デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』選択
……二日後、バララの意識も戻り、粗方回復の終わっていたシオリは初めてハウスの外へと出た。
心地の良い風の感触を久方振りに堪能していると、周囲では子供達が嬌声を上げて戯れている……。
この二日間で、どうやらシオリは子供達にすっかり好かれてしまったようで、ガトを始め、全員が彼女にべったりであった。
……当初は素っ気なく『子供は苦手』だと、何度も印象付けをしていたシオリであったのだが、幼子に対して悪役に成り切れない性格が災いし、純真無垢に突撃してくる子供達に押し切られる形になってしまったのだ。
その様子を静観していたホランドからは『やっぱりこんな中年のおじさんより、若いお姉さんの方がいいよね……。』と苦笑いされてしまう始末で、シオリも半ば諦めるしかなかったのだろう。
「お姉ちゃんと一緒に寝る!」
それは最早確定事項だと宣告する様に、猫耳としなやかに伸びた尻尾を揺らしながら声を上げた幼児……ジョシュアくんに続き、ガト、エルフの女の子エミーちゃん、ドワーフのミサミサちゃん、蜥蜴人族のアーリマンくんの五人……つまり全員が名乗りを上げた。
シオリにとって何より厄介だったのは五人とも無邪気故に我が強く、譲るという選択肢を持ち合わせていなかった事だろうか……。
聞き分けなく、各々が個性豊かに駄々を捏ねまくり、頼みのホランドは困った様に笑うのみなので、流石のシオリも居た堪れなくなってーー
「ああっーもう、じゃんけんで決めなさい。」
……本人も気づかぬ内に絆されたのか、拒否するのをすっかり忘れている、そしてーー
「じゃんけん?……なにソレ、美味しいの?」
その瞬間、駄々を捏ねていた幼児達が一斉に瞳を輝かせてシオリへ詰め寄り……彼女は更に苦笑を濃くしてしまう。
それから、簡単にじゃんけんのルールを説明し、おそらく異世界初の文化的バトルロワイヤルが実現したのだが、一日目の結果はエミー、ミサミサ……そしてアーリマンくんに軍配が上がった。
(ん……何で三人なの?)
シオリが寝泊まりするベッドはどう考えても彼女を含めて三人が定員だと思われる。
しかし時既に遅く、その夜、疑問の答えが苦悶という形で明かされた……。
(結界内でも夜が訪れるんだ……超々高等魔法にも程があるだろうに。)
等と心中で呟くシオリの両脇ではエミーとミサミサが寝息をたてて眠っている。
問題はアーリマンくんであった……彼はシオリの胸へ顔を埋める様に眠りについていたのだ。
(ちょっと寝苦しいな……。)
脱力した幼児の重さは耐えられない程ではないが、眠れるか?と問われれば答えに窮する事もあろう。
加えて両脇を固められ、寝返りすら封じられていたのだ、答えは火を見るより明らかだった。
(……ぐっは!?)
……どうやらアーリマンくんは寝相が悪いようで、シオリへ身体を巻きつける様にゆっくりと絞めてくる。
蜥蜴人族の骨格は他の人族と比べて関節部が遥かに多く、数千カ所にも及ぶために、そのしなやかさと軟体性は追随を許さない。
付け加えるなら、関節部が開閉する事である程度だが手足と胴体が伸縮するようで、ひんやりとした感触で絞められ、ミシッミシッ……と身体が悲鳴を上げていた。
◇
◆
◇
シオリにとっての長い夜が明けーー
……出された朝食に手をつけて早々に、昨晩の睡眠不足を補う様にシオリは何度か微睡みに落ちていた。
遠くで子供達の声が聴こえる……後で知ったのだが、どうやら朝から休憩を挟んで五時間はホランドが学問を教えているらしい。
だが平和も束の間で……午後二時を回った頃、無邪気な怪獣どもが部屋へ押し寄せてしまう。
(まったく、騒々しいな。)
そう思いつつ、シオリはこの小さな怪獣たちの喧騒に囲まれる事に、自分が何処かで安らぎめいた感情を感じているのだと気づく。
少なくとも不快などではなく、その他愛なくて舌足らずなやり取りを微笑ましく観ていられた。
そして……それだけにホランドにはこの異空間を含め、子供達の事情を問い質さねばならないだろうとも考えていた。
「見て見てーーお姉ちゃんを描いたの。」
「これいいね……印象派かと思ったよ。」
「いんしょうは……なにソレ?」
……と、そんなシオリの胸中を他所に子供達は無邪気にのびのびと、今まで彼女を振り回していたのだ。
◆
◇
◆
「身体のお加減は如何ですか?」
「おかげさまですっかり。」
なだらかな丘を見下ろし、白い円形テーブルと二脚の椅子へ向かい合わせで座るシオリとホランド……。
……子供達と住むログハウスを一瞥し、やがてシオリへと向き直ったその表情からは一切の笑みを消していた。
「やっと話をする気になったようだね。」
刹那、シオリの瞳に若干の険しさが宿り、ホランドを見据える。
「貴女が感じている疑問の全てに答えて差し上げる事は吝かではありません。ただし、私の要求を飲んで頂けるのなら……ですが。」
「交換条件という訳か、一応聞こうか。」
「その前に私の立場を明確にしておきますが、貴女方をこの異空間へ連れて来たのはジルコニアンイエティの群れの一個体です。」
「……善意で遭難者を助けたと?ジルコニアンイエティが私達を連れて来た理由に心当たりは?」
「分かりません、ですがこの異空間を創造した者に関係あるかもしれませんね。」
暫しシオリは沈黙を守り、思考を整理する……確かにホランドや子供達に他意はない様に思えた、また飛躍し過ぎた邪推であるが、仮に子供達がホランドによって連れ去られたのだとしたら、ここまで笑顔で暮らせるのだろうか?
どのみち現状では判断材料が少な過ぎるのだ。
「……いいわ、貴方達には助けられた恩があるもの、その立場は理解した。」
……ならばいっそ、思惑を抜きにしても、お互いのカードを開示した方が賢明であるとシオリは判断を下す。
しかし、彼女の同意を受けて、ホランドが継ぎで提示した言葉は衝撃的なものであった。
「……貴女方にはこの異空間に関する記憶を抹消し、出ていってほしいのです。」
「待って!?……それを飲んでしまえば、如何にホランドさんに不都合な事情であっても忘れるしかないじゃない!!」
両者の間の空気が急速に張り詰めてゆく。
「飲んで頂けないのなら、私が異空間の脱出方法を開示する事もまた、ないのですよ。」
「私が実力行使に出る可能性を失念していないか?」
明確な威圧を込めたその問い掛けに、静かに首を横へ振るホランド……。
「貴女はあの子らを傷つけない。それだけ判れば私には充分です。」
……舌打ちを洩らしながら、感情を隠しきれないシオリとは対極に、ホランドは丁寧な態度を決して崩さない。
一転して二人の間に長い沈黙が訪れる……膠着と云っても差し支えない時間だけが過ぎてゆく。
そんなシオリ達へ暖かな風が頬を撫でる様に吹き抜けて……遠くの嬌声を気付かせた。
「分かった、私が折れるわ……。」
つづく




