第6話 魔素の森
魔法使いと盗賊が一人ずつ。
ネゾーヌは腰に剣を下げていることから恐らく戦士だろう。そしてこっちは魔法使いが二人。魔法を使えない俺は後衛ではなく前衛の方が誤魔化しやすい。
つまり俺は剣に付与魔法を掛けた体で戦士枠として入れば良い。
ネゾーヌも、後ろから魔法を撃たれて見せ場の奪い合いになるより、同じ戦士の土俵の方が勝てると踏んでくるはずだ。
「俺たちで良いのか? 伯爵家の坊やが、身分も保留中の元王子と馴れ合いをしてると知れば、お父さんお母さんはさぞ悲しむのでは?」
「減らず口を叩くなガキが。……おおっと、この僕としたことがお下品な口を聞いてしまったねえ。ふふん、そう僕は! さっきメルセナさんの言葉を聞き改心したのさ! 弱き者にも手を差し伸べる、それが真の強者! だと! ネ!」
ほー。それでメルセナの好感度を上げつつ、あわよくばシャロも掠め取ろうと言う魂胆だろう。どうせ。
この手の浅ましい奴はわかりやすくて助かる。
前々世のパーティメンバーや、前世の上司みたいに……本当に搾取してくる奴と言うのは、巧妙で卑怯なやり口をしてくるもんだ。
ああくそ、嫌な事を思い出した。
「シンくん?」
「ん、ごめん、何でもないよ」
「そう? なら良いけど」
鋭いな、シャロは。
俺たちの二人のやり取りに苛立ったのか、ネゾーヌが割って入る。
「それで? ご返答は?」
「そうだな。ちょうどメンバーをどうしようかと悩んでいたところだ。俺はこの三人と組もうと思うが、シャロはどうだ?」
「シンくんに着いてくよ!」
うん、可愛い。ピンクの髪を後ろで纏めている青いリボンがさながら犬の耳のように見えてくる。
「ふん、なら決まりだな。この美しい僕は慈悲すらもンっ、美しいッ!」
あーはいはい。
二人の配下は既に手慣れているのか、特に何か言うこともない。
――レクリエーションで向かったのは、魔素の森と言うところだった。校舎の南にある、広大な森だ。
しかし、本物ではない。
本物の魔素の森は王国領の更に北に広がる、未開の地だ。恐ろしい魔物や瘴気が立ち込めており、リーアヴィル王国を含む森の隣接国はこの森から溢れ出る魔物への対処に苦労している。
訓練をするにしても、直接森に立ち入ると危険が大きい。
よって、各国は森を投影したレプリカを国内に生成し、そこで冒険者を育成しているのだ。
ここトーネリア魔法学校も、数あるレプリカのうちの一つだ。
投影するエリアは基本的に初級エリアで、訓練する冒険者のレベルに応じて都度エリアのレベルを高めるそうだ。だが、全てのエリアを投影することは出来ない。深層エリアは魔素障壁が強く投影を妨害しているとの事だった。
「ま、習うより慣れろだな」
「ならなら?」
「うんそうだね、シャロは可愛いね」
レプリカとは言え、命が掛かった訓練であることに変わりはない。
ネゾーヌにしても、この初回の訓練に見出している意味は大きいだろう。ここで活躍しておけば、今後の学校生活に大きくプラスになる。
……そして、運悪く強敵に出くわしても、俺のような者を捨て置けば問題なく逃げられる。
つまりこの人選は奴にとって最上のものと言うわけだ。
(俺としては目立たなくてちょうど良いか)
シンクス・リーアヴィルの暗殺事件の行く末は、今の俺にはどうすることも出来ない。
出来なくは……無いかもしれないが、どうにも計画された暗殺に思われるから、変に介入して厄介を増やすのは得策じゃないだろう。
「さァて! 我々は新入生パーティの中でも当然トップの成績を収めなければならないッ! なぁぜならこの僕! かいるからだッ!」
うん。うるさいね。
「シンくんシンくん、私、ちょっとなら魔物との戦闘経験もあるから、任せてね!」
うん、かわいいね。
そういやシャロはエールの聖女、だったか。
持て囃されているだけなのか、本当に凄い回復術師なのか。さっきのヒールを見る限りは間違いなく実力者なのだが、本人は……そう思って居なさそうなところがシャロにはある。
まあ自信は学校生活でつけていけば良いだろう。
「おおっと諸君! 早速ゴブリンのお出ましだ!」
『ギャアウ!』
ネゾーヌの合図で、配下二人は彼を援護する体勢を取る。
俺たち二人は無視か。こっちとしてはありがたいけど。
敵はゴブリン三体。俺も一応学校支給の長剣を構える。シャロは自前の杖だ。
「ネゾーヌ様、付与魔法を掛けます! アクセル!」
「私もですわ! グラビティブースト!」
盗賊と魔法使いが同時にネゾーヌへ魔法を付与する。至れり尽くせりだな。
