第9話 学園4
戦闘などの実践授業をグラウンドで行うために勇気は着替えを終えグラウンドに来た。
芝生の敷かれたサッカーの練習でもするかのような更地のグラウンド。
そのグラウンドで目につくのは女子たちの存在だ。彼女たちはぴっちりとしたラインの実践授業用の体操着衣装。動きやすい性能を重視したゴム製のスーツ衣装らしいのがこの学園での女子の実践授業の衣装らしかった。男子と女子での金の使い方の違いだ。しかし、男子だけが体操着だというのは異色性があって何とも居心地の悪さがある。さらに言えば、女子の衣装にエロさを感じて目のやりどころに戸惑う。
これもおおよそ、男子に対してのお色気などに屈しないための講義の一環なのだろう。
「えー、では今日は転入生もいるということですのでぇ、実践の基礎を教えるわねぇん」
この講義の担当の教師だろう、強烈な存在。まるでオカマのようなしゃべり方で話す教師。
いや、その実オカマなのだろうか。
グランツゥエル・三森・イースト教諭が『兵装』を抱え上げて答えた。傍らには授業の監視役のハーシア教諭がついていた。
「これは兵装。教会で極秘裏に魔法を扱えるようにした魔道具ですわぁん。『魔術式』を組み込んでいることで魔法を行使できる武器であり怪物に対して有効打となる一撃を与えられるわよぉん。これにぃ私がぁ『稼働(ボルテ-ジ)』という詠唱コードを叫ぶことでこれは起動しますわぁん。しかし、これは私だけにしか扱えませんわぁん。なぜなら、これはぁ、私専用の『兵装』ですからぁ私のDNAを読み込んでおりぃさらにぃ声紋認証を私専用に術式に組み込みをしていますからぁですわぁん」
グランツゥエル教諭が詠唱を先刻叫んで、大槌の兵装が起動する。大槌の槌に大火が纏って蠢くように現れた。
通常この『魔術式』と呼ばれるのは体内にもつ『魔力』をうまく自らで扱える人種ではないと行使できない。そうした特異な技能や体質を持つものが『魔女』と呼ばれる存在ではある。
『魔女』が扱う『魔術式』は通常の悪魔封じや術とかとは違く、一種の呪いの式に近いものだ。
それを攻撃用に流用して道具としたのが『兵装』。
この講義ではそのような細かい説明をされないのはあくまで授業とは実践に胸を置いているからだろう。
この学園では外部からの接触や怪物からの防衛機能にも『兵装』の技術は使われていたりもする。
学生たちが常に身に着けている校章のGPS観測装置ですらその魔法の効果である。
「ではぁ、まずは本物の魔法をハーシア先生に見せてもらいましょうかしらぁん」
グランツゥエル教諭の指名にハーシア教諭はビックリした様子で「ああ、このために呼ばれてたんデスか」とグランツゥエル教諭に返していた。彼はなぜ、呆れた言い方をするのかという顔をしている。
「ここは教育の場。さぁ、ハーシア先生、教師として見せてくださぁい」
「魔女の魔法は決して見世物じゃないデスよ」
彼女は身体から魔力を放流させ、冷気があたりに一瞬で立ち込めた。彼女の足場が徐々に凍り付いていく。ハーシアは失敗したという表情をしながらその魔力を徐々に抑え込んで冷気が静まった。
「えっと……だいぶ強力でしたねぇん。では、みなさぁんの中でぇ兵装を今すぐ見せれるって方はぁいますかしらぁ」
グランツゥエル教諭が誰もが手を挙げていく。しかし、勇気は手を上げずにだんまりを決め込んだ。
(魔法を扱える教師が? 悪魔とつながりを疑ってしまうが教師をしているからには身辺調査はされてると思っていいはずですよね?)
