第三章 盗賊領主はハンコウする編 「霧にくるまれて……。」前編
……マイケルと婆、もといナーサが苛烈窮まるグールの坩堝へ留まって数時間後。
キャサリンとダナンの二人はキャサリンの索敵スキルによって上手く難を逃れ、大草原から峡谷地帯をも抜けてコルカド領へと足を踏み入れていた。
とは言え、この時点で予想よりかなり作戦行動に遅れが出てしまっている……。
「………。」
ふと馬上からキャサリンに目を向けると、視線に気づいたのか、何食わぬ表情を返したが……その額から流れる玉の様な汗に彼女自身へ掛かる負担、疲弊しているのは明らかだろう。
しかし、それでも尚、ダナンは彼女に負担を強いらなければならなかった。
「……生存者を捜せるか?」
伝書によれば避難民は必ずこちらのルートへ向かう『筈』なのだ……何を置いても先ず合流する事が最優先であろう。
「範囲を広げるわ、その間は無防備になるから移動しましょう。」
移動……常時能力を行使しながらキャサリンが語った詳細によれば、範囲の拡大にはトランス状態を導く迄の精神集中が必須であり、やはり周辺にはグールの群れが異常発生しているらしい。
つまりある程度安全を確保出来るポイントまで移動しなければならなかったのだ。
こうしてキャサリンの指示に従い第一の探索ポイントへ到着したのだが……結果だけ言えば空振りに終わる。
周囲五km圏内にはアンデッドの反応しか見受けられなかったという。
「………。」
第二、第三の探索でも生存者を確認出来なかった……否応なしに脳裏に過る最悪の事態。
キャサリンは次を促すが、ダナンは事の深刻さを理解していたのだろう。
僅かに躊躇いが首をもたげる……これ以上の探索は必然的にコルカド領へ深く踏み込まねばならないのだ。
加えて彼女の負担も看過出来ぬものとなっている。
「目算を誤っていたのか……。」
一瞬、ダナンは撤退を決断しようとした、したがここに至るまでの道程、陽動を買ってでた二人の顔が浮かんでしまう……引き返していいのだろうか?否、いい訳がないのだと。
「次で手仕舞いだよ……今度は僕が『護衛』する、良いね?」
護衛……つまりはグールとの交戦も辞さぬ、安全圏の確保を二の次とするという事に他ならない。
撤退すら危うくしかねないギリギリの選択にも関わらずキャサリンは異を挟まない、寧ろその前提条件で最適の探索ポイントを選定し始める。
更にコルカド領の地形を熟知したダナンの予測も改めて擦り合わせ、最後の場所を割り出し……願う、祈る様に、動きだした。
その道中で遭遇するグールを尽く突っ切り、迅速に森を抜けて川を走り、遂に辿り着く。
そこは見通しの良い、だが泥濘んだ湿地帯に入り込んでいたようだ。
不味い……ダナンは直感的にそう内心で舌打ちをする、馬上での機動力が半減せざるを得ない、しかも到着した瞬間から嫌な気配が纏わりついてくるのだ。
長居は出来ない、ほんの小さな環境音や血の臭いといった変化にもグール共は過度に反応を示す。
おそらく最初の一体と交戦したなら、後は呼んでもいない大群が殺到してくるだろう。
そんな確信めいた予感がダナンの背筋に冷たいものを流させた。
だがそれでもやらねばならないという覚悟が挫けるのを許さなかった。
周囲に転がる幾つかの岩の中で一際大きく、人の背丈よりも巨大なものに目をつけたキャサリンはふわりとその岩へ跳び乗り、座禅を組む様に座る。
「五分間だけ保たせて……それで駄目だったら。」
そう呟き、苦悶の表情のまま静かに瞳を閉じるキャサリン……ダナンは懐中時計を一瞥し、懐へそれを仕舞うと自身も近場の岩へと跳び移り、弓を構えながら周囲を見渡してみる。
(………。)
遠くで蠢く夥しい人影が否応なしに目に入ってくる、加えて嫌な展開は続く、まるでダナン達を嘲笑うかの様に霧が立ち込め始めた……。
じりじりと頭の芯が痺れゆく感覚、たゆたう霧を睨みつけて、思考も白く埋め尽くされるのか?
……最早数m先の見通しもつかない。
ダナンにとっては数倍にも引き延ばされたかの様な時であっただろう。
やがて耳障りな心臓の鼓動も忘却へと追いやられてゆく。
(……まだ気付かなくていい、頼む気付くなよ。)
そんな祈りとは裏腹に次の瞬間……ダナンにとって歓迎しかねる事態が発生した。
霧の向こうから突如として数体のグールが姿を現し真っ直ぐ襲い掛かってきたのだ。
一気に臨界へと達した緊張感を解放する様にダナンは眼を剥いて番えた弓矢を引き放つ!!
鈍重な音を上げ、瞬く間に一番前へ出ていたグールの眉間に突き刺さる……が、僅かに仰け反らせたのみで足留めにもならない。
(頭を飛ばせない!?ならーー!!)
ーー即座に切り替え、淀みのない連続動作で腰のホルダーから鉄製の矢を抜き、番え、引き絞って放ち続ける。
限界まで見開かれた右眼によって付けられた狙いは刹那にも関わらず、正確無比の精度でグールの足部を射抜く。
足の甲、膝、脛、各々が吹き飛ばされ、或いは釘刺しとなって地に伏して立ち上がれない、芋虫が如く這うのみである。
が、無論の事これで終わりではない、幕開けなのだ。
安堵より遥か先に、ダナンの背後で死者の絶叫が木霊するーー
振り向き様に後ろ手をホルダーへ延ばし、状況判断と射撃の隙間を端折るダナンが捉えた光景は……『群れ』であった。
最早、思考に時間を割く余裕等無いと悟り、ダナンは狙いを更に絞る。
視界の悪さを加味しキャサリンを中心とした半径約五〜六mを迎撃範囲と考えた場合、グールの数が不条理と言わざるを得ない。
おそらく数秒で詰んでしまうだろう……ならば足留めは敵自身にしてもらおう。
瞬間的に最大限引き絞った剛弓から放たれた鉄製矢は凄まじい速度で一体のグールを貫きながら後方へ飛ばし、別個体に貼り付ける。
絶妙なタイミングで群れの一角が崩れ、折り重なって後続を阻む。
冷たいものを背中に感じつつ、推測が当たった手応えに内心でガッツポーズを取るダナン。
疲れを知らず、獰猛で素早く数で圧倒する厄介なグールであるが、直線的で戦いという観点で視れば悪知恵が利く部類ではない。
裏を返せば単純な動作しか出来ないのだろう、おそらくこの場に居合わせた群れが邪霊憑依型ではない事の証明でもあった。
(割合いの問題かもだけど……今は好都合ッ!!)
そう希望を見出した直後、愛馬の悲鳴じみた嘶きに別方向へ視線を回すダナン……群れの波が迫ろうとしていた。
囲ませる訳にはいかない!!その一念でダナンはひたすら弓を引き続ける。
キャサリンが探索を開始して、約一分弱の経過……だがダナン達はまだ知らない。
この時、悍ましい脅威が彼らに迫ろうとしている事に。
つづく




