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ペット?


 トラックに轢かれかけていた男の自宅へと足を運ぶ。

 薄暗い室内。電気がぱっと点くとアンスリウは驚きに目を開いて――開いただけだった。

 男との会話で電気なるものを電線で持ってきてランプを灯しているらしいことは聞いていたからだ。魔術師とは科学者の前身とも言うべき人種であるからに、いつまでも驚愕はしない。理解すれば驚きよりも好奇心が勝ってくるものだ。

 男の名前は林隆弘と言った。


 「それでタカヘロー……たかひぃろ? たか? ぐぬぬ」


 発音が怪しい。何度も何度も舌を噛んだ挙句腕を組むと胸を張るアンスリウ。


 「タカと呼んでもよいか。呼びにくくて叶わぬ。名前について貶める意図はないぞ」

 「構いませんよ女神様」


 男は神妙な顔つきでアンスリウに言った。

 どうやらこの男。本心で女神様か何かと信じきっているらしいのだ。死に掛けたと思ったら非科学的な力を使う少女が命を助けてくれたのだからわからなくもないだろうが、言われる側のアンスリウからすれば腹立たしい限りだった。

 腕を組むと鼻を鳴らすアンスリウ。


 「やめよ。女神ではない魔女である。吾は古王の血統を受け継ぐ正統なる魔女アンスリウである。女神などという高等なものではない。故に、他人行儀な喋り方も痒くなる。やめよ」

 「しかし」

 「うむ。いつも仕事仲間にするような口調にせよ。できるか」

 「わかったよアンスリウ。せめてファミリーネームで呼ばせてくれ。命の恩人の名前を呼び捨ては忍びない」

 「ない。捨てたからな。悲しい過去だのを想像するな。吾にも事情というものはあるのだ」


 無い胸を無駄に張る魔女だった。

 隆弘は淹れてきたコーヒーを渡しつつ、砂糖と牛乳の入った容器を相手の前に移動させた。

 コーヒーを一口飲んだアンスリウの顔が歪む。


 「苦い。砂糖とミルクを入れて飲むものなのかこれは。奇妙な味の茶葉だな」

 「あ、そっちの世界にもお茶はあるのか。でもコーヒーはないのか」


 アンスリウは隆弘が湯気を上げるコーヒーに砂糖と牛乳を投じるのを真似しつつ唸っていた。

 紅茶にしては苦すぎる。薬のような味だと思ったのも不思議ではない。何せお茶ではなかったのだから。


 「こいつは豆を干して炒って粉々にしてエキスを抽出した飲み物なんだ。説明しにくいな」

 「そうかそうか。苦いが気に入ったぞ。元の世界に帰る前に豆を持って帰りたいな。栽培してみたい」


 アンスリウは真顔で言ってのけた。魔術師とは魔術の探求者であり知識を求める人種である。未知の事象があれば解明し自らのものにしたがるのだ。コーヒーを栽培できるならばしてみたかったのだ。

 意外そうな顔をしたのが隆弘であった。イメージの魔女と食い違っていたからだろうか。ヨボヨボの黒ローブ姿が怪しい笑みを浮かべて鍋をかき回している様とは全く合致しないせいであろう。

 隆弘がコーヒーを注いだカップを置くと身を乗り出した。


 「本当に感謝してる。ちなみに元の世界に戻ると言ったけど……」

 「戻れるか戻れないかで言えば可能だ」

 「俺も連れて行ってもらえないか」


 唐突な提案もといお願い事にアンスリウが不審そうに眉をひそめた。コーヒーを嗜みつつ、膝の上で寝ている我輩なる猫の背中を撫でながら。


 「なぜだ? 庶民が死ぬことも無く生きていける社会。平民にしか見えぬタカでさえ嗜好品を購入し、あろうことか砂糖までたやすく入手できているというのに不満があるというのか」


 信じられないという物言いだった。

 アンスリウの世界だと平民は貴族にこき使われる側だった。反乱を起こそうものならば軍が出動して全員殺される始末。福祉といった概念など無く弱者が死ぬというわかりやすい構図しかなかった。

 少なくとも平民が気まぐれに貴族のせいで死ぬようなことは無いように思える社会に生きるタカが、どうしてわざわざ水準の低い世界に行きたがるのか理由がわからないのだ。

 隆弘は薄く笑った。自らを嘲っているのだとアンスリウは気が付いた。


 「そういう時代なんだよ。親は死ぬは仕事首になるわでもう疲れた。死にたいと思ったところだった。死ねなかったけどさ」

 「………ふぅむ。住めば都……慣れれば荒地とでも言うか。人の世は苦に満ちておるな。タカの命はお前だけのもの。使い方云々に口は挟まんが……」


 アンスリウは我輩――猫の名前自体なかったのでそう呼んでいる――の背中を撫でつつ不満げに唇を尖らせた。年長者として言いたいことは山ほどあったが、隠れ家となる場所を提供してくれた人物である。相手がそうしたいというならば反論しても仕方が無い。

 特に、隆弘の曇った目を見ていると否定できなかった。表情にも張りが無い。絶望に浸りきってあらゆることを諦めてしまった人間の目だった。死んだ魚の目のほうが、少なくとも輝きがある。だが、隆弘の目にはそれが無い。曇りきったガラス球のように暗く落ち込んでいた。

 アンスリウは一見すると傲慢な態度を取るが人の心の分からぬ者ではない。触れない方がいいこともあることを熟知していた。

 なので、とりあえず隆弘の肩を優しく叩いてやるにとどめた。


 「共に行くか……フーム。悪いが吾は一人で渡航する術ならば知っておるが二人同時に渡航する術を知らなんだ。行く前に魔術の手ほどきくらいはしてやろう」

 「……なんとかならないのか? いっそ死んで生まれ変わりたいくらいだ。頼む。なんとかして欲しい」


 隆弘が声を落として身を乗り出すと、アンスリウの手を握った。

 アンスリウはそっと手を両手で包み込んだ。何事か言おうと口を開いた。


 「あいたぁっ!? 己何をするか!」

 【魔女殿魔女殿。我輩の飼い主を探す目標を忘れちゃいないかね? うっかり爪を研いでしまったよ】


 不満を隠そうともせず猫が爪をアンスリウの腿につきたてていた。肉が薄いアンスリウにとって痛さの度合いは強く素っ頓狂な悲鳴を漏らして肩を飛び上がらせる羽目になった。

 猫語が分からない隆弘は猫に向かって怒鳴るアンスリウの横顔を見ているしかなかった。アンスリウの服の隅を引っ張り耳打ちする。


 「猫と喋れるのか……!?」

 「翻訳魔術だ。どれ動くな。ぬしにもかけてやろうぞ」

 「ちょっと待った!」


 いきなりアンスリウが隆弘の襟首を掴むと手前に引き寄せた。額に額を――つけず手をぴったり置いて何事かを呟く。

 隆弘の全身を淡い光が包み込むと徐々に引き潮のように引いていった。

 すると猫が机の上に飛び乗り隆弘を真正面から見据えた。


 「ふう。はじめまして人間。タカなんとか。名前などどうでもいい。我輩を飼え」

 「このアパートペット禁止なんだけど」


 聞いて我輩が肩を落とした。

続いてしまった

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