第三章 幕間 「巡り合う運命」
ーー最果ての町 正門
石積みで組まれた防壁は厚く、必然的に出入口もアーチ状のトンネルを進んだ先にある。
また町を囲むこの防壁上部は幅数mの通路となっており、自由に行き来可能であるが砂漠地帯特有の陽射しで恐ろしい熱を帯びている為に誰も近づかない。
唯一、上下開閉式の鉄柵を巻き上げなければならない門番を除いてではあるが。
しかし現状ではその仕事も先の鬼人族襲来によって防壁へ数カ所にも及ぶ大穴が開けられた事で半ば意味のないものとなっている。
……おそらくは財政的な問題により防壁の再建など二の次として捨て置かれたのだろう。
「………。」
正門の内側に在る日陰に座り込む露店の列に混ざり、その老婆は居た。
傍らに杖を置き、折れた右足を撫でていると獣人特有の耳がピクリと動いて顔を上げる……気配を察したのだろう、遠くから歩み寄って来る老人へ彼女は笑みを向けた。
「あの子たちはどうだった?」
開口一番でそう言われ、何故か老人は赤ら顔を歪めて苦笑してしまう。
「……余程気に入ったんじゃな。」
ゆっくりと老婆を抱き起こすと、彼女のほつれた白髪に触れて顔を寄せてゆく。
「イーシン?真面目に答えな。」
「愛妻の命の恩人じゃで、無下にはしてこんよ。」
……そう言いつつ先程、鬼の巣窟で見た異様な青年の姿を思い返す。
「しかしあの小僧……無茶苦茶な奴だったわ。」
「確かに危うい印象だったけど、アンタの目から見てもそんな感じかい?」
「練気術はおろか内功にも目覚めておらんのに、ワシより上の段階におったよ。」
「……?アンタより強いってのかい。」
肩を借り正門へ向いつつ、夫イーシンの表情を伺う老婆。
その眼差しに破顔しながら、徳利を呷ってからイーシンは継ぎの言葉を紡ぐ。
「普通に弱いぞ。」
「………!?」
「落ち着けマオ……ちゃんと話すよい。」
咎めようと声を張り上げる寸前、珍しく真面目な声音で名前を呼ばれ、老婆は思わず息を呑んでいた。
その様子を認め、一旦トンネルの中間の石壁へ彼女を座らせるとイーシンは跪いて骨折した右足に手をかざす。
「ワシの内気功で負担を掛けずに、治癒まで一週間って所かの。」
「ワタシゃ普通の老人だからね、内功で生命力を活性するのも限界があるんだろうよ。」
「実はの……あの小僧に孤蠱哩孔を突いた。」
孤蠱哩孔……その名を聴いた途端、マオの眉間ヘ収束した様に深い皺が刻まれる。
「本来なら敵の精気道ヘ内気功を送り、塞ぐ事で心身を著しく乱して絶命に至らせる禁じ手じゃがの。」
「知っているよ、けどアンタがワタシの恩人にそんな業を使うとは思えない……なら殺す以外で使う理由があったんだね。」
「内気功を操るとは第六の感覚に覚醒する事だ、それは世界の片鱗を認識するも同義。更に究めると汎ゆる力の流れを識り、世界の在り様を実感出来る様になる。これを第七の感覚……『第七真是観階』と呼ぶ、ワシを含めてこの境地に至った者は流派の開祖だけだ。」
境地に至っていない……その言葉を受け、マオは先程の疑問に思い至る。
確かにイーシンは上の段階に在ると言っていたのだ。
「あの子は第七感に目覚めているのかしら?」
「判らん、もしかしたら段階をすっ飛ばして更に上の領域で生きてるかもしれん……いずれにせよ危険に違いないが、後は『あの嬢ちゃん』に任せるさ。」
「嬢ちゃん?あの御方が来てるのかい!?……呆れた、アンタまさかやるだけやって丸投げしてきたの!?」
……呷ろうとした徳利を速攻で取り上げられ、凄まじい剣幕でそう詰問する愛妻に対してイーシンは煮えきらない生温かい笑顔を浮かべるのみである。
実際の所、イーシン自身は思いつきに委ねた行き当たりばったりであったのだろう。
「………。」
その時、不意に正門から微かに熱風が吹いた……何かを促し、急かすかの様に……少なくともイーシンにはそう思えた。
「そろそろ一度帰るかい?」
何処か遠くを眺める夫の横顔ヘぽつりと問うと、静かに一言「……ん。」とだけ返す。
それは永い年月を経た二人だけの空気感であった。
(小僧が語った事情が真なら、おそらく儂らは同じ道におる……ならばまた会うじゃろうよ。)
一瞬後ろを一瞥し、だが心を残さぬように二人は最果ての町を後にして行った。




