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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第十二章 王都カラム

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第十二章① オルベイン商会


王都カラムの北門をくぐった二人。

石畳と高い城壁に囲まれた街の景色が、目の前に広がった。


衛兵詰め所で、

辛そうな顔をしたマルキーが袋から小銭を取り出し、通行税を払う。

綾子はその様子をそっと見つめる。


「大丈夫?」


小さな声で尋ねると、マルキーは肩をすくめ、視線を下に落とした。

門を越えた先には、巡回する衛兵たちの列があった。


「まず知人の店で宝石を換金しましょう」


マルキーはゆっくり告げる。その手は少し震えていた。


「あと、お嬢は大丈夫と思いますが、この街では絶対に剣を抜かないでください。

衛兵がすっ飛んできますから。

それと、スリにも気をつけてくださいね」


日本しか知らない綾子は少し困惑した。

(治安が良いのか悪いのか、どっちなの……?)


「お嬢……?なんで急にそう呼ぶの?」


「街の中ですから、その方が良いかと」


「ふ~ん」


綾子はあっさりと流した。


街の中は、港湾都市らしい活気に満ちていた。

潮の香りが鼻をくすぐり、魚や貝を焼く香ばしい匂いが通りに漂う。

時折、海風に混ざって市場の喧騒や人々の声が耳に届いた。


中央のタワーは海の光が反射して、きらきらと輝いている。


「わぁ……すごい……」


見るものすべてが新鮮で、綾子の胸が弾んだ。


「ねえ、耳が尖った人がいる」


「あれはエルフですね、東の国の長命な人たちです。

あっちはドワーフです。あの角は……魔族ですかね」


「他には、獣人や蜥蜴人もいますよ」


綾子の視線は、まるで絵本の中から飛び出したかのような光景に釘付けになった。


長い耳を持つ美形の人々、小柄でひげを貯えた筋肉質な人々、

種族ごとに特徴がはっきりしていて、

町の人々がそれぞれ違う文化を持っていることがひしひしと伝わってくる。


「…魔族?……獣人?……なにそれ?」


困惑する綾子を見たマルキーが、にこりと笑みを浮かべる。


「この町にもいますから、そのうち見かけるでしょう」


――――


やがてマルキーの知人、オルベイン商会に到着する。


綾子は店の前で立ち止まった。

汚れた服のまま入店しようとするマルキーに、綾子は少し戸惑った。


「えっ、この服のままでこんな立派な店に入るの?」


「仕方ないですよ」


マルキーは簡単に答える。

(さて、あの男がすんなり会ってくれるか……)


二人の身なりを見た店員が慌てて止めに入る。


「ディルを呼んでほしい、俺はマルキーだ」



しばらくして、店の奥から身なりの整った男が現れた。


「盗賊風情が何の用だ?」


その声は、どこか芝居がかっていて、余裕のある低音だった。


「えっ、盗賊?」


綾子は思わず驚きの声を漏らした。


「違いますよ、もう辞めたんです。

今はこの方の付き人をしてるんですよ」


マルキーが必死で取り繕う。


「この汚い小娘の付き人だと?」


ディルは値踏みするような目で綾子を見回した。

汚れた粗末な衣服と、見慣れない黒髪に顔をしかめる。


(何も言い返せない……)


マルキーがディルの傍で、袋の口を広げる。


「まぁ旦那、ちょっとこれを見てください」


中身を見たディルが驚く。

その後の話は別室で行われることになった。



出されたお茶を前に、ごくりと唾を飲む綾子。

商談が始まると、綾子はポケットから宝石を取り出す。


(……いくらで売れるんだろう)


