第三章 盗賊領主はハンコウする編 「戦場の貌」
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淡々と落ち着き払って語るロジャー……その時、渦巻く鬼人達の視線を鋭切なる声が裂いた。
「黙って聞いておれば戯言を……第一財産の没収は敗者の義務、没収はその男だけではあるまい。」
玉座から見下ろし、繕玄はロジャーを嘲笑うかの様に溜息をついて見せる……が。
「勘違いも甚だしいですな……ガーチャさんの名誉の為に名言しておきます。あの方は自ら差し出したものに執着などしない、それを筋違いの怨恨であると断ずるとは余りに稚拙であると言わざるを得ませんね。」
威風堂々とした所作で繕玄を見据え、そう言い放つロジャーの姿に、赤詠は声に為らぬ唸りを洩らすと一拍の間を空け、枯れた声音を更に絞る。
「差し出す事の意味か……。」
「………。」
「あの時、儂らは里を失い飢餓にあえぎながら、悪鬼羅刹と化しておった。じゃが防衛戦力が想定を下回っておったのは気になっておったよ……そうか、兎人族か、儂らの前へ現れたあの御仁がそうであったか。」
顎髭を撫でつつ、噛み締める様に述懐する赤詠の中で不意にガーチャの名と姿が合致した。
怯えに震えながらも非武装の者達の先頭に立ち、ガーチャは羅刹となった自分たちの前へその身を晒した……それが決して蛮勇を誇る為でない事は一目瞭然であった。
だが勝者が敗者を真に慮る等、出来よう筈もない。
破れたなら全てを奪われるのが乱世の常なのだから。
その隔たり故に掻き消えた疑念を今、ロジャーの言葉が呼び戻し、同時に腑に落ちた事で赤詠はガーチャの人となりさえ察するに至る。
(自ら投降し、儂らを羅刹から人へ戻したか……しかし命を懸けるには、余りにも分が悪かろうに。)
そしてそこまで思い至り、まだ肝心要である事実が明らかになっていない事に気付く……。
「続きを聞こうか……鋼鬼がどう関わりを持つ?」
鋼鬼の名が紡がれた刹那、またもロジャーの眼が撓むのを赤詠は見逃さなかった。
「その男は、いや、そこに居る『鬼畜』はーー」
「………!?」
「ガーチャさんの妻と娘を事もあろうか、徒党を頼りに本人の前で拐かし、その手で殺したのですよ。」
その瞬間、怜悧なる声から告げられた事実に武舞台上だけでなく、周囲で見守る鬼達にまで沈黙が伝播してゆく。
正しくはロジャーとの温度差で言葉を失っていたと言うべきであろう、鬼人達にはロジャーの指摘が別段、批難に値する所業であると思えなかったからだ。
戦争の本質とは蹂躪なのだから、当然奪う、当然犯す、当然殺すものだろう?このゴブリンは何を息巻いているのか!?
……到底理解に苦しむと言った様子が大半であった鬼達はやがて鋼鬼へ同情を見せ、罵詈雑言をロジャーヘ飛ばし始めた。
一気に過熱するヤジの最中、微動だにしないロジャー……いや、彼だけではない、赤詠や武舞台の下で見守っていた水蓮も沈黙していた。
「ハハッ……やっぱ当然の事だろ?ビビって損したわ。」
悪びれもせずロジャーへ不用意に笑い掛ける鋼鬼……その様子を眺めていたモンテはぽつりと呟きながら、笑みを零す。
「……分かってねぇな。」
刹那、ロジャーの脳裏へ縋りつくガーチャの姿が過る……。
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ガーチャは取り返しのつかぬ後悔に苛まれていた。
家族を守るべく全てを差し出しながら、あの時、自分のした事で町の戦力を割ってしまったのもまた事実なのだ。
その後ろめたさ故に、抗戦派の遺族からの誹りに抗弁せず、結果全ての責を負う。
それでも……家族や親しい人たちが生きていてくれれば良かったのに。
願いも祈りも打ち砕かれ、真に全てを奪われてしまった。
重傷を負わされ、身動きひとつ取れないガーチャの眼前で妻と娘が助けを求め、自分の名前を叫びながら数人の鬼に犯されてゆく……ガーチャもか細い虫の様に絶叫する阿鼻叫喚の地獄の時間。
全てが終わった後、這いずって二人の亡骸を掻き抱くと薄汚れた身体に無数の刺し傷からドス黒い血が垂れる。
「何度も何度も……死ににくい箇所に……。」
……そうして全てを語り終わった瞬間、彼もまた手にした短剣で家族を追おうとしたが、咄嗟にロジャーは止めた、止めてしまった……。
縋りつき涙で顔を汚しながら懇願するガーチャを気絶させる事が、ロジャーの精一杯であったのだ。
「…………。」
長い長い沈黙の最中、身体の芯から吹き上がる熱に思考が焦げついてゆく、そして彼は理解した……ああ、これが憎しみなのかと。
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「それは自白と取って構いませんね。」
「……えっ!?」
鋼鬼が嘲笑う表情を見せた瞬きに……ロジャーは双剣の一振りを至近距離から既に振り抜いていた。
鞘から抜き付ける一連の動作、一連とは幾つかの所作を繋ぎ『ひとつ』へと帰結させる事を指し、また連動とは似て非なる意味を持つ。
……遅れて咲き乱れる紅い花弁が頬に触れ、それが雫であると気付いた瞬間、常軌を逸した痛みが鋼鬼の左腕ヘ襲いかかってきた。
否、既に左腕の肘から先は無く、石畳の上で僅かにのたうつ……。
「ーーーーーッ!?」
鋼鬼の最大級の喚きが響く最中、それを成し遂げた筈のロジャーは……戸惑いからその表情を歪めている様にも見えた。
実際の所、彼は戸惑っていたのだろう、放たれた一文字の斬撃は確かに命を断つ手応えがあり、難なく胸板を両断する筈だったのだから。
だが瞬時に結果のズレを生んだ要因に気付き、赤詠ヘにわかに視線を向けるロジャー。
(鎖鎌ではない……鋼鬼の後方4、5mから私の踏み込みを予測し、何らかの方法で鋼鬼の身体を引いたのか!?)