そのままネゾーヌはゴブリン三体へと吶喊し、雑に剣を横薙ぎにする。一体がそれに当たり、絶命した。
(お粗末な戦い方だなあ……そんなんじゃ強敵には到底……)
おっと良くない。まだ入学したての人間に戦い方云々を問うのは酷だろう。
(それよりも、俺たちはどう戦えば……)
シャロはともかく、俺は魔法が使えない。そもそも、魔力の源であるこの魔素とか言う奴、これの感覚が理解できない。ステータス画面のポップアップさんはまだ使えないみたいな事を言ってきたが、悠長に待つ暇などない。
「シャロ、付与魔法は使えるか?」
「あんまり得意じゃないけど、さっき使われたアクセルとグラビティブーストなら使えるよ。あ、あとはオートリジェなら得意!」
「な、なるほど」
やばい、魔法の効果がよくわからない。
名前の通りなら多分……加速と加重、ってことか? あとオートリジェってのは……あ、自動回復か。
「オートリジェに付加効果はある?」
「うーん、かなり弱いけど身体強化がつくよ」
「よしわかった。じゃあ俺にオートリジェを掛けてくれ。それとピンチになった時には合図するから、その瞬間にアクセルを付与してほしい」
「うん!」
ネゾーヌ一味が当てにならない以上、シャロを守る役割も担わざるを得ない。
まずは現時点で、俺の力がどのくらい通用するか試しておく必要があるだろう。
「オートリジェ!」
シャロが魔法を唱える。彼女が緻密に構成した魔法が身体を包む。この世界の魔法は知らないが……彼女、やっぱり物凄いヒーラーなのでは?
「ありがとう、試しに一匹やってくるよ」
「がんばって!」
俺たちの様子を見て、ネゾーヌが笑い声を上げる。
「はははははは! 魔法使いが剣を持って突撃とはなぁ! 間抜けなその行為、見ものです~! あーっはははははは!」
命の掛かった森の中でよく抜け抜けと笑っていられるもんだ。
とりあえずゴブリン一匹に集中しよう。
シャロの言っていた身体強化のおかげなのか、敵を前にすると思考が急にクリアになり、全身の筋肉が異様に稼働するのを感じる。
「ハッ!」
まずは一匹に逆袈裟切りを軽く当て、一撃離脱して様子見――
『『ギャウウウウウ……』』
「は?」
俺の振るった逆袈裟は一体どころか二体まとめてあっさりと切り殺してしまった。
しかも一撃離脱で距離を取ったのだが、恐ろしいまでの俊敏性だ。今から魔王幹部とでも戦いに行くのか? とすら思うほどに。
(オートリジェの効果なのか……? それ以外のものを感じたんだけど……)
《是。マスターには先程リーンを【帰伏】した際に[覇者の一柱]を習得しております。こちらは敵と対峙する際、身体能力・思考能力等を大幅に向上させます》
(そっちか~~!)
《現在の戦闘により、マスターの意志に呼応して[覇者の一柱]の効能が引き出されました》
(なるほど、意識的に調節できるのか)
やべ、と思いシャロたちの方を見る。
シャロはもちろんのこと、残りの三人もポカンとしている。
これはまずい――――いや、むしろ"こっちの意味"ではちょうど良いか?
「さ、ささ流石シャロのオートリジェ! 聖女の身体強化は想像以上だなー!」
「えぇ!?」
シャロさん驚かないで。いや驚くのも無理ないけど!
「な、なるほどねぇ? 聖女様のお力でしたかァ。うんうん、それなら納得ですなあ! こんな我儘で生意気なボンボンのガキに、あんな戦闘能力などあるはずもない!」
ボンボンのガキて。鏡を見て言え。
「――何だ」
突如、背筋に悪寒が走る。
このタイプの悪寒には経験がある。
辺り一体を締め殺すような脅威による圧倒。
圧倒的強者の感覚だ。
いや、しかし、なぜだ?
所詮ここは初級エリアのレプリカのはず――
『グアアアアアアアアアウ!!』
「ひっ」
シャロが杖を落とす。表情は恐怖に歪んでいる。
「まずいな」
《なお、[覇者の一柱]には、副効果があります》
他の三人も、突如眼前に現れたソレに、硬直している。
それもそうだ、コイツはこんな場所に居るはずがない、いや、居てはいけない類いのものだ。
一飛びでシャロのもとへ滑り込む。
俺たちの前に現れたそれは、巨大なライオンを思わせる。そして、人面に近い不気味な顔をしており、赤い目に加え背には小さな翼を有している。
「マンティコア――!」
《副効果として》
どう転んでも、初級エリアに出てきて良い魔物じゃない。
俺を含め、今この場にいる全員を瞬殺できる覇気を放っている。
《強力な存在を呼び寄せます》
限度があるだろ……!!