そう心でつぶやき、一掴みを差し出そうとする。

マルキーが慌てて手を止める。


「ダメですよ。まず一つだけ」


価値が分からない綾子は少し戸惑った。



汚い小娘が、貴重な宝石を売りに来た。

その事実に、ディルは明らかに驚いた。


何かを尋ねようとするディルに、

マルキーは目を合わせ、顎でドアを示す。


二人は部屋の外へと出る。

不安そうに見守る綾子。



「命が惜しかったら何も聞かない方がいい」


それを聞いたディルは、しばらく考え込んだ。



やがて、はっとしたように顔を上げる。


「そうなのか!?」


「何も聞くな、言うな」


マルキーは小声で念を押すと、先に部屋へ戻った。

綾子の不安そうな顔を見て、安心させるように頷く。


―――


しばらく後にディルが戻り、大金貨10枚を目の前に並べる。


「これで何がどれだけ買えるの?」


綾子は何も考えず、無邪気にマルキーに聞いた。

マルキーがため息を吐いたところで、ディルが口を出す。


「それ一枚で庶民の給金の、およそ十か月分になる。

三枚揃えば、地方にそれなりの家が建つだろう」


綾子は目を丸くして、手を思わず握りしめた。


「……十か月分って……そんなに!?」


驚く綾子をよそに、マルキーは手のひらで額を押さえ、息を吐いた。


綾子はお茶を手に取り、手を震わせながら口をつけた。

その熱さも、味も、ほとんど分からない。


「……ふぅ……」


小さく息を漏らし、ようやく一息つく。


その間に、

ディルは袋を手に取り、大金貨をひとつずつ丁寧に詰めていく。

途中で、マルキーはディルに耳打ちする。

ディルは部下を呼び、金貨100枚入りの袋を用意させた。


「これで大丈夫だな」


マルキーが頷くと、ディルは二人を見ながら言葉を続けた。


「で、どうするんだ?

……預けていくのか? それとも、このまま持ち歩くのか?」


綾子は袋を抱えたままきょとんとする。

ディルはふふっと笑い、続ける。


「うちは銀行でもある」


困惑する綾子を見て、マルキーが小さくため息をついた。


「どうするかはお嬢次第ですが、ディルに預けるのが一番です」


綾子は混乱しながらも、なんとか答える。


「…えっと、……銀行に預けたいです」


「ならうちに預けなさい。悪いようにはしない」


ディルは口元を微かに緩め、声には出さず笑いを抑える。


(え?…何?…私……そんなに変なこと言った?)


マルキーが苦笑しながら割って入る。


「当面の生活費だけ袋に入れて、残りは全部預けましょう。

旦那、お願いします」


ディルは部下を呼び、トレイと預かり証を用意する。

綾子は息を整えるも、預かり証を前に手がわずかに震える。


「えっと、どうやって書くの……?」


「ゆっくりでいいですよ」


マルキーの声に、ようやく深呼吸してペンを握り直す。

その様子を見たディルは、口元を押さえて笑いを堪えた。


―――


苦労して記入を終えた綾子は、次に宝石をトレイに置いていく。


「わっ……!」


手が震えて宝石を落としそうになり、思わず息を飲む。

テーブルを転がる宝石に、綾子は慌てた。


「大丈夫です、落ち着いて」


マルキーがさっと手を添え、無事に宝石を置けた。


ディルは堪えきれず笑うが、

次々と置かれる宝石の数に驚き、徐々に真顔に戻っていく。


ようやく収めた笑みを綾子に向ける。

そして書面の確認をし、押印した。


「君は、不思議な魅力をお持ちのようだね」


口を少しだけ尖らせる綾子。


「預かり証を渡すが、印章を指輪にして持つのも手だ」


証文を綾子に手渡し、ディルが続ける。


「希望なら作ろう。落ち着いたら店に顔を出すといい」


綾子は生活費入りの袋を慎重に受け取った。

マルキーも自分の宝石を無事に預け終える。


ディルが立ち上がり、綾子と握手をする。


「では改めまして自己紹介を。

オルベイン商会のあるじ、ディル・オルベインです。

今後ともご贔屓に」


「綾子と申します。よろしくお願いします」


綾子はお辞儀をして名乗った。


「取引はこれで終わりだよ、綾子。何かあれば、また来なさい」


ディルは微かに含みを滲ませた声で二人を見送った。



第十二章① 終わり

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