第三章 盗賊領主はハンコウする編 「舐めプ女(鬼)VS屈伸男の前哨戦。」
「さて、いっちょ行こうか。」
そう何気なく肩を回しつつ、俺は武舞台上の敵を見据え片脚を上げようとした……その時だった。
「……ちょっと待たんか。」
突然そう話しかけられ、俺は声の方ヘ首を向ける……と、そこには先程まで寝そべっていたジィさんが真横でふらふらと身体を揺らしながら立っている。
「ちょ、酒臭いってジィさん大丈夫かよ?」
「まぁまぁ、気にすんな……それよりもホイッ♪」
正直キショいと思った……思った次の瞬間、唐突に額を指で小突かれた。
痛ぇ、デコピンをくらったのは小学校以来だわ、ちょっと苛つくわ。
怪訝な表情を向ける俺に対しジィさんはからっ風の様に高笑いを響かせてくれる。
「気合いを入れ直してやったのよ、皆先程の死合で満足しちまってるからの……せいぜい消化試合にしてくれるなよ。」
そう言った側からジィさん自身が背中を向けて歩きだしやがった、何なんだよ……。
「おいおい、観てってくれないのかよ?」
「んーー?名残惜しいがワシも忙しくての、お互いに生きてりゃまた出会うじゃろ。」
飄々としたそれでいて皮肉の利いた言葉じゃないか……早々に遠ざかってゆく千鳥足のジィさんを心配しつつ、俺は心の何処かでその姿を好ましく思っていた。
「何してる!?早く(武舞台ヘ)上がれ!!」
急かされちゃったよ、まぁいいけど。
俺は今度こそ武舞台ヘ上がり、先に待っていた対戦相手を見やる……確か華火とか言ってたか、身長は俺より有るな、180cm前後といった所か。
一見すると紫紺の甲冑を着込み、凛とした佇まいに整った顔立ちでクールビューティー系だと思うが、緑髪でのツインテールのせいでチグハグ感が否めない印象だわ。
……いや、そんな事は本人の自由か、余計なお世話でしかないだろうよ。
「まぁ何だな、お手柔らかに頼んます。」
試合前の社交辞令という訳じゃないが、礼を尽くそうと俺は握手のつもりで手を差し出した……んだが、彼女は無反応で視線を落とし舌打ちをしてきた。
うん、美人さんの高圧的な態度は嫌いじゃないよ、ミシェルやキャサリンである程度は慣れてるし何なら胸が高鳴りもするさ……けどね。
「戯れるな、薄汚い人間風情が、私と対等のつもりなのか?」
いやはや、とんだ困ったちゃんである。
……周囲の鬼共の反応もちょっとダラケてるし、ジィさんの言葉じゃないがどうも消化試合だと思われているっぽい。
「つまり何だ、勝って当たり前と思ってる相手に対してアンタはイキってくれてる訳だね♪」
「…………。」
おやおや、完全黙秘かい……じゃあもうちょい揺さぶってみるか。
「じゃあ余裕な様だし、ひとつ余興を受けてくれない?」
「……ハンデでも欲しいのか?」
「要らねぇよ♪アタマがトロいのな……テメェのせいで勝負がつまんなくなるのはゴメンなんだよバーカ。」
バーカの声が口から溢れた途端、いきなり女が消えた……いや、踏み込んで来やがった!?
