第三章 盗賊領主はハンコウする編 「偉い人との会談では言質を取れ。」
「不意打ちだなこりゃ……『拘束具ネタ』でカマを掛けたのかい。」
淡々と、意地悪く笑うダロスへ問いかけてみる。
「?……いや、ツボに嵌まってくれて悪いけど、その話は事実だよ♪」
ウソつけ……ウソ……だよね。
暫しの間、互いに顔を見合わせつつも俺はダロスの真意が分からない、測りかねる……対照的に彼女は状況を楽しんでいる様で、尚も微笑みを絶やさない。
俺にとっての気不味い空気の最中、見かねたティンの声が頭に響いた。
『ダロスの言葉は真実でしょう……拘束具を外した瞬間から生命反応が十倍強に上昇しました。』
十倍……現実離れした数値に俺は自分の頬が引き攣る感覚に襲われる、と同時に眉を顰めるロジャーに目がゆく。
嘘じゃない訳だ、ハナっから俺達の命を取れる状況下で、それを下敷きに脅しを掛けてこないのは何故だ?
コイツの目的が不透明過ぎて足がかりが少ねえ、ならこっちからアクションを起こすか。
「………♪」
「バレちゃ仕様がないな、アンタの指摘通りだ……何時、何処で、何の目的か、どんな方法で世界を渡ったのか、俺の背景はアンタがこれから開示するカード次第だわ。」
……敢えて肯定したった♪その瞬間に仲間たちの気配が粟立つのが分かった。
だがダロスは「ふ~ん。」とボヤき顔色ひとつ変えない。
「その申し出には興味ないな〜♪個人的には君の世界の技術や文化に興味が有るけどね。」
その瞬間、更に口角を上げて笑うダロス、これは……もしかして……やらかしたのか俺?
「君のデリケートな部分を意図せず刺激してゴメンね♪」
「………!?」
俺はもう絶句するしか無かった、勝手にイキって自爆、空回りしてたのかよ。
「ホントにゴメン、元異世界人が身内にいるからさ……それなりにネタは知ってるよう♪」
そうにこやかに喋りながら、ソファーに座る様に促された。
不貞腐れた俺がどっかりと腰を降ろすと、続く様に座ってゆくがロジャーとイチだけは俺の後ろで控える様に起つ。
元異世界人?身内?さらっと爆弾発言をカマしながら、コレで勘弁してとばかりに舌を出してテヘペロってやがる……駄目だ、コイツとはどうも相性が悪いかもしれない。
がそんな苦虫を噛み潰しまくりの俺へ手を合わせ、あざとく謝罪した後、間を空けて上げられたダロスの顔からは柔和な色が失せていた。
静かに息を吐き、一度、華火たちへ視線を向けると改めて俺に向き直して口を開く。
「ーーでさ、鬼族の先代首領である鳳禅殿とは昔からの知己でね、彼の事と人間領で起きてる事が知りたいんだよ。」
美少女らしからぬ威厳に充ちた表情と声音に、俺は自然と息を呑むが、気後れしている場合でもないと奥歯を噛む。
「ツレの事を知りたいのは判るよ、けど人間領で起きてる事ってのはボヤけた物言いじゃない?」
ーーダロスはただ静かに首を横に振ると、何事かを思案した後にゲテゲテにお茶と軽食を持ってくる様に言い付けつつ、俺の様子を伺う素振りを見せる。
「先に誤解がないようにこちらの事情を話すよ……魔族領で起きた異変をね。」
「…………。」
そう言ってぽつりぽつりとダロスは語り始めた……のだが、率直に言えば、俺達は驚愕と納得の半々で聞き入る事となった。
まず最初にひとつの勘違いを正された、鬼人族に人間を奴隷として売買した事実は無かったそうだ。
魔王軍と人類との熾烈な戦争が行われていた時代から、境界線に面した集落の人間たちは様々な事情で同胞を関所から追い出し、要は捨てていったらしい。
罪人の流刑、魔獣への生贄、子供や老人の口減らし……過酷そのものの環境である魔族領において、やはり大半は生き残れなかった。
だが鬼人族が台頭していた時代、見かねた当時の首領が人間たちを保護しだした。
比較的に生活様式が近かったのも手伝い、混血を防ぐ意味合いで一族と分け隔てはあるものの、熱心に子供たちを教育し、働き手になれる者は情勢の安定した有力種族へ送り、老人に至っては静かに余生を看取ったりもしたそうだ。
また、全くトラブルが無かった訳ではないが、送り出した先は鬼人族と懇意にしていた種族であった事もあり、混血種を禁忌としながらも最終的には各地の勢力内で幾つかの集落を築いた。
