始める。流石にもう俺が渡しても固まることは無くなった。ついでにスープも皿ごと渡してやる。卵焼きはケチャップをつけたかったが、無い様なので諦めて卵焼きだけで食べる。卵焼きは単純に塩味で味付けだった。パンと一緒に食べる。奴隷が食べ終わるのを見ると、パンにソーセージを挟んで奴隷に渡してやる。奴隷は受け取ると、そのまま食べる。一口食べるとそれが気に入ったようで、四口ぐらいで食べきってしまう。俺はそれを確認すると、パンを渡してやる。さっき程より落ち着いてパンを食べる。その頃には俺の皿は殆ど空っぽになっていた。残りはパンだけなので、奴隷にパンを適当に渡しながら自分もパンを食べた。
食べ終わると、俺は席を立って、自分の部屋に一帰る。ダンジョンに入るために道具をまとめる。お昼は後で買えば良いだろう。俺はナイフとお昼分を買う金を入れておく。アスカロンはローブの内側にしまう。ハチミツ菓子は部屋に置きっぱなしにした。これは取られてもどうってことは無いと考えたからだ。俺がそんな考えを持っていると知ると、心の中で大きなトカゲが騒いでいるが、見なかったことにする。
ギルドの中に入ると、ゼノンの姿で食堂の席で待っていると、アルサートそして優吾達の順番でギルドに到着した。
「アルサート、お前が好きなクエスト持って来い。クエスト受けたら、お昼を買って、ダンジョンに潜る」
ゼノンがアルサートにそう言うと、アルサートは頷きボートに向かって歩いてクエスト用紙を眺めている。アルサートには会った時に、早めにギルドカードを一緒に渡しておいた。
「お前はクエストを受けないのか?」
優吾が興味深そうにゼノンに聞いてくる。
「我はアルサートと同じクエストを共同で受ける事になっている。優吾、お前も受けたいクエストがあるなら受けてきて構わない」
「そうか……」
優吾はそう呟くと、アルサートと同じようにボートを眺める。優吾の背後でアンナも一緒に興味深そうに眺めている。
二人はクエストを決めたようで、二人でクエスト用紙を出してきた。受付でクエスト受注が終わったようで、三人が戻ってきた。
「このクエストを受けてきたんだけど…」
アルサートと一緒に優吾もクエスト用紙を見せてくる。アルサートが受けたのは30層のムカデの牙の採取クエストで数は30個、優吾が受けたのはクロコッタの歯の入手だ、数は頭10個分の歯だ。クロコッタとはオオカミのような魔物で、クロコッタの歯は頑丈ですり減ることが無いと言われている。だが実際はクロコッタの歯は確かに頑丈だが、磨り減った歯はすぐに生え変わっているだけだ。そしてクロコッタは10層にいるはずだった。
「じゃあ行くか」
俺はアルサートからギルドカードを返してもらうと、仕舞って立ち上がった。
「おい、ゼノン」
「何だ?」
「あの馬車があっただろう、あれダンジョンに持っていかないか?」
「我は運転できないぞ」
「お前が運転出来なくて、そいつなら出来るだろう?」
優吾は顎で示した先には、奴隷がいた。確かに奴隷のこいつなら、馬車を動かせるだろう。
(どうするのだ、高坂?)
