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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約

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蛇の意味 9

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 ローデル男爵の手紙にあった『ジプシー』という店は、歓楽街のど真ん中にある酒場で、一階は酒場だが、二階は近くの娼館から安い娼婦を呼ぶことができる場所で、アークの知り合いの近衛隊兵も身分を隠して出入りしている場所らしい。


 だが、非常にガラの悪い連中が多いことでも有名で、喧嘩騒ぎも日常茶飯事とのことだった。


「……なんだって俺まで……」


 シオンは、はーっと息をついた。


 シュゼットに『ジプシー』を調べろと言われたアークだけで向かうのかと思いきや、なぜかシオンまでついて行く羽目になったのである。


 シュゼットの言い分によると「だって、情報を聞き出すとしても、アーク一人じゃまともに会話にならなそうなんですもの」だそうだ。いくら何でも幼い子ともではないのだから、アーク一人だって「おつかい」の一つや二つできそうなものなのに、根が生真面目な元軍人は、冗談の一つも言えないらしいので不安だそうだ。


 貧民街の手前で馬車を降り、シオンはアークと二人で貧民街の中を歩く。


 再び邸の従僕に服を借りたシオンだったが、さすがに二回目にもなると、彼に不審な目を向けられたので、もしも次があるのならば、どこかでこっそり服を仕入れておいた方がいいかもしれない。 


 そう考えて、シオンはこの先もシュゼットに使い走りをさせられることを想定している自分に泣きたくなった。


 貧民街の裏路地に入り、通称歓楽街と呼ばれる区域に入る。


 目的地の『ジプシー』はすぐに見つかった。


 店の前の殻の酒樽の上に、ひょろりとした男が座ってパイプをふかしている。ふーっと吐く煙が、鼻につく特有の匂いとともにシオンたちの方に流れてきた。


「お客さん、いい子いるけど、どうだい?」


 どうやら娼婦を売り込んでいるようだった。


 シオンはアークと顔を合わせて、肩をすくめて見せた。


「酒飲んで気が向いたら頼むかもしれないから、そんときはよろしく頼むよ」


「あいよ。ここにいるから声をかけてくれよ」


 男はぷかぷかとパイプをふかしながら、ほかの客にも同じような声をかける。


 シオンたちは木戸を開けて中に入ると、狭い店内の奥の席に座った。


 店には、カウンターに禿げ面の男が一人と、三つあるテーブルのうちの一つに男が三人いた。カウンターの横に二階に続く狭い階段がある。


 シオンとアークはビールを二つ頼んだ。


 店の中は小汚いが、妙な雰囲気はない。雰囲気だけで言えば、前回の賭博場のある酒場の方が危険な匂いがした。


 愛想のない禿げ面の店主がビールを二つテーブルにおいて、何も言わずにカウンターに戻っていく。


 シオンはビールに口をつけながら、小声でアークに話しかけた。


「何かおかしなものはあったか?」


「いいえ、特には。ただ……」


「だだ?」


 アークはちらりと肩越しに振り返って、アークのうしろのテーブルにいる三人の男たちに視線を投げる。


「……それなりに腕が立ちそうな男たちですね。喧嘩が多い店だと聞いていますし、少し用心しておきましょう」


「まあ、君がいるし、喧嘩になっても大丈夫だとは思うけれど」


 シオンは二口ほどビールを飲むと、禿げ面の店主らしき男がつまみにおいて行った塩ゆでのピーナッツを口に入れる。


 店の中を探してみたが、封蝋と同じ、もしくは似た蛇の模様、もしくは絵画や置物などは見当たらなかった。店の中は殺風景すぎて、ガタガタと揺れる机や椅子、店の壁際に散乱している酒樽以外目立ったものはない。


 壁には誰のものかもわからないような落書きがあるが、酔った客の仕業だろう。数字やアルファベット、へたくそな絵が無秩序に描かれているだけだった。


「こうしていても埒が明かないな。……店主に訊くのが早いか」


「……あまり、目立つようなことはおすすめしませんけどね」


 アークは先ほどから背後の三人の男たちを気にしているようだった。


 シオンもちらりとそちらを見たが、男たちはビールを片手に大声で談笑しているだけで、酔っぱらい集団にしか見えない。アークの言う通り腕が立つのだとしても、あそこまで酔っていたのなら、まともに喧嘩もできそうになかった。