不敵な笑みを浮かべて返す赤詠に、ロジャーは思わず牙を軋ませてしまう。
いつの間にか周囲はまたもや静寂に支配されていた……口汚い野次など最早何処かヘ消え失せている。
それ程にロジャーの『居合』は鬼たちにとって脅威に成り得る代物であったのだろう。
……この時、真に驚嘆すべきは予測の範疇を超えた踏み込みに赤詠が対応した事実なのだが、果たして何人が気づいているだろうか。
少なくとも壇上から見下ろす繕玄は理解していない、眼を剥いて怒りに震えているだけである。
対して当事者であるロジャーは気づく、気づくが故に片腕を落とせた事に疑念を抱かざるを得ない……その疑念に応える様に、再三の邪魔を為した赤詠は眼を伏せて微笑んだ。
「すまんの……貴殿に此奴を殺らせる訳にはゆかんでな。」
そう呟く老兵の顔は他者の心を悼むものにロジャーは思えた……が次の瞬間、その顔が一変し修羅と化す、そしてーー
「ーーーッア!?」
ーー両膝を着く鋼鬼の右腕を鎌で容赦なく斬り飛ばしたのだ。
何が起きたのか?鬼はおろかロジャーやモンテ、ミシェルさえ理解出来ないでいる……ただ絶叫し、地面でのたうち回る鋼鬼の髪を引き掴んで武舞台の下へと赤詠は蹴り飛ばした。
「……何故ですか。」
「許せとは言わん、じゃがもう此奴は二度と戦えん……それに徒党を組んでいたのなら、他の者達の名も吐かせねばならんじゃろ。」
無骨で簡素なものであったが、ただ静かに赤詠はロジャーヘ頭を垂れる……その所作から他意が無い事は明らかであった。
「貴様ッ!!己が何をしたか分かっておるのか!!」
繕玄の怒号が下げられた赤詠の頭ヘ降り注ぐ、次期首領たる自分の息子を害したばかりか、誇り高い鬼人が小鬼風情に頭を下げて詫びる等あってはならない愚行であろう。
最早試合など関係ない、今すぐにでもこの小癪で煩い老害を斬り伏せねば気が済まない……否、一度でなく万死に値する。
感情を押し殺せと説いてきた筈の繕玄自身が怒りに支配された般若と化していた……しかし。
「……なれば、何故に降りて来ない?」
「何ぃッ!?」
尚も頭を下げたまま紡がれた冷たい言葉に、更に激昂する繕玄、だが次の瞬間、上げられたその面差しに怒りを忘れ凍りつく事となる。
繕玄とは比較にならぬ怒気を宿し、猛り狂う生粋の戦人の顔がそこには在った。
「邪魔をするなッッッ!!」
「………!?」
繕玄だけではない……他の鬼人たちをも圧倒し、居住まいを正させる声音がロジャーの胸ヘ響き渡る。
「弱者の責務?強者の権利だぁ?何時からだ?……何時から貴様らは覚悟を見失った?」
「…………。」
「儂らは鬼ぞ!!戦で奪い、殺すが正道よ、なればこそ奪われる覚悟を呑むんじゃろが!!それを忘れ、弱者だけを嬲るか……『容易い』のぉ。じゃから、せめて……せめて邪魔してくれるな、今一時この場はお前らの戦場ではない、儂とロジャー殿の戦場よ。」
……凄烈を究める声音がただ一陣の風ヘ熱を流してゆく。
誰もが言葉を失っている最中で、それらを捨て置く様に、赤詠はロジャーヘ向き直る。
「………。」
「やはりな……その顔が見たかった。」
先程迄と変わらぬ、されど一切の険を落としたかの様に晴れやかな男の顔が……そこには在ったと云う。
つづく




