10:理から逸れるのは、君の役目ではない
理科室に戻ってきた紘一に、閃いた作戦をきちんと伝える。
ちなみに虎太郎は魚澄に耳を塞いで貰っていた。
「なあ、何すんの?な〜?」
「…家庭科室の事情は聞いたよ。魚澄も虎太郎も、零咲先輩のことを助けたい気持ちはある」
「ああ、それは私も聞いたよ」
「それで、家庭科室の七不思議に挑む前に、詳しそうな人の助言を得られたらと思ってさ!その人物は図書室にいるんだ!」
「図書室に?」
「うん!穂上先輩!」
「ふむぅ…なら、明日の朝以降に」
「今行こう」
「は?」
「今しかないんだ。僕が稼いだ信頼を犠牲に、あの人を脅迫できるチャンスはぁ!」
「何を言っているんだ四季。要点を纏めてくれ…!」
紘一の胸ぐらを掴み、高テンションのまま事情を伝える。
困惑する彼の頼みは僕の耳には届かない。
その代わり、魚澄が淡々と答えてくれる。
「僭越ながら俺が」
「たのむー!」
「四季先輩は穂上先輩に七不思議の情報を聞きたい。だけど穂上先輩は媽守先輩と一緒にいる。媽守先輩は穂上先輩を外部接触させることに否定的です。資料の閲覧程度なら許可は取れるでしょうけど、穂上先輩と接触が目的なら、取り合ってはくれないでしょう。すぐに追い返されるかと思います」
「むふ!」
「絶対に邪魔してくる媽守先輩を制御下に置き、穂上先輩との接触をスムーズに行う為、媽守先輩への脅迫材料———つまりはスキャンダルを手に入れたいので、今から行こうと言っているんですよ」
「…スキャンダル?」
「そう!スキャンダルだよ紘一!大人がいない環境で男女二人!何も起きないわけがないんだよ!」
一瞬で紘一の目が黒くなる。
空気も凍てついた気がするのだが…気のせい、ではない?
「…家庭科室の時と似たような空気」
「なー。魚澄―。何話してんだー?」
「四季」
「何かな!」
「そこに座りなさい」
「え」
「正座。早く」
「え…あっ、はい」
聞いたことがない低いトーンで、紘一は簡潔に指示を出す。
僕は逆らえないまま、床に正座をした後———目が据わった紘一に酷い説教を受けた。
そういう事象には、関係者以外触れてはいけないこと。
決して部外者が軽はずみにからかってはいけないこと。
怒鳴ることはない。ただ、圧をかけながらしっかり言い聞かせてくる。
「魚澄。二人の関係は?」
「はい!交際していると伺っています!」
「なら尚更だ。二人の関係が壊れたら君は責任が取れるのか?」
「…とれません」
「それがわかっているなら、なぜ破壊行為に乗り出す?」
「今回は、有事…だから」
「有事だからと、人様の幸福を壊して良いと思っているのか?」
「それは、ダメ…」
「ダメだとわかっているのであれば、それを行動に移そうとするな」
「うん…」
「私は君が倫理観のない男だとは思っていない。これからは、人の道を外れるような真似も、考えも起こすな多くのものを失うぞ」
「ごめんなさい…」
「今回は未遂で済んでいる。ただ、言葉だけは深く心に刻んでいてくれ。二度と、逸れないようにな」
「…うん。ありがとう、紘一。その場のノリで取り返しがつかないことをしそうになったよ」
彼の言葉がしっかり心の中に留まってくれる。
厳しい言葉でも、それはしっかり受け入れやすくて…だからこそ、自分がしでかしそうだった失態が重く感じてしまうな。
「止まってくれて安心したよ。水でも飲んで落ち着いて、方針をしっかり固めよう」
「そうだね…」
ビーカー片手に紘一は水道で水を汲んで、僕に差し出してくれる。
…コップ、ビーカーなのか。
理科室だから紙コップぐらいあっても…いや、無駄遣いはできないか。
「ありがとう」
「どういたしまして。焦らなくても大丈夫だからな、四季。下衆な手段を用いなくても、媽守君と穂上君とやらの協力を取り付けられるように考えよう。私だけじゃなく、虎太郎や魚澄もついている」
「止まってくれて良かったです…俺にできることがあれば、なんでも」
「何を話していたのかは分からんが、出来ることがあれば協力するからな」
「ありがとう、二人とも」
「流れに乗ってノリで変な事を言ったのは俺ですし、発言の後悔もしています。だからもうゲス手段には出ないでくださいね」
「あ、はい…」
魚澄もまた、真っ黒な目で僕を見つめてくる。
彼も話を聞いていた身。止められなかっただけで反対はしていたようだ。
「ゲス?」
「ピュアボーイ、カルペス作ってあげます。深堀しないでそこへ座っておいてください」
