第三章 盗賊領主はハンコウする編 「純然たる決着。」
ぐッじゅっ!!……肉が押し潰され、骨身が軋む鈍い音と共に数m後方ヘ飛ばされるロジャー。
息を乱し僅かに膝を揺らすその様は既に無傷とは程遠い。
(不味いぜロジャーの旦那……確実に攻撃より防御を選ばなきゃならねぇ状況が増えてやがる。)
ミシェルは戦いの趨勢を見逃すまいと、流れ込む汗を無視して目を見開いていた。
……そんな彼女から見て、状況はかなり悪いと言える。
先程の出血によって右眼の視界を奪われて以降、ロジャーのフルカウンターはその効力を半減、否、崩された。
そして事この戦いにおいて、カウンターに含まれる回避こそが最も比重を置かねばならないファクターであったのは相違ないだろう。
現に防御へと舵取りを切らねばならなかった現状が全てを物語っている。
未だにロジャーが直撃を受けた場面は無い……無いにも関わらず、赤詠の攻撃は防御の上からロジャーの芯ヘダメージを与えていたのだ。
無論、ロジャーの攻撃も頻度を下げたとはいえ赤詠にダメージを与えている。
しかし既に蓄積されたダメージがロジャーのパフォーマンスに影響を及ぼし始めており、遠からず致命的な事態に陥るのは明らかであった。
(削り合いに持ち込まれた時点で、勝率は一割を切るか……だが!!)
次の瞬間、身体を捻り込みながら低い態勢で、赤詠の足元へと飛び込むロジャー。
(儂らの戦いは……0か100よ!!)
スタンスを広げ、石畳ヘ撃ち込む様に右拳を振り下ろす赤詠……刹那、ロジャーの鼻を捉えた拳を両掌が包み、展開する様に開かれた両足が双頭の蛇が如く右腕ヘ絡みついて昇る!!
いや、それは赤詠の主観に過ぎないだろう、実際には腕を引き込み、絡み着いた下半身とは逆ヘ腰の回転を連動、広背筋で延ばし投げる組み技であったが、モンテは思わず唸っていた……その技に見覚えがあったからだ。
(ドラゴンスクリュー?違うな、アレは観客に魅せる技だ。だがロジャーは瞬時に肘を極め、かつ捩じり切ろうとしている。)
この時、モンテは該当する答えを導く事が出来なかったが、実の所その組み技自体は存在している。
サンボをベースに、腕ひしぎ十字固めとドラゴンスクリューを複合したかの様なその技はエンターテインメントであるプロレスには則さぬ人体への破壊力を持ち、柔道においては実戦に向かないとされてきた。
アマレスの黎明期に考案され当時は正式名すらなく、時代に埋れ時として掘り起こされる幻の技……通称として創始者の名を冠した『八田投げ』或いはプロレスではタイガースクリューとも呼ばれる。
「……ガッ!?」
顔を顰め、即座に前転しながら仰向けに倒されてしまう赤詠、このままロジャーが捻り上げれば肘関節は内側から折れて筋肉を突き破って露出するだろう……と思われた。
が次の瞬間、赤詠が右腕を跳ね上げるのと同時にロジャーは飛び退く。
再度距離を取る形となった両者に、観客と化していた鬼たちも呼吸を忘れたかの様に見入っていた。
一体何が起きたというのか?事態を理解出来ないでいるモンテの視界の端で、寝そべる老人がぽつりと呟く。
「脳を揺らされたかの……じゃが、よくあの形にまで持っていったものよ。」
そう告げ、促されるままモンテがロジャーの両腕を凝視すると、明らかに彼の腕はか細く震えていた、おそらく脳震盪で力が入らなくなっていたのだろう。
それでも尚、追撃を警戒し自ら離れる判断を下した速さに皆、驚嘆せざるを得なかった。
状況は決定的に赤詠に傾いた、今、追撃を掛けられればロジャーに抗う術など無い……観ている誰もが試合の終わりを確信する最中で、だが当の赤詠もまた微睡みに近い停滞を余儀なくされていた。
無理矢理跳ね上げた右腕は反応せず、その上蓄積されたダメージ量も既に限界水域を越えていたのだ。
しかしそれでも尚、鋭く光を放つ両者の眼は互いを捉えて離さない。
細く永く息を吐きつつ、一瞬でも速く回復に努めるのみである。
(……おそらくロジャーは先に動かない。)
否、正確には動けないと言った方が正しい、自身の非力な打撃力では赤詠を仕留め切れないと痛感した以上、残された手段は相手の力を上乗せして叩き込む愚直なまでのカウンターしかないのだ。
そう勝負の趨勢を案じている最中……不意にモンテは赤詠の姿に違和感を覚える。
(何だあれ……下腹部が光っている!?)
