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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約

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帽子屋と消えた遺体 2

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「ローデル男爵夫人―――キャロルは、ローデル男爵と結婚する前は、なかなか人気な娼婦だったようだよ」


 帽子屋はそう話しはじめた。


「娼婦? 男爵夫人は娼婦の出だったのか?」


「そうだね。高級娼婦――と言えばいいかな? キャロルの客は金持ちが多くて―――、そうそう、夫であったローデル男爵とである少し前に、パトロンの一人だった資産家の男が見身受けして、男の家に身を寄せていたようだね」


 シオンは驚いた。


 シャロルが娼婦の出だったことにも驚いたが、娼婦を愛人にしている貴族は何人もいると聞くが、妻にしたというのははじめて聞く。身分制度に重きを置く貴族が、堂々と娼婦を妻にすると言うのはなかなか勇気がいることではないだろうか。


(やはり……、ローデル男爵は、キャロルを愛していたのか?)


 そうとしか思えなかった。それくらいしか、娼婦を妻にする理由が思いつかないからだ。


 すると今度は、シュゼットが見つけてきたあの手紙の内容に疑問がわく。それほどまでに愛していた女性の死で金を稼ごうとするとは、どうしても思えなかった。


「ローデル男爵とキャロルのパトロンだった男はギャンブルで知り合ったそうだ。キャロルのパトロンには嫁き遅れた――、当時、ちょうどキャロルと同じ年だった二十一になる娘がいてね。男はローデルに援助と引き換えにその娘を貰ってくれないかと打診していたらしい。だが、何度か男の家に足を運んでいるうちに、ローデル男爵は男の娘の方ではなく愛人――キャロルに惹かれてしまったようだね。しかし、男はキャロルを気に入っていたし、何より自分の娘をローデル男爵にもらってほしい。ローデルがキャロルがほしいと交渉したのかどうかまでは定かではないが、交渉したところで彼の願いが聞き入れられるはずもないよね」


 帽子屋のシルクハットの上の真っ白な鳩は、いつの間にか丸くなって眠っていた。


 アークは相変わらず窓外に視線を向けたまま会話には参加しないらしい。


 シュゼットがふわぁーっと欠伸をすると、「それで?」と続きを促した。


 帽子屋はぬるくなった紅茶で喉を潤して口を開く。


「ローデル男爵は男の娘と婚約した」


「……キャロルのことは、一時はあきらめたということか?」


 シオンが口を挟めば、帽子屋は口の端をニヤリと持ち上げた。


「いや……そうじゃない。僕はそう思っているね。――結婚式を三か月後に控えたある日、突然、男の家が火事になった。邸は全焼。邸にいた男もその娘も、使用人のほとんどがその火事で命を落とした。しかし、キャロルはたまたまローデル男爵に連れ出されていてね。なんでも、男の娘のプレゼントを選ぶのを手伝ってほしいと言って出かけて行ったと、生き残った使用人の女が言っていた」


「なるほど、それは本当に『たまたま』なのか、ってことね」


 シュゼットがチョコレートを口に入れる。


 シオンは眉を寄せた。


「たまたまじゃないならなんだと? まさか、ローデル男爵が仕組んだ火事だったとでも?」


「僕はそう見ている。使用人の女によると、あの日、男と娘はローデル男爵が贈ったワインを開けていたらしい。結婚の前祝だとビンテージ物のワインを贈ったらしいね。いくら男の娘と結婚して金が手に入るからとは言え、借金だらけなのに値の張るワインを買うあたり、僕には怪しく思えるけど―――、ぜひ二人で飲んでほしい、そう言って、ご丁寧に栓まで開けて渡したそうだよ」


「……それの、何が怪しいんだ?」


 シオンが首をひねれば、シュゼットがどうでもよさそうに答えた。


「そのワインに何か入っていた、ってところかしら? 眠り薬か、毒かは知らないけどね」


「ご明察です『我が君』」


 帽子屋が頭を下げる。


「おっと!」


 帽子が傾いた拍子に転がり落ちてきたハムスターを慌てて受け止めて、帽子屋はそれを膝の上においた。


 帽子の上では鳩が驚いて飛び起きたらしく、バサバサと何度か翼をはばたかせてから、何事もないとわかるとまた丸くなる。


 ハムスターがモフモフした体を長く伸ばして口を大きく開けたあと目を閉じた。


(ハムスターって、欠伸するんだ……)


 シオンは真っ白なハムスターへ気が散りそうになって、慌ててシュゼットへ意識を向けた。


「毒って……、君はローデル男爵が元婚約者とその父親を殺害したと言いたいのか?」


「あら、今の話を聞いて、それ以外に何かあったかしら?」


 けろりと言われて、シオンは思わず口を引き結ぶ。


(あるだろ? 普通、何でもかんでも物騒な方に物事を結び付けたりしないだろう? なんなんだよ、くそ……)


 思っていても口に出さないのは、言ったが最後、シュゼットと帽子屋の二人に馬鹿にされそうだったからだ。


 帽子屋はハムスターの背中を指先で撫でながら、


「使用人の女が言うには、ワインを飲んで、すぐに二人は気分が悪いと横になったそうだ。娘の方はともかく、酒に強い男の方がすぐに酔ったようだったのが不思議だったと言っていた。そして、ほどなくして火の手が上がった。火の勢いはすさまじく、邸をすべて飲み込むまでにそれほど時間はかからなかったそうだ」


 シオンは言いようのない虚無感に襲われた。


(つまり……、ローデル男爵は二人を殺してキャロルを手に入れた、ということか)


 もちろんこれは憶測でしかないだろう。使用人の女の証言が間違っているかもしれないし、たまたま火事になったのかもしれない。けれども帽子屋があたかもローデル男爵が二人を殺害したかのような口調で言うから、シオンは言葉も出なかった。


「そのあとキャロルはローデル男爵と結婚し、男爵夫人となる。だが、その幸せも数年で終わりを告げることになったのは知っての通りだ。キャロルは急逝し、ルブラン教会の墓地に埋葬された。邸から少し離れているのにルブラン教会に埋葬されたのは、生前、彼女がルブラン教会によく通っていたからだそうだ。教会の近くにある小さな孤児院にもよく顔を出していたらしく、そのせいか神父とも親しかったらしいよ」


「……ふぅん、そうなの?」


 シュゼットはクッキーを一枚口に入れて、もぐもぐと咀嚼しながら何か考え込むように視線を落とした。


 帽子屋は、話は終わったとばかりに、ハムスターを抱えるとおもむろに立ち上がる。


「それでは『我が君』、僕はこれで」


 そう言って部屋を出て行きかけた帽子屋だったが、ふと何かを思い出したかのように、扉の前で振り返った。


「そうそう、キャロルは病死だそうだけど、死ぬ二週間前までは元気な姿があちこちで目撃されていたそうだよ」


 帽子屋はひらひらと手を振って出て行った。




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