デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』前兆
最近、お酒が呑める友人が羨ましくなりました。
自分はゲコで味も分からないのですが、家呑みで美味そうに喉を鳴らしてビールを飲んでいたのて、つい自分もコップ一杯を飲み干し……気づいたら朝でやんの。
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それはひんやりとした心地の良い感触だった……。
緩やかに意識と感覚を呼び覚まされ、シオリは自身の額へ乗せられたタオルを掴み、うっすらと瞼を開ける。
……そこは見知らぬ天井であり、時の流れを表す様に木目調のファンが回っている。
ふと動力は何処から得ているのか気になったが、すぐにエピオンとの戦いを思い出して勢いよく上半身を起こすシオリ。
刹那、鈍い痛みが全身へ走り、思わず呻き声を上げてしまう。
「……まだ寝ていなよ、お姉ちゃん。」
不意に聴こえたあどけない言葉に視線を向けると、そこには四~五歳だろうか?無邪気な瞳をぱちくりと瞬かせて、シオリを覗き込む様に黒髪の幼児がベッドに座っていた。
(………?)
余りの現実の落差に一瞬、混乱しそうになるシオリであったが、傍らのベッドで寝かされているバララの姿を視て、自分達が救助されたのだと直感する。
……だが、釈然としない。
何処か違和感を感じて部屋の中を見回すと、ログハウスの様な室内に質素な家具……窓から射し込む穏やかな陽光の中に僅かな埃の粒子が輝きながら舞っていた。
今一度、周囲へ視線を向けると、掛けられた毛布の足元にいくつかの玩具が散乱しているのが眼に入った……どうやら自分を看病していたと云うより、ベッドの上で遊んでいたと解釈した方が正解なんだろう。
ついでに衣服まで清潔なものへと着替えさせられており、シオリは思わず苦笑いを浮かべる。
しかし、それより気になったのは男の子の服装だった。
(雪国で暮らすには軽装よね……?)
そう思い、男の子に此所が何処なのか尋ねるが、戻ってきた答えはやはり『分からない』という返事であった。
「そういえば先にお礼を言ってなかったね……ありがとう。私はシオリ、助けてくれたのは君のご両親かしら?」
その言葉に男の子は暫しきょとんとしていたが、やがて満面の笑みで応える。
「ボクはねぇガーラント、みんなガトってよぶんだ……んとね、お姉ちゃんたちを連れてきたのは『お猿さん』だよ。」
お猿さん……脈絡のない幼児特有の声音に戸惑うしかないシオリであったが、取り敢えず『そうなんだー』と笑顔でお茶を濁すーー。
……のだが、そんな態度に気を良くしたのか、ガトは自分の自慢の玩具である騎士の人形を見せ、あまつさえ貸してくれるという。
よっぽど気に入られたのだろう……そんな様子に当のシオリは懐かし気に微笑む。
(昔よく、こうやって弟の面倒をみたっけ。)
……ふとそんな感傷が過った刹那、彼女は気配を感じて背後のドアへ振り返った。
危機感からではない、気配を消す所か雑多に響く小さな足音へやはり微笑ましくなってしまったからだ。
「ガド、やっぱりここにいた~。」
姿を現したのはガドと同年代程の子供たちで、どうやら獣人やエルフも居るらしく、特有の尖った耳やモフモフの耳と尻尾を頻繁にピクつかせている。
そしてその輪の中心に……その男は居た。
柔和な笑みを絶やさず、しかし白髪一色のオールバックに血の気の失せた青白い肌……老人とも若人とも言えない、ある種、異様な印象にシオリは戸惑いを隠しきれないでいた。
「お目覚めになりましたか……私はホランドと言います、どうぞ宜しくお願いします。」
「こちらこそありがとうございます、助かりました。私はシオリ・トラビス……もう一人はバラライズと言います。」
何処かばつの悪そうなその自己紹介に対し、「畏まらずに」とだけ言葉を告げて、ホランドは左手を胸に添える所作を見せる。
(……あの作法は。)
「所で、トラビスさんには幾つか説明しなければならない事がありまして……。」
「説明です……か?」
ホランドはベッドの脇まで歩み寄ると静かに手を差し伸べる。
「ゆっくりにでも良いので、起てますか?」
ホランドに促され、何気なくベッドから足を降ろすと、傍らに置かれたトランクケースに気がつく。
そのまま手を引かれる様に窓辺まで歩み寄って……シオリは違和感の正体を知る事となる。
……窓辺から見えた景色、それはなだらかに広がる風光明媚な草原と色取り取りの花々であった。
雪山とは余りにかけ離れた風景に、驚愕で目を見開くシオリであったが、そんな彼女に追い討ちを掛ける白い生物の群れが隠れるでもなく、さも日常であるかの様に溶け込んでいた。
「まさか……あれってーー」
「おや?御存知ですかな、ジルコニアンイエティですよ。」
「ーーーーッ!?」
次の瞬間、シオリは声に為らぬ絶叫を上げたのだが……そのせいで身体中へ激痛が駆け巡って、呆気なくパタリと倒れてしまう。
その姿が面白かったのだろう、慌てて彼女を介抱するホランドの後ろで子供達がけらけらと笑っていた。
◆
◇
◆
それから、どれだけの時間が経過していたのか……再びベッドで目を覚ましたシオリは更に多くの玩具に囲まれていた。
横を向くと何故だか、ガトが涙目で落書きされたバララの顔を拭いている……が、ここは視なかった事にしようと彼女は寝返りをうつ。
(アルカディア起動。)
そう心中で唱えた刹那、彼女の視界が脳量子神速演算思考検索エンジンによって構築された仮想空間へと切り替わる。
『………。』
……そこは三畳一間の旧き善きアパートの様な部屋であり、ちゃぶ台がひとつ畳に置かれ、更に壁を覆い尽くす様に彼女の趣味である『定刻歌劇少女』のポスターが貼られていた。
そんな趣味空間に似つかわしくない執事服の美男子が一人、微笑みながら控えている。
「……やっぱり我が家はいいものね、セバスチャンお茶。」
『はい お嬢様。』
ちゃぶ台に倒れこみ、溜め息をつくとシオリは差し出された湯飲みへ視線を注ぐ。
……緑茶の水面で茶柱が儚げに揺れているようだ。
「所でセバスチャン、現状の解析結果は?」
『はい……畏れながら お嬢様方の居られる空間は一種の異空間魔法による結界だと判明しました。』
「異空間魔法ね……随分と規模が広いようだけど?」
『既存のどの術式にも当てはまらない所か その構成式さえ解析不能です。 恐らくは固有魔法の類いかと。』
(オリジン マジックね……そんな狂人クラスの才能を持った魔法使いなら、歴史に名前くらい残ってそうね。)
『それと該当人物の分析結果ですが。』
「やっぱり、ホランドがこの結界を作ったのかしら?」
『いえ その可能性は否定されました。 彼の潜在魔力と術式は一般人と変わりがありません。』
セバスチャンの報告にまだ釈然としない異物感を感じ、暫し思い悩むシオリであったが、取り敢えずは寛ぐ事を優先したようで、畳へ寝そべってしまう。
異物感、僅かな引っ掛かりとも云えるが……実際の所、セバスチャンの報告は全て事実であろう。
気のせいであったと断じても、差し支えない程度のものだと思われた。
しかし、この時シオリは見落としていた。
セバスチャンはシオリの疑問という命令に従い、解析を行ったのだ。
つまりサポート ファミリアはあくまでシステムの一部であり、能動的には動けない。
後にこの見落としがシオリへひとつの陰を落とす事に繋がってしまう。
つづく




