帽子屋と消えた遺体 1
すみません!
昨日、更新忘れていました…(;'∀')
城に戻ったシオンたちを待っていたのは、真っ黒なシルクハットを目深にかぶったひょろりとした男だった。
服装はシンプルな黒いシャツに黒いズボン。しかし、頭のシルクハットだけが異様な雰囲気を醸し出している。
シルクハットにはぐるりと一周、真っ赤なリボンが巻かれていて、さらに大きなクジャクの羽、ヒマワリの花が一輪――そして、広い鍔の上に真っ白なハムスターと、シルクハットの上には同じく真っ白な鳩がとまっている。
ハムスターと鳩は置物ではなく、信じられないことに生きていて、ハムスターは鍔の上を器用に走り回り、鳩は一心不乱に毛づくろいをしていた。
シオンはその男の姿を見た途端、回れ右をした。
アークも黙って扉を閉めようとしたが、「早く入りなさい」というシュゼットの声に落胆して、しぶしぶ部屋の中に入る。
シュゼットは優雅に紅茶を飲んでいた。テーブルの上に山のようなお菓子が積んであるが、おそらくこれは、この帽子の男の貢ぎ物に間違いない。
「やあ、シオンにアーク、一か月ぶりくらいかな。元気だったかい? 会いたかったよ」
「……俺は会いたくなかった」
シオンがげんなりと答える。
アークは現実逃避のつもりか、窓際まで歩いて行くと、部屋の中に背を向けて窓外を睨むように見つめていた。
この奇天烈な格好をした男――、彼は『帽子屋』と名乗る情報屋だ。そして、シオンとアークがこの上なく苦手としている男だった。
帽子屋はシュゼットの真向かいのソファに腰を下ろしていた。
シオンは部屋の隅にある椅子を引っ張ってくると、帽子屋から距離を取って腰を下ろす。
「どうしてお前がここにいるんだ」
「我が君からの仕事の依頼さ」
シオンはじろりとシュゼットを睨みつけた。
我が君とはシュゼットのことで、なぜか彼女を崇拝している帽子屋が勝手に呼んでいる呼び名である。
(シュゼットめ、俺がこいつを苦手なのを知っているくせに……)
しかしシュゼットはシオンに睨みつけられてもなんとも思わないらしく、アーモンドのキャラメリゼを口に入れてリスのようにもごもごと口を動かしていた。
帽子屋は神出鬼没で、誰も彼の居場所を知らないのだが、彼は気に入った相手からの呼び出しにだけは快く応じる男だった。もちろん、報酬はきっちり取り立てて行く男なのだが、その報酬が金銭だけでなく他のものにまで及ぶことがあるので、シオンは極力この男に近づきたくないのだ。
「それで、キャロルのことはわかったのかしら?」
シュゼットが言えば、帽子屋はにこりと微笑んだ。
「もちろんです『我が君』。僕が得られない情報なんてありえませんから」
すごい自信だ。しかし、シオンはこのままその情報を口にさせるわけにはいかなかった。
「ちょっと待ってくれ。帽子屋、その情報の対価はなんなんだ」
すると、帽子屋は帽子の鍔からハムスターを下ろして、そのモフモフの背中を撫でながら答えた。
「君の一日自由権だよ」
クルックーと相槌を打つようにシルクハットの上の鳩がなく。
シオンはギョッとして勢いよく立ち上がった。その拍子に酒屋で拾ったコインがポケットから落ちて転がるが、そんなものを気にしている余裕はシオンにはない。
「ふざけんな!」
顔を真っ赤にして怒鳴ると、シュゼットに向かって怒った。
「勝手に俺の身を報酬にするんじゃない! この変態に一日好きにされるなんて、ここで首をくくった方がましだ!」
「変態とは聞き捨てならないな」
「変態でなかったらなんだ! この傍迷惑な同性愛者が!」
「おっと、それは同性愛者に対する差別だよ。それに、何度も言うけれど、僕はべつに同性愛者というわけではないよ。まっとうな生殖衝動も起きるし、女性も大好きだ。ただ、僕の場合は老若男女問わず気に入った人にトキめいてしまうたちで……、ああ、さすがに死体愛好家ではないから、いくら美しいとはいえローデル夫人の死体には興味は起きなかったけれどね。そこは安心したまえ」
「もっと悪いだろうが、この節操なしめ! いったいどこに安心できる要素があるのか、ちっともわからない! 言っておくが、俺は同意していないからな! 無報酬だ! 嫌なら帰ってくれ」
「ちょっと、勝手なことを言わないでちょうだい」
「勝手なのは君の方だろう!」
頭に血が上ったシオンがまくしたてる。
帽子屋はくすくす笑いながら転がってきたコインを拾い上げて、それからおやと目を見開いた。
「シオン、このコインをどこで?」
「ん? ああ、それは『ジプシー』で絡まれた時に拾ったんだ」
「おや『ジプシー』か。君のようにお堅い人でも女性を買いに行くんだね」
「違う! 情報収集に行っていただけだ!」
「なるほど」
帽子屋はくるくるとコインを手の内で弄びながら、考えるように視線を落とす。