勇気は妙に敵愾心をあらわにしながら彼女を鬼の形相で見てしまう。
「ゆうきくん、そんな怖い顔でにらみつけて何か先生しちゃいましたデス?」
「は?」
突然に先生に言われて勇気も自分が殺気を漏らしてしまっていたことに気づいた。
皆の視線が集中するのを見て呆然とする。
「あ、すみません。魔法を扱えていましたのでなぜ『魔女』である先生が本学園で教師をしているのかと気になりまして』
「そういえば、アリスさんと勇気さんは転入生ですからわからないのも無理ありませんデスね。私は教会のために特異的に体質上に魔女として育てられてきたシスターなんデス。別に敵ってわけではないから安心していただけると嬉しいデス」
『特異的』という言葉が妙に気になったが学園が許容している以上彼女が敵でないことを信頼することにしながら「空気を壊すような真似をして大変失礼致しました」と謝罪を口にした。
「先生、彼は転入生です。そんな生徒に急にハーシア先生の存在をアピールしたらそれは衝撃を受けますよ」
優しく擁護する香織。
勇気はなぜ冷たくした自分に優しく接した態度を示すのかと疑いの目を向けた。
「勇気、あまりだれかれと疑わないの。今あなたと私はただの学生なのだから」
後ろからアリスに小突かれて冷静さを取り戻し始めた。
「いろいろとありましたがぁ、だれか兵装を使用して魔術を見せてくれないかしらぁん」
香織がその時にふと一人の生徒を押した。
名倉佳奈美である。彼女が躓くように前に出て先生が目をつける。
「あら、やってくれるのかしらぁ名倉さん」
周りがひそひそと影話をしていた。
なんだと思いながら香織の嫌な笑みを目撃する。
これは明らかな彼女の意図が含まれた陰湿ないじめに該当する行動。
しかも、彼女は今、ジャージ姿で勇気と同じ服装であった。
「あら、名倉さぁん実践講義ようの服はどうしたんですかぁん」
「忘れました」
その言葉に対して香織があおる。
「先生、これはバツとしてもしできなかったら最後の片づけをやらせるべきではない?」
「それは……」
教師である彼が戸惑いながらいればクラスが一丸となって賛同して教諭はなんも言えなくなった。
そもそも、彼は香織に答えさせることをしないのが気に入らない。まさに、今この場は香織の支配権に染まっていた。勇気がその空気にもの申しようとしたらアリスが横合いで口を割り込ませた。
「ちょっと、それはいくら何でも横暴じゃないの? そういう香織さんは使用できるかどうか見てみたいものだけど?」
「ああ、星城さんはなんて優しい! そうやって、できないという劣等生徒を決して咎めることもしないなんて!」
「はぁ!? ちょっと、私はそんなつもりないのだけど! 質問に答えなさい香織さん」
「まぁまぁ、落ち着いてくださぁい星城さん」
まさかのグランツェル教諭が香織をたしなめるのではなくアリスをたしなめるという明らかな今違いのある指導をしていた。
「落ち着けですって!? これは明らかな――」
「いいですからぁん。彼女は学園では支援者のご息女ですのよぉん。あまり怒らすマネはよしてくださぁい」
「はいっ!?」
アリスは強引にグランツゥエル教諭に肩をつかまれてその場から無理やり下がらされていく。
「さて、名倉さん魔法をどうぞ。間違えれば雑用を彼もいっしょにしてもらうことになるわよ」
明らかな挑発に彼女を追い詰めていく陰湿な言動。
もともと、実践授業用の衣装は彼女が原因だろう。
何とも腹立たしい光景だった。
勇気は見かねて技を見せようとしたが香織の付き人二人が背後から勇気の身体を押さえつけた。
「ぐっ!」
「ふんっ、アンタはそこでおとなしくしているなのよ」
必死でもがく勇気。勇気は彼女の行動をおおよそ予想がつき、ついに名倉佳奈美は――
「結」
と詠唱をするが風切り音がただ静かになった。
勇気は顔を伏せる。
(やはり彼女は兵装を使えないんですね)
彼女の兵装はおおよそ手首につけてあるミサンガだと思われるが一応光り輝いているが発露が見えなかった。
「ブッブー、やはり馬鹿な劣等生の名倉さんにはできなかったようね、ふふっ」
周りも誘導されたように笑いを募らせた。
そこで、取り押さえられていたアリスとグランツゥエル教諭が戻ってきた。
二人の顔色はどこかよろしくない。アリスはすごい鬼の形相をして香織を見ていた。
「えっと、名倉さんの詠唱はしっかり起動はしているようねぇん。でも、発露はなし?」
「先生、それが彼女ですって……。単純なミスを犯してしまっていますわよ」
勇気は同情した。
あれは明らかに無理がある。彼女の『兵装』は決して発露していないわけではない。
彼女のは『支援型』の兵装であるために周囲が気づいていないのだ。
高度な支援タイプの兵装であるのだけどこれは気づきにくい。
勇気は先ほど生徒に押さえつけられたときにできた傷はないのを見て確信した。
香織もそれを分かっているうえで名倉佳奈美を貶めているのだ。
彼女の策に溺れただけに過ぎない。