速いッ!?そう驚愕する暇もなく、既に俺の眼前へ太刀が迫っていた。
「………。」
「どうした?俺を斬るんじゃなかったか?ってまだ試合始まってもねーし、鬼ってのはただの卑怯者なんだな。」
両手を広げ、観客を煽る様にそう高らかにアピってみた瞬間、会場は怒号で埋め尽くされ異様な熱気に包まれた。
それにしても危なかった……体感時間の操作を最大限にしなけりゃ斬られてたわ、まぁ傍から視たら余裕で避けた様に視えただろうけど。
等と思ったタイミングで壇上から『始めッ!!』と明らかに苛ついた声が上がった。
何となくだが、赤詠といい水蓮にしても、どうやら元々このおっさんとは反りが合わないようだ……。
という事はこの華火とかいう女も何かしらの事情が在るんだろう……知ったこっちゃねぇが。
「始まったぞ……来ないのか卑怯者。」
一転して今度は暫しの沈黙が流れていたので俺は少々焦れた声を出してしまったのだが、対する華火は意外な事を言い出す。
「その前に、お前の余興とやらを言え。」
「へぇ、受けるンだ……そうだな、じゃー勝ったチームが負けたチームにひとつ命令を叶えてもらうってのはどうだ。」
「こっちは勝って当然だからな、断る理由はない。」
「ハッ、テメエの言質なんざ要らねぇよ♪」
俺はあざとく壇上のおっさんをチラっと視線を送る……ってダラダラ喋ってたから、明らかにオコでやんの♪
アピが足りないと思い、重ねて誇張したボディランゲージで言質を促してみる。
……と途端に会場が静まり返りやがった、アレっ?スベったかなと思い、周囲の鬼共を見ると、その表情が等しく青褪めている……そんなにこのおっさんがコエーのか。
「フフッ……良いだろう、鬼人族の誇りに賭けて順守させよう。良いな華火……それと分かっておると思うが、万が一負けた場合はーー」
「理解しております。」
気持ち悪い物言いだ、命令をきくだけの人形のそれと変わらねぇわ……。
「ンじゃーー改め……って!!」
俺は速攻とばかりに、気合と同時に踏み込みつつ、ワザと大仰に振りかぶって華火の顔面目掛けて拳を突きだす。
「………!?」
……無論これはブラフだ、直前で振り腕の軌道を変えて異次元BOXから直で取り出したダガーで切り付ける!!
ヒール顔負けの不意打ちだったんだが……僅かに頬を掠めるに留まった。
っというか、避けるのかよ?シャレになってねぇ反応速度だ、マトモに戦り合って勝てる気がしない。
だが面食らってる分、プレッシャーは掛かってるようだ、なら上々だろう。
続け様に斬りつける!!……と見せかけてバックステップと同時にダガーを顔面目掛けて投げた。
いや、投げようと企んだ途端、既に華火が距離を詰めていやがった。
二手目の初動に合わせた前蹴りを放たれ、俺は『想定外』のガードを強いられ、更に後方ヘ飛ばされてしまった。
「………。」
余裕かましやがって……わざわざ太刀じゃなく蹴りでくるとは、オマケにしたり顔で笑ってやがる。
ガードを噛ませた腕が痺れ、思わずダガーを落としてしまう、骨折が治ったばかりだってのによ。
「その粗末なエモノを拾わなくていいのか?何なら待つけど。」
「えっ?ワザとだお、お前を倒すのにいらねーよぉ。」
……はっきり言って強がりだったが、そんな事は最初から分かっている、何より現状で一番の問題は敵の強さではなく俺自身に在った。
予想外のガードをしなければならなかった理由……それは、『時間操作』の発動が出来なかったからだ。
本来であればティンの助力で発動していたこの能力を、俺は後付けの感覚をトリガーにする事で行なっていた。
例えるなら自分の背中に翼を生やしたとしよう、無論そのままでは翼は動かせない。
後付け故に翼の筋肉を動かす感覚が備わっていないからだ、しかしティンは不測の事態を想定し、疑似的な思考感覚を構築してコマンドのひとつとして残していたのだ。
あくまで疑似的である為か、実際にこの感覚を扱うのは難しく、自身及び周辺時間の操作という途方もない能力を最大限発揮出来ているとは言い難い。
しかし劣化版とはいえさっき迄は安定して使えていたのも事実なのだ。
それが今ではそのトリガー感覚自体が消失してしまっている……不味い、何かが俺の中で起きている、最悪の非常事態としか思えない。
ネバーランドの起動は出来るだろうが、現状の俺ではシステムを精査し対応するなんて真似はしようがなく、起動自体に意味が無かった。
完全に素でこいつに勝つしかない……もうほぼ詰みと言っていいだろう。
なら諦めるのか?……そう今問われたなら、俺の答えは一択だ。
勝つだけだ、足掻いて足掻いて足掻き倒してでも勝ち筋を掴み取る。
「………。」
決意も新たに呼吸を整え、僅かずつスタンスを広げてゆく……まずは目先のコイツをどうにかするのが最優先だ。
つづく