「なんでだよ!?いいよ深堀しないから!カルペス頂戴!」
「チョロくて助かります」
…何も知らない虎太郎は魚澄にカルペスを用意して貰っている。
その純情さに、自分の愚かさを更に痛感させられたのは、言うまでもないだろう。
◇◇
水を飲んで軽く落ち着いた後、僕らは本格的に図書室攻略に向けた話を始める。
その前に、虎太郎と魚澄には僕らが鏡を片手に屋上前の鏡へ向かった理由と、その結果も伝えておいた。
「…現実の人間と接触できるとはなぁ」
「やってみるものですね。その竜胆先輩?という存在は信頼できるのでしょうか」
「うん。僕と同じ部活の先輩で、同じく水曜日の憂鬱を探っている三年生なんだ。信頼できる人だよ」
「彼女の他にも、千々石君という生徒がいたよ。こちらも三年。彼も協力してくれるそうだ」
「なるほど。現実側の情報収集と連携は見込めるわけな」
「そういうこと。これで、水曜日の憂鬱を引き起こした犯人を探る!」
「ついでに、この場にいる全員の情報もぼちぼち探って貰っている」
「そうだよな。俺は死んでいるけど、魚澄も四季も、不審者も現実では生きている可能性があるもんな…それが分かっていた方がいいよな」
確かに生死情報も重要だろうな。
この世界では怪我をする。現実ではまだ生きているのに、ここでヘマをして死んでしまうリスクを負わせるのには抵抗がある。
ただ、この提案に魚澄だけは受け入れられないのか目を背けていた。
彼がここに来た原因は親の暴力だ。生きていても…なんて考えるのは当然と言えば当然かもしれない。
「魚澄」
「な、なんでしょうか…西間先輩」
「生きていたら、俺の分まで滅茶苦茶生きろよ?」
「…死んでいるかもしれないのに、そういうの託さないで貰えます?」
「いいだろそれぐらい」
「…全く」
どう声をかけるべきか悩んでいる横で、虎太郎がさりげなく話しかけてくれていた。
魚澄は呆れながらも、少しだけ気を楽にしたように笑っていた。
「さて、夜時間ももう遅い。休憩もしないといけないからな。やるべきことは手短に済ませてしまおう」
「そうだね、紘一。でも、媽守先輩の対応からして…難しそうなんだよね」
「それこそ、竜胆君のサポートを受けるべきではないか?竜胆君は媽守君の親友なのだろう?」
「そうだね。霞先輩なら…でも、媽守先輩をあの鏡前に連れてはいけないし…」
「媽守君も、竜胆君の名前が出たからこそ、四季を信用してくれた。ここで頼るべきなのは彼女だと思う。どうにか彼女を鏡前に誘導できないだろうか。それこそ、我々が騒ぎを起こす…とか」
「そっか…そんなことをしたら媽守先輩なら飛んでくるよね」
「騒ぎを起こす手段は考えている。魚澄、私に協力してくれないか?」
「俺、ですか?」
「ああ。私が騒ぎを起こす。君は媽守君への密告を頼みたい」
「…上手くいく保証は?」
「私の方が上手くいかずとも、もう一つの方が上手く行けばいいだろう」
紘一が僕と虎太郎へ目を向ける。
二人が媽守先輩を揺動する中、僕らは自由に動ける。
その間、やるべきことはただ一つ。
「…不審者が媽守先輩を陽動している間に、四季が図書室に向かって穂上先輩と対面。協力を取りつけることが出来れば、ひとまずは解決って感じだろ?」
「そちらが上手くいかずとも、鏡の前に誘導することが出来れば、竜胆君が媽守君を説得することで状況が変わるだろう。どうだろうか、四季」
「いいと思う。でも、これだと紘一は媽守先輩から更に警戒されるんじゃ…」
「憎まれ役だって必要なものだよ、四季。必要な犠牲があるのであれば、それは私が負担しよう。なんせ肩書き不審者だからな。記憶もないし、命もないかもしれない。失うものはもうないと思うからな」
「…それでも、ありがとうね」
「構わないさ」
必要な犠牲。それは本来なら穂上先輩の協力を得たいと言い出した僕が負担するべきものではないのだろうか。
本当に、これでいいのだろうか。
紘一ばかりに甘えていて、いいのだろうか。
「さ、準備は明日の朝に行おう。決行は明日の夜時間前。各自、備えようじゃないか」
「そうだな。こればかりは不審者に賛成だ」
「なんか西間先輩、不審者さんとの同調多くないですか?」
「…納得できることは、言っているからな。今は休憩しよう。その言葉に魚澄は反論があるのか?」
「ないですね…」
「だろ?」
七不思議を語らう中で用意されていた布団へ、各自当たり前の転がり…虎太郎は豆電球を消す。
外の明かりだけが眩いこの世界の慌ただしい一時は…今、この瞬間。一つの区切りを得た。