名倉佳奈美自身はまだその自分の兵装の能力に気づけていない。
だからだろう、教師もあえて冷たくあしらう態度を示す。
理解力のないあざ笑う生徒には怒りを覚える。
「それでしたら、香織さん実際に本物の兵装起動を実演してもらえるかしらぁん」
香織は腰に携えた鞭を取り出して地面をたたいた。
「天火」
その言葉が詠唱となり彼女の周囲を囲うようにして炎が立ち上った。
香織の演武に拍手が上がり、他の生徒も拍手をする。アリスは舌打ちをしながら気に入らなそうに彼女を睨んでいる。これには勇気も同意だ。これでは名倉佳奈美が悪いだけではなくこちらの感情も悪くなる。勇気が下手に手を上げないという行動を起こさなかければよかったのと、アリスももっと名倉佳奈美の技能を見立てて擁護する行動をしなければよかった。
これでは名倉佳奈美のみじめさが際立っただけである。
「では、この起動についてはどういった形で行っているのか、教えてくださるかしらぁん香織さん?」
「物体の念じる集中なのよ、あとは身体の流れをつかむことね」
これはできるやつにしかわからない答え。教諭である彼も知識としてそう知っているだけであるので「そうですねぇん」と簡潔に答えた。投げやりな回答でしかないがそれが精いっぱいの回答だった。いいや、違う。彼は彼女という権力者に組み伏せているだけの人間であり彼女を持ち上げるための道化でしかない。
「ではぁ、これからぁ魔法戦闘訓練を行ってくださぁい。ペアを組んで行ってくださいねぇん。では、初めてくださぁい。」
早々にペアを組んで対人訓練を始めるクラスの人たち。勇気は早々に香織へ近づいていく。
周囲の人間たちがそれぞれ兵装を準備している中、勇気は香織へ歩み寄っていく。
「あら、どうかしたのぉ勇気さん」
勇気はきつい視線を送り彼女の両肩をつかんだ。
勇気はこの訓練に乗じて香織・イーリス・フィアットの実力を測る魂胆へ移行した。
悪魔が憑依してるとするのならば訓練と称して実力を測るチャンスとなる。
「訓練でありましたよね! それなら、自分の攻撃防げますよね!」
「っ!」
次の時、勇気は彼女を背負い投げて地面に叩きつけた。そのまま仰向けに倒れた彼女へ肘打ちを打ち込んだ。たまらず彼女は肺から息を吐いて悶絶する。その光景に周囲の女性たちが悲鳴を上げた。
「あぐぅ……あんた何してくれるん……ですのよ!」
炎がほとばしり勇気へ炎が奇襲した。
周囲に炎が燃え盛ると生徒たちが悲鳴を上げながらその場から離れていく。
そして、香織がじっと勇気の後ろを見据えた。
「全部あんたの仕業ですわねっ! 許しませんわ!」
勇気は視線を後ろに送る。そこには一人で突っ立ている名倉佳奈美の存在。その彼女を見て香織は炎と雷の纏った光線を鞭を地面に叩きつけることで撃ち込んだ。
勇気はその射線上へ身を出して飛び込んで彼女を守る。電流が勇気の体を焼き焦げさせていく。
「やっぱり、名倉さんを気にかけているようですわね」
「君こそ彼女を殺害しようとしたな……」
「そりゃぁ、彼女に命を狙われてれば反撃しますわ!」
「意味の分からないことを言うな!」
「なんも知らない癖に! あの方から教わったとっておきの技を食らえばいいですわ!」
彼女の体から膨大な妙な力が放出した。
さっきとはまるで違うような炎。
その炎は青く変色し彼女を中心にして荒れ狂う蛇のごとくうごめく。それは次第に電流を纏って雷を纏いし火炎の蛇が誕生する。
その技は明らかに『兵装』だけでできるものではない。
「なんですかそれ!」
「これこそ、私の最大の必殺技ですわっ」
炎と雷の蛇が勇気に殺到するかと思いきやその矛先は勇気ではなくまたしても呆然としていた名倉佳奈美だった。
「ッ!」
クラスの人たちが叫ぶ中で勇気だけは素早く名倉佳奈美の前に飛び出した。荒れ狂う火の奔流が勇気を襲い焼き焦がし、電流が感電させる。
麻痺状態でなお勇気は香織の首筋へ手を伸ばし、押し倒した直後、横合いから氷のつぶてが勇気を突き飛ばした。そして、倒れ込んだ勇気の溝へフライングの膝蹴りを入れ込んだアリス。
「何馬鹿やってるわけ!」
慌ててグランツゥエル教諭が今度は香織へ駆け寄った。
「大丈夫ですかぁん!」
それに乗じて下手な芝居のごとく――
「ご、ごめんなさい。あ、アタシなんてことを……」
香織が謝罪を口にした。
(なんて女ですか。やはり、悪魔に違いないです。実力が普通の人間の比じゃない)
勇気はゆっくりと立ち上がり香織を仕留めにかかろうとしたが頬を強い衝撃が襲った。アリスの張り手がさく裂したのだ
「何するんですか!」
「この馬鹿! 状況を見なさい!」
勇気は言われて周囲を見渡して、自らが起こした過ちにやっと気づいた。
自らが不用意に暴走を起こしてしまっていたらしい。
注目を過剰に浴びてしまっている。
「アリスさん、私は今から香織さんを保健室へ連れていきますかしらぁん。アリスさんはハーシア先生と彼を今すぐ生徒指導室へ」
「わかっています。ほら行くわよ」
勇気はそのまま生徒指導室送りとなった