↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弑逆契約〜双牙妃の後宮生存戦略〜  作者: 藤烏あや@『ヤンデレ皇王のつがい様』発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

第八話「秋狝開幕」

 秋狝(しゅうしん)。

 それは秋の豊穣を願い、神獣へ供物を捧げることを目的とした狩りである。

 愛馬に跨がって背筋をのばしているのは莉莉だけではない。

 腕に自信のある武人や宦官たちが我こそはと名乗りを上げ、参加している。

 莉莉は鬱蒼と茂る森の中、愛馬と共に駆けていた。

 目に見えて良い狩り場はすでに先客がいたため、森のさらに奥へと向かう。


(この狩りが終われば、契約もあと一週間を残すばかりだな。その時私は……)


 考え込んでいた莉莉の鼓膜を蹄の音が震わせた。

 背後から聞こえてきたその音に、莉莉は愛馬を止める。

 莉莉の肩に乗っていた白がひくひくと鼻を震わせると、ひらりと朱雀が現れた。


「朱雀。ということは、あいつがいるのか」


 ゆったりと駆けてきた馬が莉莉の隣で止まる。

 莉莉はそちらへと目を向け、当惑の籠もった視線を投げかけた。


「自ら狩りに出るとは、貴殿には危機感というものがないのか?」

「この中で最も周りから警戒されている女の言葉とは思えぬな」


 肩口に朱雀の意匠が入った戎服(じゅうふく)を着た琰は、楽しそうに赤い瞳を細める。

 莉莉はため息をつきながら、背中の矢筒を彼に見せた。

 狩りに使う弓矢は誰が射ったものか明白にするため、一人一人固有の色や紋様をいれられている。

 かくいう莉莉も、双牙の一族が使う矢羽を手ずから用意した。


「こんな分かりやすい場で牙を剥くほど子どもではない」

「だろうな」

「それで? 貴殿は狩りができるのか?」


 試すように口角をつり上げた莉莉に、琰は愉快だと言わんばかりに笑った。

 笑い声を上げていた彼だったが、小さな木の葉が擦れる音に口を閉じた。

 小さな獣が数匹跳ねていくような足音が森の草木を揺らす。


「まぁ見ていろ」


 琰はそうにやりと笑ってみせると、馬を蹴った。

 彼は止まっている莉莉から距離を取るわけでもなく弓矢を手に取る。

 その行動は、まるで莉莉に見ろと言わんばかりだ。


 琰の思惑通り、真剣な彼の姿に釘付けとなってしまう。


 弦を引き絞る所作に、無駄が一つもなかった。

 戎服の袖から覗く腕は、玉座で見る優雅な仕草からは想像もつかないほど筋の張った動きを見せる。

 片膝をわずかに沈め、腰から肩、そして指先まで一直線に力が通っていくのが分かった。

 その動きは、弓を引き慣れている者の動きだ。

 弓弦が耳元まで引かれ、切れ長の目が獲物だけを射抜く。

 時が止まったかのような静寂が訪れ――放たれた矢は、迷いなく風を裂いた。

 一拍遅れて獣の倒れた音が聞こえる。

 しかし琰は獲物を仕留めても表情を変えず、ただ淡々と次の獲物へ視線を移していた。

 彼の眼差しには僅かな憐憫が滲んでいたが、それもすぐに凪いだ。

 風に揺れる黒紅梅色の髪が幻想的で、莉莉は息をも忘れて見入ってしまう。

 聞こえた足音と同じ数の矢を射るまで、莉莉は彼の横顔から目が離せなかった。

 勇ましくつり上がっていた赤い目が莉莉を視界に入れた途端、和らいだ。


「なんだ? 見惚れたか?」

「っ、いい腕前だな」


 からかうような口調に、莉莉は目を逸らす。

 けらけらと皇帝らしくない笑い声が鼓膜を震わせるたび、何故か気恥ずかしくなってしまう。

 視界の端で、琰が馬から降りた。

 仕留めた獲物を回収するつもりらしい。

 軽率に背中を見せる琰に信頼されているのだと感じる。

 無防備すぎる彼に小さく息を吐いて、莉莉も愛馬から降りようと腰を上げた瞬間。

 森の奥でギラリと何かが光った。

 ぞくりと背筋を這い上がった悪寒に莉莉は振り向き、愛馬から飛び降りる。


「琰! 避けろっ!」


 耳へと届いた声に振り返った琰は大きく目を見開き、その場から飛び退いた。

 しかし、飛んできた矢が琰の肩口を裂く。


「ぐっ」


 呻き声とともに木に突き刺さった鏃(やじり)が血に濡れていた。

 莉莉は飛び降りた勢いのまま、琰の傍へと駆けていく。

 肩から落とされた白とじゃれ合っていた朱雀が弓矢の飛んできた方へと向かった。

 琰を庇うようにしゃがみ込んだ莉莉は、鼻につく血の臭いに眉を寄せる。

 緑の中で自己主張をするような赤が数滴シミをつくっていた。

 琰から流れる血の少なさに莉莉はほっと息を吐いた。

 どうやら鏃が掠っただけのようだ。


(これならば命に支障はないだろう)


 莉莉はそう結論づける。しかし喉に小骨がつっかえたような違和感もあった。

 内心首を傾げながらも莉莉は改めて矢を視認し、顔を引き攣らせた。

 莉莉が使う矢羽とまったく同じのそれがそこにはあった。


「は……?」


 目を見開いた莉莉の肩に琰の節くれ立った手が乗った。

 はっと琰を見ると彼の顔色は軽症とは思えぬほど血の気が引いていた。


「莉莉でないことは、分かっている」


 息も絶え絶えに呟いた言葉を最後に、ずるりと肩に乗った手が地に落ちた。

 地面には、肩口の布に描かれた朱雀がばらばらと散らばっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。