第三章 盗賊領主はハンコウする編 「手段と目的」
今年も宜しくお願いします。
「アア〜!?何ニヤついてやがる!!怪しい奴だな、フードを取れや。」
オークのがなり声を他所に、ミシェルたんが何か言いた気な表情でこちらを見てきた。
対してイチタロウは俺の心情を察したのか一歩分退き、ミシェルにもそれを促す様に顎を僅かにしゃくる。
……イイね、デキる仲間に恵まれたわ。
俺はおもむろに立ち上がり、ゆっくりとオークに見せつける様にフードを捲った。
途端にオーク共は悲鳴にも似た怒号を響かせ、濁った眼を見開く。
「テメェッ!?人間だと!!」
予想通りの反応だった……バァさんを踏み潰そうとしていたオークは標的を俺に定めたのか、脚を降ろして突進してきやがった。
その時にはミシェルもイチタロウ同様に横へ捌け、苦もなくオークは俺の胸ぐらを掴んだ……かに見えた。
「………。」
オークは外套を握りしめ呆然としている、ヤツの視点から見れば忽然と俺が消えたように感じただろう。
ティンが不在でも、今の俺はほんの僅かではあるが限定範囲の時間操作を可能としていた。
つまりオークの動きなんざスローモーションに等しい。
もう一人のオークが『後ろだっ!?』と叫び、振り返る頃には三歩分前に進み……そして。
「………!?」
宙へ跳ぶ、そのまま距離を詰めて時間操作による停滞をプレゼントし、相対的に俺の体感時間は加速される……その結果、後ろで見ていた筈のオークの豚鼻に俺の膝蹴りがキレイに入りました♪
刹那、鈍い破砕音が膝から伝わる、どうやら鼻骨を折ったらしい。
「ーーー!?」
言葉に成らない呻きを上げ、蹲って悶絶するオークへ異次元BOXから出したダガーを突き付ける。
ワザワザ得物を出したのは無傷で残したもう一人に見せつける為だ。
ついでに左右からイチタロウとミシェルが同様の圧力を掛けてくれたので、オークの心はポッキリと折れた。
恐怖と怯えで強張って動かなくなったので仕方なく一言だけ、失せろと言ってやったら一目散に逃げっていった。
「………。」
奴らの汚えケツを見送っていたら、自然と溜息が洩れる……まぁどうでもいいか。
そう気を取り直してバァさんの方へ向き直ると、既にミシェルが介抱していた。
「大丈夫そうか?バァちゃん。」
「右足が折れてるね、それに少し衰弱してるみたいだ。」
ミシェルはおもむろにバァちゃんを抱き抱えて、オアシスの側に自生する椰子の木陰へと荷物をクッションに寝かせると、言葉を掛け始めた。
意識の有無を確認してるのか、自身の水筒を口元に添えて少しずつ飲ませる……と意識がハッキリしたのか、バァちゃんは急に水筒にがっついて夢中で水を喉へ流し込む。
「落ち着いて、取らないからゆっくり飲みなよ。」
……そのゆったりとした口調の言葉をバァさんも理解してくれたのだろう、態度が軟化した様に見える。
「お若いの、貴重な水をありがとうよ……。」
「貴重?すぐそこにオアシスがあるのにか?」
「………。」
俺の問いに、バァちゃんは無言で首を横へ動かす。
この時、僅かにだが頭に巻かれた布巻きからケモミミ(獣耳)が覗く……どうやら獣人らしい、猫っぽかった。
「オアシスの水は鬼共が占領しちまって、金を払わないと飲めないんだよ。」
「それにしては見張り番が居ないようだけど……。」
「さっきのオークだよ……だから悪い事は言わない、早く逃げた方が良いよ。」
……そういう事は早く言って欲しいものだよバァちゃん。
面倒はやはり御免だ、俺達はその場を離れる事にした。
ロジャーには後から思念伝達で居場所を伝えれば問題は無いだろう、ついでだ歩けないバァちゃんを背負い彼女の家まで送り届けよう。
念の為に俺達四人に認識阻害を範囲使用しておく。
