4:現の協力者
理科室から鏡を回収し、屋上へ。
手順通りに鏡合わせを遂行すると、その先には霞先輩と…見覚えのない男子生徒がいた。
男子生徒は…三年生かな。ネクタイの色が霞先輩と同じだし。
「…霞先輩。霞先輩。聞こえていますか?」
『聞こえているよ、四季。いや…なんでこんなことに…』
新聞部の部長で同じ志を持って水曜日の憂鬱を調査していた三年生———竜胆霞は鏡に映った僕を凝視しながら問いかける。
僕は、彼女の問いに答える必要があるが…結構信じにくい話題な気がする。
「話せば長いのですが、説明すると…僕がいる場所は常世の日和見高校で、ここには「水曜日の憂鬱」の被害者になった生徒が集まっています…」
『なんと』
「僕は七不思議を利用して、現実の霞先輩とコンタクトを取ってみたわけで…こうして上手くいったことに安堵しています」
『確かに…初回は確実性がないからね。そういえば、そちらは今何時かな?』
「ええっと…紘一。何時?」
「九時だ」
「九時、だそうです」
『なるほど。こちらは朝の九時。一時間目が始まったぐらい』
「…ちょうど十二時間のズレがある?」
『そうみたいだね。ちなみに日付は十一月十五日だよ』
「…少なくとも僕は一日程度しか活動をしていませんが」
『こちらとそちらの時の進みは違うのかもしれないね。それも要検証だろう』
「ですね」
『私は明日、こちらの朝九時に鏡合わせをするよ。そちらとこちらの時間の差異を検証してみよう』
「了解です。だけど、霞先輩に苦労を…」
『そんなこと気にしなくていい。むしろこの機を逃さなくてどうするのさ』
「…」
『四季は被害者から直接情報を探る。私は現実でしか調べられない情報を追い、水曜日の憂鬱…その事件の全ての全貌を明らかにし、二人で犯人を特定する』
「はい…」
『貴重な機会だ。むしろ一日一回の連絡では足りないぐらいだよ』
『それなら、俺に考えがある。二十四時間対話が可能にできたらいいのだろう?簡単な工作だ。任せてくれ』
『ホント頼りになるな…』
霞先輩と一緒にいた男子生徒が、さりげなく連絡手段の増強を提案してくれる。
…しかし、この人誰だ?
「四季!そんなところで何してんだ!」
「変なものに取り憑かれる前に帰りましょう…」
「虎太郎…魚澄…」
霞先輩とのやりとりを続けようと、鏡に向き合おう賭した瞬間———それを引き留めるように、壁越しから声がする。
虎太郎と魚澄。ここまで僕らを追いかけて来てくれたらしい。
幽霊の類いが怖くて震えている虎太郎と、怪我が痛むのか顰めた顔を浮かべる魚澄。
二人とも、無理してここまで来てくれたらしい。
『…君の友人が呼んでいるね』
「四季、ここは私が対応しておこう。君は二人と合流して、安心させるといい」
「でも…」
「いいから。私はやるべきことを果たすだけだよ。」
「…じゃあ、お願いするよ。紘一」
「ああ」
『ええっと、誰か知らないけど…いいの?』
「構わないさ。そうだろう?」
『…』
虎太郎と魚澄と合流し、僕はその場を離れる。
戻りながら事情を二人に伝えると…「なんで残ってんだよ」と文句を言いながら虎太郎は魚澄と僕へ先に戻るよう告げた後、紘一の元へ駆けて行ってくれた。
◇◇
四季が二人と共に理科室へ戻る背を見届けた後、見計らったように口を開く。
「…察しが良くて助かったよ。よく黙ってくれていたね」
『…なんのこと?』
『…そうするべきだと、思いましたから』
『千々石…?』
「ここに残ったのは、君と話す時間を作りたかったんだよ、蘭太郎」
『…なんで、千々石の名前』
私が蘭太郎の名を告げると、竜胆君が驚いたように目を見開いた。
ぱっと見部外者の私から、蘭太郎の名前が出てくるなんて想像すらしていなかったのだろうから。