 アークは何がそんなに気になるのだろうと首を傾げながら、シオンは塩ゆでのピーナッツを三粒ほど口に入れる。


「かといって、ずっとここに座っているわけにもいかないだろう」


「それは、そうですが……」


 アークは小さく嘆息した。それがあきらめだとわかったシオンは、塩ゆでのピーナッツを全部胃袋に流し込んで、追加を頼むふりをして店主を呼ぶ。


 億劫そうに店主がやってくると、シオンはピーナッツのお代わりを頼むついでを装ってこう切り出した。


「そう言えば、ここにはローデル――いや、おそらくジャンと名乗っていたかもしれないな、彼に紹介されてきたのだが、今日は彼は来ていないみたいだね」


 ローデル男爵の偽名を持ち出せば、禿げ面の店主が目をすがめた。


「ジャン……、ああ、あの蜂蜜色の髪をした旦那かい」


 やはり知っていた。シオンは内心でほくそ笑みながら話を続ける。


「ああ、ちょっとした知り合いでね。今日は来ていないみたいだが、いつ来るのか知っているかい?」


 店主はじろりと鋭い視線をシオンに向けた。


「知らねぇな。……なんだ、まさかお前さんらも裏の仕事がほしいとか言う理由じゃねぇだろうな。だとしたら、こんな昼間っから来るんじゃねぇよ」


(裏の仕事……)


 シオンはごくりと唾を飲み込んでから、困ったような表情を作る。


「……ちょっと金に困っててね。ジャンが、ここなら金になる仕事があるって言っていたんだが、夜でないとだめなのかい」


「残念ながら俺は金の受け渡ししかしてないんでね。そう言った仕事がほしければ夜に来な。いわくつきのやつらがいくらでも集まってくるぜ。そいつらに頼むんだな」


「へえ、そうなのか。じゃあ……、なんだったかな、そう、蛇だ。蛇の文様か何かを使ってるやつらも来るのかい? 実は俺は彼らに会いたくてね。金になるって聞いたんだ」


 シオンがそう言った途端、ガタンという大きな音が背後から響いた。


 アークが表情を険しくする。彼は今日、剣を持ってきていなかったが、日頃の癖だろうか、腰のあたりで剣を探すそぶりを見せた。


 店主がやれやれという表情を浮かべて、知らん顔で店の奥へ引っ込んでいく。


「兄ちゃんら、蛇って言ったか? どこから聞きつけてきたのかしらねぇけど、あんまり大っぴらにその名を口にするんじゃねぇよ」


 アークのうしろのテーブルで飲んでいた三人の男たちが、凄みを聞かせた顔でこちらを睨んでくる。


(ああ……、これ、まずいやつか?)


 シオンは冷や汗をかいた。


 だが、おそらくもう遅い。アークを見れば、瞳から感情を消していた。むしろこちらも臨戦態勢で、シオンはこれ以上の情報収集を諦めることにする。


「気分を害したなら悪かった。俺も人づてに儲かるって聞いただけでね。今日のところは帰るさ」


 そう言って立ち上がるが、退路を塞ぐように男たちが立ちふさがる。


「悪いが返すわけにはいかねぇな」


「……なんだよ、蛇ってそんなにやばいやつなのかい? 例えば……、なにかの犯罪組織のとか?」


「お前は知らなくていいことだ」


(図星ってところかな)


 男たちがじりじりと距離を詰めてくる。


 そして、男の一人がシオンに殴りかかろうとしたときだった。


 アークが恐ろしい速さで机を蹴り上げ、椅子で男の一人を殴り倒す。


「野郎!」


 額から血を吹き出して昏倒した男の一人を見て、残りの二人が怒りで顔を真っ赤に染め上げた。


 シオンに向かって一人が殴りかかってくる。


「おっと……!」


 シオンはぎりぎりでそれをよけると、振り切った男の腕をつかむと、そのまま背負い投げで放り投げた。軍人になれるほどではないが、シオンも昔から護身術として学んでいたため、自分の身が守れる程度には精通している。


 アークを見れば、あっさり男を床にねじ伏せると、その首に手刀を落として気絶させている。その男のズボンのポケットから、一枚のコインが落ちて、シオンの足元まで転がってきた。シオンは何げなくそのコインを拾って、眉間に皺を刻む。


「何をしているんですか、面倒なことにならないうちに帰りますよ」


「あ、ああ……。店主、騒がせて悪かった」


 シオンは懐から銅貨を二枚取り出すと、酒代として店主に放り投げる。


 シオンたちは足早に店を出ると、そのまま駆け出した。しばらく走って、歓楽街を抜けたところで立ち止まる。


「……シオン、怪我はありませんか?」


「大丈夫。あいつらが酔っていてくれて助かったよ」


「そうですね。酔っていなかったら、さすがに分が悪かったでしょう」


 アークが肩をすくめる。


「そんなことより、ちょっとおもしろいものを拾ったよ」


 シオンは手に握りしめたままだったコインをアークに差しだした。男のポケットから転がり落ちてきたコインだ。


 鉛を溶かしただけのコインだが、その面にある模様にアークが息を呑む。


「思ったより、大きい組織かな」


 コインの表には、封蝋と同じ蛇の模様があった。




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