96 生か死か 使用人side
「――おい、食事の準備は出来たのか」
「ッ……!は、はい……!」
侍従長に後ろから声を掛けられた私は、思わずビクッと肩を震わせた。
(ビ、ビックリした……毒を盛るところを見られてしまうかと思った……)
侍従長は眉をひそめながら私の顔をまじまじと見つめた。
「ん?お前、見ない顔だな……名前は?」
「ア、アーサーと申します……」
「新入りか」
「は、はい……」
何とか誤魔化せたようだ。
(良かった……)
誰かに見られでもしたら終わりだ。
そもそも私は王宮の使用人ですらない。
少しでも怪しまれたらそのときは……
(……いいや、断ったところでどうせ死ぬ命。これが正しいんだ)
私の主君であるレビンストン公爵様はとても冷酷な方で、悪人には微塵の慈悲も与えないことで有名だった。
私に与えられた選択肢は二つ。
死ぬか、王弟に毒を盛るか。
どちらも酷なものであることに違いは無い。
(クソッ……どうしてこんなことになったんだ……)
前妻のログワーツ伯爵令嬢がここへ嫁いできてから愛人だったローザ様に子供が産まれ、公爵様はほとんど邸に帰ってこないようになった。
だからこそ、いけると思ってしまった。
横領した分の金はログワーツ嬢の散財だと嘘をついて誤魔化した。
ログワーツ嬢はそのようなことをする人では無かったが、元々彼女を毛嫌いしていた公爵様は何の疑いも無くそれを信じた。
横領した金で、自分は豪遊した。
家を買い、女遊びを繰り返し、生活水準はどんどん上がっていった。
結婚から十年。
ログワーツ嬢は公爵様と離婚して家を出て行った。
本当なら、自分もそこで横領をやめるべきだった。
しかし、上がりきった生活水準を下げるというのは難しいことだった。
もう以前のような貧相な暮らしは、私には出来なかったのだ。
(こんなことになるんだったら、横領した金を貯金に回しておくべきだったかな……)
今さら後悔したところでもう遅かった。
私は目の前にある料理の盛られた皿をじっと見つめた。
今、私の懐には公爵様に渡された毒の入った小瓶がある。
これを料理に盛れば、もう戻れない。
(毒を盛らなかったとして私はどうなる?邸に帰っても公爵様にズタズタに切り殺されるだけだ)
いよいよ私は覚悟を決めた。
周囲に誰もいないのを確認した後、懐から小瓶を取り出し、蓋を開けてスープに一滴垂らした。
紫色の禍々しい液体はあっという間にスープの中で溶けて無くなった。
後はこれを晩餐会に招待されている王弟の元へ持って行けばいいだけだ。
(ああ、どうか私だとバレませんように……)
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