信じ難いが、過酷な権力闘争に明け暮れる種族にとって、人類は煙たがられる事はあれど蹴落とし合う存在としてはノーカンらしい。
個人的には、それって家畜やペットの扱いじゃね?と思ったが話がややこいので黙っておこう。
話を戻すが……つまり鬼人族と繋がりの無い種族の側から見た印象が歪み、風評被害として奴隷売買の噂が生まれたんだそうだ。
「さて、ここからが本題なんだけど……相も変わらずバトル脳の楽園みたいな魔族領で、最近ふたつの異変が発生したんだ。」
「もしかして鬼人族の里が滅んだ事ですか?」
空気を読まず、華火がダロスの言葉を遮る様に口を挟んだ……知らぬが仏か?マジで気を遣ってるこっちがバカらしくなるわ。
「確かに鬼は中辺の有力種族だけど、没落自体は魔族領の摂理でしょ。まぁ、でも関係はあるかな。」
関係ある……その物言いに今度は赤詠が顕著に反応を見せる。
「ずっと気になっておった、よもや里を壊滅させたあの魔獣ですかな?」
「逆に聞くけど、何故に気になったのかな?」
「………あの魔獣は、想像を絶する脅威だと感じました、何より里の水源を枯らしおった。儂が知る限り、そのような特性を持った化け物は知りません。」
「うん……魔王様も君と同じ見解だよ。それがひとつ目だ。」
ぽつりと呟かれた魔王という言葉が、やたらと重く感じられた。
そしてそれは魔物である者達にとっても一様だったのだろう、次の句を継ぐ様な雰囲気ではなくなっていた。
そんな空気を読み、間を置いてダロスが口を開く。
「一年ちょっと前に鬼人族の里を壊滅させて以降、ボクらも痕跡を追っているけど、あの魔獣が姿を現さないもんだから、困難を窮めてる。」
「そこんトコ詳しく聞いて無かったから判んないんだが、どんな姿してんのソイツ?ンで何で魔王様はソイツに気付いた訳?」
刹那、何気ない俺の質問に鬼どもの鋭い視線が突き刺さる……至極まともな質問だろうよ、オイ。
「魔王様って千里眼的な眼を持ってらしてね、多分、今この場の光景も会話も聴いてると思うよ。ンでね、魔獣が現れた時に独特の瘴気を感じて視てみたんだって。」
さっきからずっと物騒な事をぶっ込んできやがるな、ダロスちゃん……。
まぁ、そこからは実際に戦った赤詠と水連がダロスの許しを得て話し始める。
「アレは……あの化け物は、生物としては有り得ない姿形だった。基本的には多分、巨大な亀なんだろうが……。」
「有り得ないって、亀なんでしょ?どういう事だよ。」
要領を得ない説明にミシェルたんが揚げ足を取ると、睡蓮は微かに口ごもり、やがて天を仰ぐ……それだけ言葉にし辛い姿だったのか。
「ミシェルたん、ここは黙っておこうネ♪……ってかチャチャ入れんな。」
「…………。」
「続けるぞ、俺たちが見たままを伝える……アレは20〜30キュイ(メートル)程の巨体で、甲羅から四肢が延びていたが、特異だったのは三つ首と三つの尻尾を持っていた。それだけじゃなく、頭部は千歯の様な口腔になってたんだが、鼻、耳、目と思しき器官が無かった。」
「ああ、あと尻尾の先端が牛歯を持った獣の口になっておっての、ありゃあ尻尾の方が頭部だったんじゃないか?」
鼻と耳目が無い?尻尾と頭部に口があるって……えげつない化け物である、だがまぁ、深海生物とか永い年月をかけて使われなくなった器官が退化して名残りしかなくなるって話は聞いた様な気がする。
だが話を聞いていると、この時、何故か既視感というか、デザイン的な親しみを俺は感じていた。
ソファーの背もたれに寄りかかり、自身の感情の正体を考えてみると、差して時間も掛からずにソレに思い至る。
灰色の学生時代に慣れ親しんだファンタジーゲームだ。
「なぁ、的外れかもしれないが……それって魔法で召喚された怪物って事はないの?」
そう言葉に出した瞬間、場の空気が凍りつく。
「いや、そんな系統の魔法は聞いた事がない。」
断言する様にそう言い切ったのは傭兵稼業に身を置くミシェルだ、これはそのまま人類側では無いと受け取り、俺はダロスに視線を向けて答えを促す……が、返答はミシェルと変わらぬものだった。
しかしここで、ダロスの言葉尻が淀む。
「ーー今迄は無かったが正しいかもしれないね。改めて確認するけど、その化け物には目が無かったんだよね?」
「……ええ、注意を払って見てましたが、その様なものはありませんでした。」