(別に構わない)
「お昼を買ったら、馬車を取りに行く」
ゼノン達は保存食を適当に買った。奴隷の分も買ったが、そのどさくさに紛れてゼノンがハチミツ菓子を買おうとしていたのは、俺がきっちり止めた。それ以外は特に困ったことは起こらずに順調に進んでいた。宿に着いて、馬を出そうとすると、宿の店主が馬の世話をしている所だった。
「おや、お客様」
「馬車を使いたい」
「どうぞ、どうぞ」
宿の店主はそう言うと、馬と馬車をつないで出してくれる。馬は外に出れたことを嬉しそうに、『ブルルッ!』と鳴く。ゼノンはそんな馬を大人しくさせようと撫でる。奴隷以外は荷台に乗り込んだ。とても乗り心地が良いとは言えなかった。たぶん馬車は荷物を運ぶことだけを考えたもので、人が乗ることは想定していなかったのだろう。一応木箱で椅子のようなものが出来ているが、正直この姿でなければお尻が痛くなるだろう。
ダンジョンの入口で門番に金を渡して、ダンジョンの中に入る。奴隷の入場料は払わなくて良いらしい。奴隷は持ち物して考えられる。四人分の入場料を払ってダンジョンの中に入る。馬は早くもないが遅くもない速度で歩く。まあ、長距離を走るのならこれくらいの速度で走るのが良いのだろう。奴隷は馬の走らせ方に精通しているらしい。馬車の方は奴隷に任せていいだろう、地図も渡してある。それに喋らないときは基本的に俺が出ているか魔物が自分から近づいて来ることは無いだろう。いたとしても攻撃はする可能性は少ない。
「ちょっと待って下さい」
アンナはそう言うと馬車の屋根を踏み台にダンジョンの天井に何か書き込んでいた。正直俺は何をしているか分からなかったが、優吾は分かっているみたいで、黙ってそれを見ていた。見るからに魔法陣のようなものだけど、何の魔法陣かは分からなかった。
「………」
馬車が止まるって、奴隷が俺の体を御者席に座りながら、器用に俺の袖を引っ張って前を見せる。馬車の少し前には魔物がいるのだ。
(近づけば自然に退くだろう)
ゼノンにそう言うと、ゼノンは奴隷に指示を出してそのまま進ませる。奴隷はかなりビビってさっきよりゆっくりと馬車が動く。そして途中から馬車のスピードが上がった。たぶん魔物が俺たちの存在に気付いてどいてくれたのだろう。
「何があったんだ?」
優吾が武器に手をかけながら聞いてくる。
「魔物がいた」
シャンッ!
その瞬間優吾が鞘から剣を抜く。優吾から鋭い剣気が溢れ出す。一体こいつダンジョンの中で一体何があったのだろう。
「早まるなら、もういないから心配するな」
ゼノンはそんな優吾を落ち着かせるように言う。正直このままだと馬車ごと斬られかねない。ゼノンがそう言うと、優吾は納得して直ぐに剣を収めた。いつの間にかアンナも魔法を使おうとしていて、アンナの手のひらには、風の渦が出来上がっていた。
その後は順調に進んでいく。10層で立ち止まり適当にクロコッタを斬りまくる。アンナの氷魔法でクロコッタの足元を凍らせて動きを封じてから、優吾が剣でその首を跳ね飛ばしていく。跳ね飛ばした頭アンナが凍おらせて、アルサートが馬車に積み込んでいく。いくつか頭を回収すると、次の階層に向かった。
魔物が来ないし、昨日の内に階層ごとの魔物の主は倒してあるから、止まる必要は無い。階段は板を出して、スロープを作って下の階層に降りていく。昨日の半分の時間で次の階層に進んでいく。31層まで次の階層の入口までの地図が出来ている。犬より劣るとは言え、ドラゴンもそれなりに嗅覚は良い。地図が無くなると御者にアルサートを乗せて、地図を書きながらゆっくりと進んでいく。アルサートも俺の背中の上よりかなり書きやすいようで、俺が背中に乗せているとき早く移動出来ている。
最初は緊張感あったが、魔物が全然襲ってこないので、全員暇で馬車の中で寝そべっている。優吾に至ってはアンナに膝枕で休ませてもらっている。
「そんな状態ですぐに戦闘出来るのか?」
ゼノンが優吾に問いかけると、片目をあけて眠そうに答える。
「寝ながらでも戦闘が出来るくいじゃなきゃ、ここから抜け出すことは出来なかったよ」
そう言うと両目をつぶって寝息をたて始める。傍から見ると熟睡しているようにしか見えないがすぐに戦闘ができるらしい。正直強い経験者がいることは心強かった。




