7話目『遮断』
おかえり、なさい………お願いだから…
太陽の光がアタシとみんなの部屋を無理やり明るくしてしまう。
今日は何日、何曜日、今は何時…
そんなどうでもいいことが頭の中を通り過ぎていく。
頭の中のノイズを追い払い、みんなの方をを見る。
昨日の夜、見た時のマンマ。
動いていない。みんなは動いていない…
王女は四天王の一人と手をつないだまま。
親友は座って、その肩にはヒロインの手が添えられていたまま。
魔王は主人公と肩を並べ、二人して優しい微笑みを浮かべたまま。
みんな、優しい微笑みを浮かべている。
動いていないんだ……
「あっ、起きたみたいだよ」
「おかえり」
「『おかえり』じゃないよ。『おはよう』っていうんだよ」
「でも、『おはよう』って朝に言うんじゃないの?」
無邪気なおしゃべりが、可愛らしい声が、頭のなかに響いてくる。
アタシの想いは何だったの?
最高の配列って何だったの?
何百時間も考えてたのって?
解釈の違いで喧嘩してやり取りをしなくなったネット上のオタク仲間は?
嫌味な笑顔のハゲたおっさんや砂糖みたいに甘い笑顔のイケメンは?
『元気にしてる。あなた人付き合いが苦手だから心配で…』って言ってた女性は?
わかんない
わかんない
わかんない
…
『ブーン』
『ブーン』
『ブーン』
みんなの声しか聞こえない、静かで賑やかな空間を壊しに『ソト』からの知らせがやってきやがった。
マナーモードの着信バイブが耳をつんざくように「ブーン、ブーン」と喚き続ける。
『バキッ』
ソイツを壁に向かって投げつけた。
…
事切れたようで、静寂が帰ってくる。
「……」
静かだ…みんなの声が聞こえる。良かった…静かになった。
部屋の中は平和だった。
主人公は魔王様と肩を並べている。
王女は四天王と手を繋いでいる。
ヒロインは親友の肩にもたれている。
相変わらず意味不明だ。
意味不明なのに、少しだけ安心する。
安心してるのに、頬が濡れていく。
みんなに話しかける。
「今日は何してたの?」
「待ってたよ」
「うん」
「ずっと」
「そうなんだ」
ハゲやイケメン、所謂『ソト』の人達より、会話が成立している気がした。
玄関のチャイムが鳴る。
『ピンポーン』
全員の視線が玄関を向く。アタシも向く。
『ピンポーン』
誰だろう。
『ピンポーン』
ハゲだったら嫌だな。
『ピンポーン』
イケメンだったらもっと嫌だな。
「出なくていいよ」
誰かが言う。そうだね…出なくていいよね。
『ピンポーン』
アタシは動かない。
チャイムは止まった。静かだ…静か……
みんながいる。それで充分。
夜。
つけっぱなしのPCがメールの着信を知らせる。
アタシは立ち上がり、静かにコンセントからプラグを引き抜いた。
ソファーに戻り、深々と座る。
「おかえり」
「ただいま」
「なんか元気ないけど、大丈夫?」
「泣いちゃったの。どっか痛いの?」
「お酒?発泡酒ってやつ、飲む?」
優しい…とても優しい……だから怖い…怖いのに。
涙が零れ落ちてくる。
窓の外から自動車のヘッドライトが差し込む。窓際に置いたプラスチック製のネズミ捕りがキラキラ、光を拡散させる。
みんな、そちらを見る。アタシも、見る。
「ネズミ?捕まるかなぁ」
「捕まるといいね」
「捕まえたら、説教する…?」
アタシは少し笑った。
「する。説教してやる」
ネズミはみんなの部屋にいるのだろうか?
全部、ネズミのせいならいいのになぁ…
フィギュアが動くのも。
声が聞こえるのも。
みんなが仲良くするのも。
全部。
全部…。
全部……。
冷蔵庫を開けるが、中には使いかけの調味料や捨て損ねた 卵のパックしか入ってなかった。
アタシはソファーへ戻る。
みんなが微笑んでいる。
アタシも少しだけ笑う。
「ただいま」
「おかえり」
…
アタシは気づいた。物語の解釈も、公式の設定も、すべてどうでもいい。
大事なのは、ここにいる「今」。
そして、みんなが、アタシを待っていること。
冷たい空気も、現実のノイズも、全部、遠くに消えた。
部屋には、フィギュア達の笑顔だけが残った。
アタシはその中に、静かに、沈み込むように座った。
何も望まなくても、何も求めなくても、そこにいるだけで、世界は完成している気がした。
「……ただいま」
「おかえり」
アタシは鍵を閉めた…玄関の鍵を…窓の鍵を…カーテンを……
そして、
たぶん、
それ以外の何かも。




