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Ghost Mirror ―鏡合わせの七不思議と常世の生者―  作者: 鳥路
第一章:澄んだ世界を合わせたら
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11:理科室の朝ご飯

朝日は昇ることがないけれど、定義された朝はやってくる。


目が覚めて、最初に見たものは見知らぬ天井。

自室に飾った調査資料の類いはなく、電源がつけっぱなしのパソコンすらない。

思えばそこは、ここ最近の寝床であった机の上でもなかった。

きちんとした寝床…だよな。


「…すぅ」

「…くぴー。くぴー」

「…」


しっかりとかけられていた布団と共に上体を起こす。

そこには穏やかに眠る魚澄と、特徴的な寝息を立てる虎太郎。

もう一人の姿は、そこにはない。


「目が覚めたか、四季」

「紘一」

「おはよう。朝食の準備はできている。食欲がなくても詰め込んでくれ」


「えぇ…どうやって準備したのさ」

「探索中、厨房が開いていることは確認しているし、購買も問題なく開いていたからな。好きなものがあればいいが」


紘一がいる机の前には購買で販売されているおにぎりと惣菜パンが数種類。適当に持って来たらしい。

その横にはカップスープがいくつか並べられている。

わかめの味噌汁、コーンスープにポタージュ。ワンタン春雨スープにかき玉スープ。種類もよりどりみどり。

アルコールランプを使ってお湯を温め、準備は万全。

だけど自分はまだ食べていない。ちょうど準備が完了したのだろうか…。


「しっかり見てるなぁ…僕は魚澄から零咲先輩が「食堂の鍵を破壊した」って聞くまで閉まっているものだと思っていたよ…」

「…彼女が、壊したのか?」

「うん。魚澄がそう言ってた」

「…なるほどなぁ」


「あ、僕、バターロールとコーンスープ貰うね」

「ああ。これだけで足りるか?もう少し…」

「大丈夫だよ、朝はあまり食べないから」

「そうか」


紘一からパンを受け取った後、彼は空いたビーカーにコーンスープの素を入れ、ビーカーを持ち上げる道具らしきものを使って、お湯をそこへ注いでいく。

最後にこれまた薬品を混ぜるガラス棒を使ってコーンスープを完成させてくれた。


「何から何までありがとう。紘一は食べないの?」

「私は残り物で構わない。魚澄と虎太郎が起きてから考えるさ」

「…自分が持って来たんだから、自分の好きなものを食べたら良いのに」

「これは私なりの歩み寄りだよ、四季。生活の支えに関わることで、少しでも二人への信頼を得ようという考えさ」

「なるほどねぇ…でも、一人で抱えようとしないでよ。明日は、僕も一緒に行くからさ。ちゃんと起こせよ、相棒」

「…ああ。そうするよ。ありがとう、四季」


嬉しそうに微笑んだ彼は、物音を察知して…静かに虎太郎と魚澄の元へ。

物音はどうやら虎太郎が布団を蹴った音らしい。

それを見た紘一は、彼が蹴った布団を抱え…肩までちゃんとかけてから戻ってくる。


「…紘一、実は親だったんじゃない?」

「ああ。子供は三人いるかな。四季、虎太郎、魚澄の男の子三人だ。わんぱく盛りで手がつけられないなぁ…」

「それは勘弁してくれよ…」

「冗談だ。すまない。からかいすぎた。ほら、四季。朝ご飯冷めるぞ。早く食べてしまいなさい」

「そのムーブが完全に保護者なんだよもう!いただきます!」


「バターロールは焼くか?焼けるぞ?」

「…焼いて」

「はいはい」


バターロールを受け取り、別に用意していたアルコールランプを使って器用にパンを焼いてくれる。

香ばしい匂いが理科室に漂い始めた頃、眠っていた二人が起き上がる。


「やあ、二人とも。おはよう」

「…朝ご飯、準備済。しかも汁物付き…」

「…お前なぁ」

「パンか?ご飯か?」

「俺はパンで。米嫌いなんですよね」

「お前寿司屋の息子だよな…」

「元です。そういう西間先輩は…」

「スープだけでいい」

「今日はいっぱい頑張る日だ。虎太郎、もう少し食べられそうにないか?お昼まで持たないぞ?」

「お前は俺のお父さんか!間食でいくつか持って行くから…」

「太るぞ?」

「もう死んでいるから、その辺り気にしなくていいんですよ、お父さん」


いくつかおにぎりを掴んで、ブレザーのポケットに押し込む姿を眺めながら、紘一は肩を竦め、残っていた惣菜パンに手を伸ばした。


◇◇


朝食後、僕らは打ち合わせと準備を終えた後…夜時間を迎えた。

作戦を実行する為、図書室の真下にあるフロアに訪れていた。


陽動決行は八時半。霞先輩の定期連絡は九時に行われる予定だ。

ここでの夜九時が向こうの朝九時…とにかく、昨日と同じ時間に鏡合わせを行えば、霞先輩と話が出来るはずだ。

最も、打ち合わせ無しで霞先輩には媽守先輩を説得して貰うことになるのだが…その点、紘一はどう考えているのだろうか。

いや、霞先輩を信じよう。霞先輩ならどうにかしてくれる…。


