デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』慟哭 ホランドside
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その男は目深に被った黒い外套を脱ぎ捨てると、蛇を想起させる残忍な表情をホランドへ晒して見せた。
「アイスマン……お前が来たか。」
苦悶の色を刻みつけ、ホランドの顔から既に笑顔は消え失せている。
……来るべき時がきた、そんな覚悟に似て非なる感情を抑え込み、ホランドは瞬時に表情をリセットし、アイスマンと自身が呼んだ男へ殺気を向けた。
「………。」
しかし、今にも爆ぜそうなホランドの激情に反して、アイスマンは沈黙を守る……狡猾に、舐める様に眼前の男を観察し、やがて口にしたのはーー
「敵に殺気を見せるか……錆び付いたな……我が師よ。」
漆黒の法衣に身を包み、偽りの慈愛を滲ませるアイスマンへホランドは耐えきれずに走りだしていた。
「ならば技も吟味するがいいッ!!」
叫ぶと同時に宙へ跳び、構えた右手から炎と共に鉄杖を顕現させるとホランドはそれを掴み、己が膂力で振り降ろす!!
青白く痩せこけた身体に見合わぬ速度の鉄杖を前に、アイスマンは薄笑いを浮かべ、予備動作なしでナイフを三本投げ放つ。
完璧なタイミングによるカウンター……苦もなく、ナイフは尽くホランドの身体を貫く……かに見えたが、アイスマンの眼前で形を成していた象が霧消してゆく。
「幻術はまともだな、だがーー」
呟くと同時に踵を返す、と其所にはホランドがつづきと言わんばかりに鉄杖を振り上げていた。
「ーー粗い!!」
振り向き様に抜き放たれた手刀が敵の胴体を真っ二つに切り裂く……かに見えたがまたもその身体は霧散し、消え失せてしまう。
「どうした、錆び付いた男の技すら見切れぬのか?」
アイスマンが視線を右へ傾けるとホランドが鉄杖を引き手で構えている……否、それだけではない、背後から、左手から、そして前方に、計八人のホランドがアイスマンへと注視していたのだ。
その瞬間、一層強い風鳴りが流れ、気付けば周囲を様々な彩りの花弁が乱れ舞っている……。
「この技に覚えがあろうアイスマン!!」
「……夢幻舞闘か……我が唯一勝てなんだ技だ。」
アイスマンを中心に虚実織り交ぜし八人の武踏が咲き乱れ、祝詞が如く詠唱が続くーー。
ーーやがて詠唱が終わる時、その武踏に魅入られし者は終演(終焉)を迎える一見必殺の秘奥義、それが夢幻舞闘であった。
粛々と続く詠唱の最中、アイスマンは口角を吊り上げたまま微動だにしない。
そしてーー詠唱が終わった瞬間、武踏の中心へと高位の灼熱呪文が一斉に放たれた!!
「………。」
収束された呪文の暴威が荒れ狂い……花弁さえ火の粉へと変えて上空に還ってゆく。
炭化し、崩れて昇るアイスマンを無表情で見送るホランド。
……だがしかし、異変は直後に訪れた。
八体のホランドの身体が一斉に蒼い炎に包まれたのだ。
凄まじい熱痛に抗えぬ絶叫を響かせて……のたうち回るホランドの姿は一体へと戻っていく。
代わりに渦巻く大炎をいとも簡単に振り払い、中心よりその姿を現したのはアイスマンであった……。
「な、何故だッ!?」
ホランドが叫んだ瞬間、同時にアイスマンが放ったナイフが地に伏すホランドの四肢の腱を正確に断つ。
か細く声に為らぬ絶唱で身体を震わせるしか出来ないホランド。
……アイスマンはその様を鬼喜として見下ろし、嘲る。
「練達の幻術使いに幻術で挑む……お前の敗因は我の実力を見誤ったその驕りよ。」
「………。」
「どうした、言葉も出ぬか?」
「貴様と相対した時……勝てぬ、こ、事は……判っていた。」
最早、虫の息で倒れ伏し、アイスマンを見上げながら……辿々しく言葉を紡ぐホランド。
彼は己れに残された手段が言葉による時間稼ぎしかない事を悟っていたのだろう。
ーーしかしそれすらも、アイスマンの掌の上での悪足掻きでしかなかったのだ。
「知っていたとも……お前が愛する者達のために死を賭して戦いに臨んだ事を、少しでも目眩ましになればとな。」
次の瞬間、おぞましい悪意に歪んだ相貌を眼にし、戦慄と悪寒でその表情を引き吊らせるホランド。
「何時、我が一人で来たと言った?」
遥かに遠退く家路……護りたかった……アイスマンの背後で儚げに佇むその光景へホランドは指先さえ動かせぬ手を伸ばそうと……虚しくも足掻いたのだった。
つづく