赤詠に向けられた他の者達とは違うモンテの反応、戸惑いに気付き寝そべる老人は酒を呷りつつニヤリと笑う。
(面白いなこの童……鬼どもも気づかぬ丹田のアレに気づいたかよ。)
尚も輝きを放つ光は橙色から……次第に青ヘと変わり胎動するが如く明滅してゆく。
それはまるで……まるで命そのものの輝きに思えてならなかった。
最早、畏怖を越え畏敬の念を抱くに至ったが故にモンテは嫌な予感を止められない。
ロジャーは今、その得体のしれぬものと対峙しているのだから……。
「………。」
ただ静かに緩やかに、ロジャーは雑念を捨てて五感を深く研ぎ澄ませ赤詠を感じる……全ては鏡合わせが如く、合一し、やがて一点ヘ帰結してゆく。
両腕の痺れが拡大した感覚によって苦痛に変わろうとも最早どうでもいい……得も言われぬ不可思議な万能感に包まれ、思わずはにかんで笑う。
ーーリィィン……とロジャーの周囲の空気が張り詰めてゆく音を、確かに赤詠は耳にした。
刹那の瞬き、その狭間で、赤詠の胸に去来する在る思い……。
「己の感性に殉じるか、一途よな……じゃがその一途さが貴殿の枷になっておるのよ。」
「………。」
ロジャーには赤詠のその言葉が示すであろう真意を汲むにまでは至らなかった。
が同時に何故かこの勝負が終わったなら、それが理解る様な気がした……。
始まりが在れば、必ず終わらせなければならないのも然りである……身体が打ち震える程の恐怖と歓喜を共有し、それでも尚、惜しいと二人は思う。
惜しいが、今この場面で回復に時間を費やす事は勝負を穢し、貶めるだけであろう。
ザッーーと軸足が石畳を擦るかの様に後方へ開く、どちらがではなく、決着を求めての初動は……やはり同時であったという。
「「……オオォォォーーッッ!!!」」
奏上し、相乗されゆく両者の絶唱が身震いを以て静観する者共へ伝播せしめる最中……一秒にも満たぬ終局への踏み込みが訪れる。
そして激突の瞬間、決着を告げる音は、余りに鈍く、小さく、余韻を残さずに消え失せた。
「………。」
「………。」
全てが終わった後、朽ち果てた大木が如く佇むのみである赤詠に対しロジャーは……笑みを称えたまま、崩れる様に倒れていった。
次の瞬間、鬼どもの歓声が地響きが如く沸き上がる。
その反応に壇上の繕玄は憮然と見下ろすのみであり、彼の胸中など最早誰も気に留めていなかったのだろう。
勝利宣言も成されぬまま、いや、意に介さずモンテとミシェルはロジャーの元ヘ駆け寄る。
「安心せい……ロジャー殿は生きておるよ。」
気絶しているロジャーの呼吸を確認し、安堵するモンテを見やりつつ、赤詠は掠れた声でそう呟いた。
「アンタ一体……いや、何でもない……。」
モンテは口にしかけた問いを呑み込んだ、二人の勝負に何かを投げ掛ける事が憚られたのだろう。
そんな彼の様子に赤詠は傷だらけの顔を皺くちゃにして微笑む。
あの瞬間……大多数の目にはロジャーの拳の下方ヘ滑り込む様に、赤詠の拳がスライドし脇腹ヘ突き刺さった印象であっただろう。
が『一部』の者達のそれは違う……。
モンテもその一人であったが、彼はロジャーのカウンターの本質を知るが故に、最後に見せたロジャーの挙動そのものに違和感を覚えていた。
端的に例えるなら、単に同時攻撃を仕掛けただけに映ったのだ、あれは、あの一撃はゴブリン・パンチャーどころかカウンターですらなかった。
いや、違和感はそれだけではない……モンテが目撃した光、ロジャーが拳を繰り出した刹那に周囲ヘ青い光、否、気流が発生した様にも見えたのだ。
(腹で光ってたものが放たれた……のか?アレは魔法とは違う気がする。そいつがロジャーに影響したと考えた方が自然か……こんな時にティンが居りゃあ鑑定出来るんだがな。)
まぁ何にせよ、無事で良かった……そう結論付け、ロジャーを抱えて武舞台を降りるモンテ。
その姿を眺めつつ武舞台下で徳利を揺らし、ニヤリと笑う老人。
実の所彼はこの時、モンテを見て笑ったのではない……一瞬、気絶したロジャーの丹田に山吹色の灯火が胎動するのを見逃さなかったから笑ったのだ。
(ここにも面白い小鬼が居ったか……『練気術』を直接受け、螺旋の道を拓いたかよ、才覚よな。)
◇
「さてと……ミシェル、応急処置を頼んでいいか?」
ロジャーをゆっくりと横たえ、異次元BOXから救急キッド(ギャンビット号製)を取り出してミシェルへ手渡すと、溜め息と共に振り返るモンテ……。
「ああ、構わない、構わないがお前……勝つつもりなのか?」
「イチの事もあるしな、さっきまでは別に勝つ気なんか無かったよ。」
「……さっきまではかよ。」
「そういうこった……久々に勝ちに行きたくなっちまった。」
それ何時もの事だろ……そう内心で呟きつつ、ミシェルはモンテの背中を見送る。
◇
はてさて、どうやら柄にもなくロジャーのアツさに当てられたらしい……俺は思いつく限りの挑発的な表情を浮かべ、武舞台の上から見下してきやがったソイツに笑いかけてやった。
つづく