「じゃあ攻撃はどう?損傷を与えられたりした?」
「いえ、こちらの攻撃は全て弾かれたので、ダメージは無かったと思います。」
攻撃は弾かれた……その言葉に僅かにだが眉をひそませダロスは暫くの間、沈黙を守っていたが、やがて意を決した様に口を開く。
「詳しくは教えられないけど、失われた太古の禁呪法のひとつに、精霊を顕現させて縛るものがあったよ……甚大なリスクを幾つも払い、精霊から眼と心臓を奪って使役するんだけど、精霊は精神生命体だから物理攻撃が通用しない筈なんだ。」
「何となくだが、攻撃を弾くのはおかしい、理屈に合わないって事か?」
ダロスは俺を横目で見つつ、首肯してから続ける。
「でも偶然の一致で、片付ける事は出来ないね……それに、だとすれば鳳禅殿の行動にも説明がつく。」
刹那、鳳禅の名に色めき立つ鬼たち……それぞれに思う所があったのだろう、だが三人の中で、華火の反応が一番顕著であり、嫌悪とも思える印象を俺は受けた。
その様子を何とも言えない表情で見やるダロス。
曰く、鳳禅は文武に優れた武人であり、決して敵前逃亡をする様な者ではないという。
もし精霊縛りだと彼が気付いたのなら、周辺に眼と心臓を持った術者を捜そうとしたのかもしれない。
知己だと、そう憚りもせず言ったダロスの推察に対して、華火の様子が変わる事は無かったが、少しだけ俯いた様に俺には見えた。
今更だと、全てが遅すぎたと、そんな後悔を滲ませている様に……。
「俺たちはアームベルン領で二度……断定出来ないが、鳳禅さんと外見が似通ったグールと出くわした。」
……ピクリと華火の両肩が跳ね上がる、対してダロスはただ「アームベルンか……。」とだけ呟いた。
人間領で起きてる事を知りたい……先程、確かにダロスはそう言った。
そして何故に誤解を解くという題目で、魔族領内の人間の話しをしたのか?
不明瞭ながらも気付いていたんだ、無関係である筈がないと……。
不意に扉から響くノックの音、間を置かずに入室してきたゲテゲテは配膳台を押し、まず上座に座るダロスの左側からティーカップを差し出してテーブルへ置く。
「………。」
この間、ダロスはカップへ視線を落としている様に見えた。
俺も何気なくカップを見ると、琥珀色の水面が静かに揺れ、微かに香気が立つ。
「全員……失踪したのか?」
お茶に口をつけ、カップをソーサーに置いてからぽつりと呟いてみた。
その場に居たほぼ全員が俺の言葉の意味を理解出来ずにお茶を啜り、ミシェルに至っては余裕で聴き逃したようだった。
ただ、ダロスだけが理解していた……故に、短く、相槌に近い形で肯定を示した。
おそらくは俺たちを慮り、簡潔に告げたのだろう言葉に俺は溜め息を吐く。
「ウェストバークに現れたグールの大群、あれは魔族領で失踪した人間だったんだな。」
余りにも冷たく、重い空気が張り詰めてゆく。
「…………。」
「ダロスさんは失踪した人間たちがグールにされた事実を把握してた?それとそれをやらかした張本人を知ってるんじゃないか?」
「いや、今初めて知ったよ。魔族領でグールは確認されてないし、人間領には不干渉ってのが通例なんだ……それとアンデット化を可能とする存在にはいくつか目星がついてる。」
へぇ、犯人を絞込でるって訳だ……。
「吸血鬼とリッチ、双方が使役するグールの特性を持ってた……と言えば、更に絞れるんじゃない?」
「………!?」
その瞬間、ダロスは明らかに動揺していた。
眼を見開き、フリーズした様に唖然と俺を見ていたからだ。
しかし暫く変わらぬその様子に、俺は違和感を越え、戸惑いを抱えてしまう。
やがて……ようやく視線を外し、もう一度カップを手にしてお茶を啜ると、ダロスは黙ったまま俯き、息をつく。
そんなに俺の言葉がショックだったのだろうか?
コミュ能力に難がある俺ではこんな時、どうすればいいのかが分からない。
少しくらい周りも助け舟を出しやがれよ、と心中で悪態を吐いた時……丁度、ダロスが顔を上げた。
初めてだった……程度はあれ、常に人を喰った様に笑顔を崩さなかったその表情が、緊張から強張っているとひと目見て分かったからだ。
しかしそう思った次の瞬間、ダロスちゃんから告げられた驚愕の言葉に……俺は衝撃を受けてしまう。
「魔王様が……魔王様がキミにお会いになるそうだ。」
つづく