『…彼がいては話せないことなのでしょう?それに、どうしてそんな姿になっているか俺にも聞かせていただきたい』
「事情があってね。今は自分の身分を「記憶喪失」ということで隠している」
『…そうでしたか』
蘭太郎と千尋君は、私が現在日和見に在籍している生徒の中でも過ごした時間が長い生徒達だ。
蘭太郎は賢すぎるが故に授業に物足りなさを覚えていた。そんな彼を校長室に招いて学校ではやらないような学習の面倒を見た事。
千尋君は誰かの役に立ちたいと一人で黙々とボランティア活動をしていた。そんな彼女にかつての自分の姿を重ね、共に活動をしていたこと。
全て私の記憶に残っているし、記憶の中に残っている。
———忘れたりはしない。決して。どんなことがあろうとも。
『千々石、この人知り合いな訳…?』
「竜胆君には何度か会ったことがあるのだが…この姿だからな。分からないだろう」
『…?』
『…まあいいや。渡々枝先生。俺に何をしてほしいんですか?』
『渡々枝って…校長!?若くない!?』
「鏡合わせを利用したように、私も七不思議を利用しただけさ。コンパクトに関する七不思議があるだろう。あれで教師だとバレないようにしている。流石に校長の姿では動きにくいからな」
『それで、新任時代の姿に戻っていると』
『そこは、言ったらなんですけど生徒の姿に戻りません?』
「…偶然だ。偶然この姿になったんだ。本当は私が日和見高校に通っていた時の姿に戻る機だったのだぞ」
四季と合流する前に学校を虱潰しに探し、コンパクトを回収。
それを利用し、老年の自分が日和見高校の校長である渡々枝紘一だとバレないようにしたはよかったが…想定外が一つ発生していた。
それがこの姿。本来なら周囲に合わせて高校時代に戻る気でいたのだが、何故か新任時代の姿までにしか戻れていなかった。
まるでこれが、やり残したことを果たすに相応しい「理想の姿」だと告げるように。
『…事情はわかりましたが、それは四季に』
「言ってはいけない。私の目的を完遂する為には、四季に私の正体を知られてはいけない。どうか、黙っていて貰えないだろうか」
『了解です。それで、渡々枝先生。俺は何を…?』
「家庭科室の七不思議を追ってくれないか。詳細情報を揃えておきたい」
『構いませんが…どうして?』
「家庭科室の七不思議に千尋君が囚われている。早く、助けたいんだ」
『なるほど。零咲か…わかりました。一日時間をください。一通り纏めてきます』
「頼りにしている。それから竜胆君」
『は、はい!』
「第一の被害者は露川魚澄。彼は父親から虐待を受けていたようだ」
『…!』
「「露河」という名の寿司屋の調査を行ってくれ。廃業した時期や原因。そして、露川魚澄の生死を探ってくれ」
『それは出来ますけど。てか、被害者の情報、全員わかって…』
「被害者は推測中だった五番目の子を除き、私自身が事故に遭う前から特定できていた。生死に関しては…分かっている分と分かっていない分がある。私が対応できていない範疇で、容態が急変した子もいるかもしれない。だから、把握している生死は死亡者以外は確定では無いことを告げておく」
『…わかりました』
「私が調査していたものを纏めた資料は校長室の金庫の中に。パスワードは八重さん…私の妻の誕生日だ。蘭太郎、資料の回収も併せて頼む。君なら楽に侵入できるし、八重さんの誕生日は知っているだろう?」
『勿論です。お任せください』
「今後も色々と頼むだろうが…」
『構いませんよ。俺は最期に…先生の為に出来ることを、したいので』
『だから校長は死んでないって…』
「…そうだな。私はここで終わるつもりだ。必ず四季を現実に返すために、私が捧げられるものは捧げる所存でいる」