「図書室の真下は確か…美術室、だったよね」

「ああ。一応言っておくと新校舎の美術室な。魚澄と不審者の陽動開始まで時間があるだろう。せっかくだし、あいつに会っておくか」

「あいつって…」

「美術室を根城にしている一年の宵淵」


宵淵月人。確か九番目の被害者…その片割れだったよな。

時間もあるし、虎太郎の提案に乗ってみよう。

虎太郎の先導で美術室前に訪れ、彼に声をかけて貰う。


「おーい。宵淵ー。生きてるかー?」

「…生きていますよ、西間先輩。夜時間の外出は珍しいですね」

「夜時間の危険性を見て貰うために歩いているんだよ」

「なるほど。もしかして新入りさんの紹介ですか?」


呼び声に応じ、教室から出てきたのは夜に輝く月のような白銀の髪を持つ少年。

ネクタイの色は一年の学年色。どうやら彼が宵淵月人君のようだ。


「そんなところ。紹介したいんだ。軽く時間貰えるか?」

「ええ。勿論」


物腰が穏やかそうな…それこそ、紘一の弟がいればこんな感じだろうなぁと考える程度には落ち着き払った性格。

朗らかな笑みは絶やさない。そんな彼との間に存在していた緊張感はあっという間にほぐれてしまった。


「こっちは今坂四季。俺とは腐れ縁でさ。幼稚園の頃から一緒なんだ」

「それは俗に言う幼馴染という間柄ですね」

「そうとも言う!」

「二年の今坂四季です。つい最近ここに来たから…よろしくお願いできればと」

「改めて、一年の宵淵月人です。お力になれることがあれば何なりと」


「ありがとう。ところで、宵淵君はなんで美術室に?絵が好きなの?」

「空いていた特別教室がここぐらいだったので。理由はそれだけですね。絵というか、基本科目以外の授業は基本的に嫌いです。これらは進学と就職に役立ちませんよね?やる意味がありませんので」

「そ、そっか…」


魚澄は外見情報が特徴的すぎたけど、彼は内面情報が特徴的すぎる…。

まさかもう一人の一年生もこんな個性豊かな存在だったりしないよな…。

でも、魚澄の話からして辺野古さんとやらも勉強ばかりしている子みたいだ。

接触するの、怖いなぁ…。


「そうだ。宵淵。お前のところで何か変わった事はなかったか?」

「変わった事?」

「ほら、四季が来たことで何かしらの変化が起きてるかもしれないじゃん?四季の紹介ついでに、聞いて回ってる感じ。何か気になることはないか?」

「特にないですね」

「そ、そっか…」


即答だった。考える間すらなかった。

彼は興味が無いのかもしれない。自分が置かれている状況に、環境に…。


「お話はこれでおしまいですか?今日のノルマがありますので…あ、労働力が必要であればお声がけください。共同生活を送る上、最低限足並みを揃える気はありますので」

「「そ、そっか…その時は頼むよ」」

「では」


ぴしゃっと扉が閉められ、話はこれでおしまい。


「…ねえ、虎太郎。彼…いつもこうなの?」

「いつもこう。話を上手く回さないと、自分の言いたいことを一方的にマシンガンしたのちに、引きこもる。まあ、辺野古と違って声をかければ力は貸してくれるからマシな方かなぁ…」

「…」

「ちなみに、零咲先輩はどうでもいい話でこの倍ぐらい宵淵との会話を続けられるぞ」

「化物かな…ん?」


上の階が少しだけ騒がしい。

魚澄の声がする。どうやら作戦を決行してくれたようだ。


「…魚澄はここの階段を使って、特別棟から三階渡り廊下を使って…不審者が仕込みをしている屋上に向かう手はずだったな」

「うん。僕らは二階に降りよう。ここじゃ降りてきた媽守先輩と鉢合わせだ」

「そうだな。魚澄の通過を確認してから、四階の図書室に向かうんだったな」


しばらくすると、慌てた足取りの媽守先輩が降りてくる。


「露川君、貴方は怪我をしているんだからゆっくり来なさい!私がどうにか止めてみせるから」

「お、お願いします…」

「全く…西間君はどこで油を売っているの…!」


虎太郎に対して小言を言いつつ、階段を飛び降りて、廊下を駆けて行く。

ゆっくり後をついてきていた魚澄が、僕らがいる三階と二階の踊り場へ合図を送ると同時に、紙を投げ捨てた後…そのまま彼は媽守先輩の後を追うように歩いて行った。


僕らは魚澄が落とした紙を拾いあげ、その中に書かれていた文字を見て絶句する。


「屋上フェンスを…」

「理科室で調合した薬剤で破壊しただぁ…!?」


紘一が騒ぎを起こすことは知っていた。

しかし内容は…どういう騒ぎを起こすかは僕らには共有されていなかった。


「これは媽守先輩飛んでいくだろうな…」

「いや、絶対行くでしょ…僕らでも行くよ」

「とりま、図書室行くかぁ…不審者ならどうにかするだろう」

「捕まって袋叩きにされなきゃいいけど」

「…一回痛い目見た方がいいと思ったのは、俺だけか?」

「…流石に、そこまでは」


ぼやきながら、僕らは四階へ。

彼が作戦を決行したように、僕らも行動を開始しなければならない。

穂上譲司。彼に会う為に。

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