表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ghost Mirror ―鏡合わせの七不思議と常世の生者―  作者: 鳥路
第一章:澄んだ世界を合わせたら
15/34

5:常世の協力者

「…戻ってこない方がよかったかねぇ」

「今回であればそう言えるだろうけど、私にとってはちょうどよかったさ」

「…なんで、こんなことしてんだよ。校長」

「事情を話すと長くから要点だけを話しておこう」


気まずそうに声をかけてきてくれた虎太郎に事情を説明する。

何者かに背中を押され、道路に突き飛ばされた四季の手を引き、庇うように覆い被さったことで、私は事故に巻き込まれたこと。

この世界からは「想定外の被害者」として扱われ、常世の管理者とやらに事件解決と引き換えに生存権を得られる手はずとなっていること。

その生存権は「生存可能な肉体が残っている者」だけに使えること。

行使することで欠損以外は問題なく治癒が行われること。

権利は、譲渡可能であること。


「私はそれを使って、四季を現実に戻す計画を立てている」

「…四季は、生きているのか?」

「竜胆君の反応を見る限りは生きていると信じたい。それに私の身体で衝撃から守っている。生きている可能性の方が高いが…それでもギリギリかもな」

「…とっさでよくやれたもんだ」

「まだ、肉体は鈍っていなかったようでね」


「左様で…で、あんた自身は四季の背中を押した人間は見てないのか?」

「悔しいことに全身を見ることは敵わなかった。が、うちの高校の冬服の袖が見えた」

「それって…」

「生徒の中に犯人はいる。それだけは断言しよう」


本当はこんなことは言いたくない。

それに生徒相手に、疑いを向けるだなんて…。


…いや、かつての俺は向けていたな。


生まれつき声を出せない特徴を持っていただけの現を異端だと迫害し、死に追い詰めたあいつらに…疑いも恨みも、憎しみも…教師として向けるべきではない視線を向けていた。

教師は聖人であるべきだ。なんて恩師は言っていたけれど…定年を迎えた今でも、俺は聖人にはなれていなかった。


「いい知らせと悪い知らせ、同時かよ…」

「だいたいそんなものさ」

「で…事情は大方わかった。知られたからには、俺にも協力させる気だろ?」

「ご明察だ。話が早くて助かるよ、西間君。ただ、四季と魚澄の前では普段通りに。今まで通り不審者扱いをしてくれ」

「知った後だとハードルたけぇよ…」

「大丈夫。君ならできる」

「…その謎信用はどこから出てくんだよホントによぉ。できる限り頑張る程度だからな」

「ああ。それでいい」


私は…たとえ聖人に成れなくても、一人一人が持つ可能性を信じていたい。

出来ないと諦めずに立ち止まってしまう子供の背中を、そっと前に押してあげられる存在には、なっていたいのだ。


「で、これからあんたはどうする気なんだ?紘一として四季と調査しつつ、渡々枝校長として暗躍するにも限度があるだろ」

「基本的には紘一として四季のサポートに努めるさ。必要な情報は渡々枝紘一として収集し…さりげなく提示しようと考えている」

「器用な奴め…」

「それぐらいしなければ、四季を現実に返しにくくなってしまう。それに次の被害者だって…」

「そうだよな。一週間に一度…犯人はまだ捕まっていないし、そろそろ追加が起きる可能性もあるよな」

「ああ。どうにか阻止することができればいいのだが…」


犯人には決して四季が生き返れる可能性を持つことを明示してはならない。

その理由がこれに全てかかっている。

犯人に四季が帰れる可能性を知られてみろ。

十回目で犯行は打ち止め。四季が事故に遭ったから止まったという風評被害が流されてもおかしくはない。


———今坂四季がこれまでの水曜日の憂鬱を引き起こし、最後は自分の事故死で幕を引くつもりだった。だが生き残ってしまった。


生きて帰れた彼が、生き辛くなる環境になっている事は避けなければならない。

そして最期は苦しみからの解放を求め、自死を選ぶ。

園原現の最期を———繰り返してはいけない。

私の動きが、四季を無事に現実へ帰す一手なのだ。

…今回は悟られてしまったが、今後は慎重に動く必要があるだろう。


「とりあえず、蘭太郎と竜胆君の調査結果待ちだな。早めに千尋君と合流しておきたい」

「千尋って…零咲先輩だよな。やっぱり何かあるのか?身内とか?」

「…人の為になることをしたいと意気込んで、生徒や教師の手伝いを自ら申し出てくれていた子だ。活動の場を広げるために、私が顧問としてボランティア部を結成したりしていた」