『…覚悟は』
「とうに出来ている。四季を庇った時から、ずっと。これ以上はもう被害を出さないし、出させない」
『ならばその覚悟に、全力で応えるのみ』
『…まだ、集中治療室にいるのに』
「君の後輩を無事に帰すためには、事件の解決と私の死が必要なんだ。そうしなければ、彼に未来を譲れないのだから。必要な犠牲と考えてくれ」
『…』
竜胆君は悔しそうな面立ちのまま、口を閉ざしてしまった。
蘭太郎もまた、複雑を隠さない面立ちで私の姿を見つめる。
それでも私は進まなければならない。
「想定外の被害者」として、本来の被害者である今坂四季を生還させるためには…私の未来を譲る必要があるのだ。
それを果たす為ならば、私はどんなことでも成し遂げよう。
例え最終的に、四季から恨まれようとも。
「では、話は一通り済んだな。蘭太郎、鏡の前に仕掛けを製作してみよう」
『はい…』
時間は有限。やることは多い。
成すべきことを成し遂げて、今日の私は蘭太郎と竜胆君に別れを告げなければならない。
机を使って鏡合わせを恒常的に行い、今日のところは蘭太郎が持っていたスマホを連絡手段にする。
充電器に繋がれた彼の端末にネットワーク通信アプリを入れ、それを起動してもらった。
最後に、蘭太郎と竜胆君が常に通話状態となれば解決だ。
明日以降は蘭太郎が回収した私のPCを仕掛けに設置して貰い、グループ通話に変えたら二人とも常に通信が可能となる。
これで、完璧と言いたいが…まだ懸念材料は残されている。
後は教師陣に片付けられないような工作だな…。
片付けられては、肝心な時に役立たずとなってしまう。
『先生、これでは…他の教師に』
「少し試したいことがある。蘭太郎、今日は何曜日かな?」
『金曜日、ですけど…』
「…少し確かめたいことがある。明日だけでなく、明後日も時刻を知らせる為に来て欲しい。仕掛けは、私の作戦が上手くいったら恒常設置しよう」
『…何か考えがあるんですね。わかりました』
『んー…通信量、かなり増えるよね…千々石は大丈夫?』
『俺、無制限プランだから』
『そっかぁ…私は通信量決められたプランだから今後が不安…』
「校長室に私が契約しているポケットWi-Fiがある。竜胆君、それを使えば君の懸念は解消されるはずだ」
『いいの?ありがとう、渡々枝校長』
『それも校長室に入った時に回収しておく』
「ああ。君達のサポートが頼りだ。私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
『資金援助でも?』
「それは少し難しいな。流石にキャッシュカードは自宅。お金は全て八重さんに任せている」
『奥さん頼りなのか…』
「信頼しているんだよ」
『先生と奥さん、凄く仲いいからな。凄く優しくて、一ヶ月前に家へ遊びに行った時も紘一さん。八重さんって…お互いに呼んでいてさ。先生本当に見合い婚?』
「そうだが…なんでこんなところで妻との惚気をしないといけないんだ…それに私はこんな姿だが実年齢は六十だぞ…立派な熟年夫婦だったよ」
今日のところは仕掛けを片付けて貰い、終わりにしよう。
一仕事を終えて一息吐いた後、私は四季の元へ戻ろうと階段の手すりに手を触れた。
「———話は済んだか?」
「…戻ってきていたのか、虎太郎」
物陰に隠れていたのだろう。虎太郎が私を見上げる。
…彼なら、構わないか。
私が共に巻き込まれた者として四季を守るように、彼は友人として四季を守っている。
私と彼は似たもの同士。
ここでは、協力できる———貴重な存在だ。
君の感情を利用させて貰おう、西間虎太郎。
もう、演技以外で私を不審者とは言わせない。
事が終わるまで———私を校長とも、呼ばせない。