「とにかく! 俺は一日君にこの身を好きにされるなんてまっぴらだ! 情報料は別の―――」
「かまわないよ」
「……え?」
帽子屋はハムスターを鍔の上に返して、コインを掲げて見せた。
「報酬だけど、シオンのかわりにこのコインでもかまわない」
「……それ?」
シオンは訝しんだ。
蛇の模様は非常に怪しいが、コイン自体は鉛製だ。全くの無価値と言っていい。
「実はこれ、ずっとほしかったものなんだ。君が手に入れてくれたなんて非常に好都合だよ」
「あら、そのコインにどれほどの価値があるのかしら?」
シュゼットが帽子屋から近を受け取り、その面に書かれている蛇の模様に目を見張る。
「帽子屋。この模様が何なのか知っているの?」
「知っていると言えば知っていますし、知らないと言えば知りません。それを調べるためにこのコインが必要なのですよ、『我が君』」
「そう……。実は私も、この模様がすごく気になるのよね。それをあげてもいいけれど、調べた情報を提供してくれるのが条件よ」
「おや『我が君』、それでは僕は、その新しい情報の報酬の要求は何にしたらいいでしょうか?」
「シオン―――」
「ふざけんな!」
シオンはシュゼットに向かって叫ぶと、帽子屋をじろりと睨んだ。
「その模様だが、ローデル男爵の邸でそれと同じ模様の封蝋がしてある手紙を見つけた。内容はキャロルの死に関することだ。そこに『ジプシー』と書いてあったから調べに行っていたんだ。報酬はその手紙でどうだ。調べるのに役に立つだろう」
「……ふむ、交渉としては悪くない」
「まあ、仕方ないわね」
シュゼットはローデル男爵の書斎から失敬してきた手紙を取り出すと、コインと合わせて帽子屋に手渡した。
「しかし、その蛇にどれほどの価値があるんだ?」
帽子屋が大切そうにコインと手紙を懐にしまうのを見て、気になったシオンが訊ねる。
「ふふ、この蛇はある組織が使っている文様でね。この組織のことは、ある事件にかかわりがあるんじゃないかってある人から捜査を依頼されていてね。でもなかなか尻尾を掴ませなくて困っていたんだが、これで調べやすくなった」
「ある事件?」
シュゼットが途端に目をキラキラさせて身を乗り出す。
またシュゼットの妙な好奇心が刺激されたと、シオンは嫌な顔をしたが、シュゼットを崇拝している帽子屋は快く話した。
「行方不明者ですよ。貧民街で暮らす身寄りのない少女や娼婦ばかりが次々と行方不明になっているんです。場所が貧民街なので、警察も最近捜査に乗り出したばかりで、いつごろから発生している事件なのかはわかりませんけどね。その捜査の途中で、このコインと同じ蛇の模様が描かれたカードを見つけたそうです」
「貧民街の行方不明者なんて珍しくないでしょうに、どうして今頃警察が動き出したの?」
「デニール子爵の娘が、たまたま貧民街にいたときに攫われたそうですよ。子爵が騒ぎ出して警察が動いたそうです」
「良家の子女がたまたま貧民街に出かけたのか?」
デニール子爵とは会ったことはないが、シオンも名前だけは知っていた。資産家の出だった妻が数年前に他界してから、一気に没落していった子爵家だ。妻が生きていたころはそれなりに援助があったそうだが、妻が他界したと時期を同じくして妻の父であった当主が亡くなり、弟が家を継いでから、子爵家への援助が途絶えたという。
かわいそうな話だが、貴族の間でこういった話は珍しくない。貴族らしい生活を維持するだけでも莫大な費用がかかるのだ。しかし、金がなくなったからと言って、多くの貴族は働くという概念が頭にない。そのくせ浪費はやめない。結果、デニール子爵家のように没落していく家が多いのだ。
帽子屋は肩をすくめると、
「たまたま貧民街に出かけたと子爵は言っているけどね、僕の調べた情報だと、それは嘘だね。生活に困って、娘を娼館に売りに行ったのさ。でも金を受け取る前に娘が行方不明になって、適当な言い訳をして警察に捜査願を出したってとこだろうね」
「実の娘を売りに行った?」
「シオン、別に珍しい話じゃない。特にデニール子爵のように、金のために妻を娶ったような男には、その妻が残した娘も金にしか見えないのだろうね」
シオンは開いた口が塞がらなかった。しかし、それは自分が愛情ある両親のもとに生まれたから起こりうる感情だと思うと何も言えなくなる。世の中にはそうではない家族もたくさんいるのだから。
「と言うことだから、このコインが必要なのさ。……『我が君』、もしこの事件に興味がおありなら、ルドルフ警部という男を訊ねるといいですよ。彼がこの事件の捜査責任者ですから」
帽子屋はそう言うと、紅茶を口に運んだ。
「さて、無駄話はこのくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」
クルックー、と帽子の上で鳩が鳴いた。