これであのオーク達が仲間を呼んで来てもやり過ごせるってもんだ……現に道中で鼻から流血しているオークと愉快な仲間たちとすれ違った。
その様子をバァちゃんが目を丸くして視ていたので、イチタロウが人差し指を口に当てて見せる。
察してくれたのか沈黙を守ってくれたのだが、遠のいて行くオークが『人間が入り込んでやがる!!』と叫んだ瞬間、バァちゃんの気配が明らかに変わった。
いや……変わったと思ったのだが、別段緊張している様子でもない。
魔族領で人間は忌避される存在である筈なのに、妙に落ち着き払っているように見える、寧ろ俺の方が困惑してしまった。
「そこを左に曲がっておくれ。」
砂利道を暫く歩き、木材と布張りの粗末な平屋が建ち並ぶ区画に差し掛かった所で指示された通りに俺達は脇道ヘ入っていく。
……正直言って余り衛生的とは言い難い光景と匂いだった。
一歩、影の差す道ヘ入っただけで世界は激変していたのだ。
ゴミと汚物が散乱し、陽射しを受けて凄まじい腐敗臭と熱気が充満している、下手をすれば何かのガスが発生しているのではなかろうか。
その一因となっているのか、それらの中に得体の知れない肉片付きの骨が見えている。
不意に、一匹の痩せこけて肋骨の浮き出た黒犬が俺達の脇を通り過ぎて行った。
認識阻害は解除していなかったが一瞬だけ犬と、いや、純粋な野性に研がれた瞳と眼が合った気がした……まるで何かの暗示であるかの様に。
「お若いの、どうした?着いたよあの小屋じゃ。」
バァちゃんは平屋のひとつを指さして、そう呟く。
「てきとうに寛いでおくれ。」
小屋の中は……外よりかはマシといった所だろうか。
手近なベッドの埃を横薙ぎで払い除けてから腰掛けるバァちゃん。
「……それで?何で人間がこんな場所に来た。」
唐突である、ってか肝が据わってんなこのバァちゃん。
「今更隠しても仕様が無いか、俺達は人捜しで来たんだよ。」
「人捜しだって?魔族領にかい……特徴と名前は?」
「悪い分からねぇな、何せ数十から数百名単位だからね。」
「数百名だって!?」
一瞬、声を張り上げたバァちゃんであったが、直ぐに声を潜めてアゴを撫でて考え込んでしまった。
何か思い当る事がある……そんな反応だった。
「ひとつだけ聞いてもいいかい。」
真剣な表情を向けてくるバァちゃんに俺は首肯で応える。
「あんた名前も特徴も分からない数百人を本気で捜しているのか?」
寝耳に水……とまでは言わないが、予想だにしていない質問だった。
今度は俺の方が沈黙してしまった、完全に答えに窮していたと言っていい。
だが改めて確信した、俺は真剣にナボルの住民たちを捜す事より拐った者達、引いては背後に居るであろう黒幕を追う事に比重を置いている。
個人的な感情で動いていたのだ、そしてその事実に気づいて実感するものがあった。
何処かでナボルの住民は手遅れではないのか?そう彼等の生存を諦め、あくまで黒幕への手掛かりとして見ていたのだ。
「俺にとって数百名の捜索は目的じゃない、拐った者達をブチ殺す為の手段だ。」
「………。」
にわかに重い沈黙が流れる……耳触りの良い言葉を並べるべきだったか。
しかしそれは違う気がした、シビアだ、冷酷非情だと言われようともこれに関しては自身を偽りたくなかった。
バァちゃんは難しい表情で暫く俺を見据えていたが、やがて眼を伏せるとポツリと呟く。
「なるほど強い光だ……。」
「………。」
「周りの者達はあんたが宿すその光に惹かれているんだろうね。だが当の本人が『業』を解さず固執するとは。」
「ちょっと言ってる事が分からないんだけど?」
「いやこっちの話しさ、それよかこのババァの頼みを聞いちゃくれないか。」
……打って代わりニンマリと笑う、バァちゃん眼に不穏な色が混ざっていた。
つづく