「関わりがあるのか…そりゃあ、気にかけるわな」


蘭太郎同様、少し変わった生徒で普通からは浮いていた彼女。

しかし彼女の周りには人が絶えなかった。

社交性は高く、どんな存在の懐にもすぐに入り込める存在。

事実、警戒心が高そうな魚澄からの信頼も稼いでくれている。


四季と組めば現在この場にいる水曜日の憂鬱———その被害者達との交流。その起点となってくれるだろう。


彼女の手を借りることが出来れば、やれる事が十分に増える。

早めに救い出したい理由は勿論それだけではない。

———彼女はまだ生きている。それは何度も見舞いに行った私自身が証明できる。


プール授業の後、忘れ物を思い出し、取りに行った先。

プールに転落し、溺れているところを見つかった。

転落の際、運悪く脚を捻ってしまい、本来なら問題なく泳げた深さで溺れてしまい…彼女は昏睡状態にある。

頭にも身体にも異常は無い。ただ、眠り続けている。

その理由にやっと合点がいった。彼女を含め、生存している生徒も西間君のように死が確定している生徒も…この空間に囚われてしまっているのだろう。

全てが終わる、その瞬間まで…我々は帰ることも、向かうべき場所に向かうことすら叶わない。


それから、ここで怪我をしたらちゃんと怪我をする。

では、ここで致死の怪我を負えばどうなるだろうか。

死者は死者のまま、変わることはないだろう。

だが、生者はどうなるだろうか。

答えは、明確である。


「…それから彼女は生きている。こんな場所で死なせるわけにはいかない」

「生死わかってんのかよ。じゃあ、他の生徒は?」

「わからない」

「は?」

「すまない…色々あってな。一週間ほど情報を更新できていないんだ」

「どうして」

「…風邪を引いていたんだ。四季の事故は、復帰直後だったんだよ」

「うそくせ」

「…」


流石に誤魔化せないないらしい。

まあ、そのあたりは仕方が無い。私もまた、夢の中にいるような感覚だから。


「ま、言いたくないならいいよ。信用してくれてないんだな、校長」

「そういうわけでは…ない」

「それに、四季を帰したいって大人としての責務とか思ってる?」

「それは…」

「未だに名前で呼び合う奥さんがいるんだろ?仲いいなら奥さんが待つ家に帰りたいな〜とか思うだろ普通。本能で生きろよ校長。こんなところで聖人ぶんな」

「いや。いいんだ。私には…もう、誰も待っていないからな」

「…そういうことかよ」


西間君は察してくれたようで、申し訳なさそうに顔を逸らしてしまう。

…それもそうだ。こんな話題。気まずいにも程がある。


一応、気がかりな存在がいるとしたら…養子にした息子。

反抗期を迎えた後、私とはウマが合わなかったらしく…高校入学直後から家に帰ることもなくなった。

最終的には「彼女と結婚する」と駆け落ちして…音信不通を続けている。

元気にしているかどうかすらわからない。

あの子は生きているのだろうか。今、幸せだろうか。

ただ、それだけも分かればいいのだが。


現状を知る手段は持ち合わせてはいない。あの子の事は、気がかりなまま。

まあ、そういうものなのかもしれないな。


「気を取り直してって空気でもないが…とりあえず、じゃあ、まずは零咲先輩の救助に向けて動き出さないとだな」

「ああ。それで、西間君」

「虎太郎で良いよ…俺があんたを不審者呼ばわりするみたいに、呼び方を変えていたら四季に怪しまれるだろ」

「…わかった。虎太郎。君はこれからも私の正体に触れず、四季のサポートに徹し、蘭太郎同様家庭科室の七不思議を追ってくれ」

「零咲先輩が最優先事項なのか?」

「まあな。彼女が心配というのもあるが…千尋の社交性の高さは君も理解しているだろう。彼女がいれば、情報を話してくれない被害者に対して架け橋になってくれるだろうからね」

「それもそうだな…わかった。じゃあ、四季は借りていくからな」


「魚澄ではないのか?」

「…あいつ、家庭環境複雑だろ。二人で調査にでも出かけて、保護者っぽいことして甘やかしてやってくれ」


なるほど。そういう考えはなかったな。

しかし、君はどうなんだ虎太郎。

家庭環境の複雑さは魚澄程ではないとはいえ、君も大概だろう。

父親が蒸発。共に残された母親は病弱。

留年寸前の成績。それでも母親の病院代や自らや弟三人の生活費を稼ぐ為にバイトへ明け暮れる毎日。

担任から相談を受け、君向けに返済不要の奨学金に関する情報を集めていたから、知っている。

君も、抱えてしまっている人間だということを。


「わかった。ああ、虎太郎。君も遠慮はしなくていいからな」

「は?」

「保護者に甘えたくなったら、私の胸に飛び込んでおいで。今、この姿であれば加齢臭はしないだろうから」

「ぜってーにしねー」


常世側の交流も無事に結べ、一段落。

後は今まで通り、不審者と虎太郎に戻って、何食わぬ顔で四季と魚澄に合流するだけなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