独唱
死の恐怖に怯えだした彼女にトドメをさせるわけもなく、私は構えていた武器を仕舞う。
こんなの…まるで人間だよ。
「どうします?サイバーフィッシュさんの目的は彼女の討伐でしたわよね」
会長はサイバーフィッシュの人々の状態異常を回復しながら言う。自然回復するかと思ったけど、戦闘終了まで間ずっと深い眠りについていたようだ。
「お、終わったんすか?」
回復してもらったサイバーフィッシュの一人が辺りをキョロキョロ見渡して言った。
終わったのだろうか?
このままでは再び船を沈めるために徘徊するに違いない。
「ヒビキ、私達もヒビキを倒したいわけじゃないんだ。船を沈める事をやめてもらえれば…」
『無理、無理だよ!ウチは船を沈めないとダメなんだ!なんでそれをやめなきゃならないのヨ!!』
死の恐怖を感じても尚、船を沈める事を止めない…一体何が彼女をそこまで縛り付けているのだろう。
「たぶん船を沈めるルーティンが組まれてるせいで、それをやめるって選択肢がないんだよ」
沙耶は私の隣に立ってそう言った。
モンスターとして決められた行動が設定されている…そういう事なんだろうけど、こんなにも自由に喋り、死を目の前にしたら脅え、泣いている。このモンスター……ヒビキは明らかに他と違う何かがあるんだ。
「沙耶、イヴさんと連絡取れる?」
「え?以前会ったから履歴を辿ればメッセくらいは飛ばせるかもしれないけど…」
「このモンスター…絶対におかしいよ。イヴさんに知らせた方が良いと思う」
◇
サイバーフィッシュの人にも事情を説明して、ひとまずセイレーン討伐の件は、少し待ってもらうことになった。
「ヒビキちゃん。あなたは、いつからここで船を襲ってるの?」
『ワカラナイ』
「お家は?どこで寝てるの?」
『寝てない。ずっと独りで船を探してる』
「ヒビキという名前は誰がつけてくれたの?」
『名前……この名前は……両親がつけてくれた』
両親……?まだ他にヒビキみたいに喋れるセイレーンがいる可能性があるって事かな。
「ここから離れる気はないの?少しの間、私達の村で休んだり」
『イヤだッ!!ウチはここを離れない!』
「そっか……。あ、あのね…また今度ここに来るから、その時は襲わずに話し合いをしてくれるかな」
ヒビキは肯定するわけでもなく否定するわけでもなく黙っている。
それがヒビキに設定されたルーティンへのせめてもの抵抗なのだとしたら、私は絶対にこの子を解放してあげくちゃならないと思ったんだ。
◇
「ご、ごめんなさい。セイレーンを討伐しに行ったのに」
村に戻った私は、まずはサイバーフィッシュに謝罪をした。
彼等は海をメインに活動したいのだから、早く問題を解決したかっただろう。それを私の独断でセイレーンを討てるチャンスを逃してしまったから。
「いやいや、俺ら何の役にも立てなかったし、むしろ状況が好転したので良かったですよ」
好転……。
最初にセイレーンの噂を聞いた時はワクワクした。でも今は好転したどころか更に謎が深まってしまったような、そんな感覚だった。
◇
私達はサイバーフィッシュと別れ、マイホームに戻ってリビングのソファーに腰かける。
「沙耶、イヴさんから返信あった?」
「うん、とりあえずセイレーンの事については調べてくれるって」
イヴさんによると、モンスターの管理は現実世界側の開発者に任せているのでイヴさんも把握していない部分がいくつかあるらしい。少なくとも喋るモンスターの存在については知らなかったようだ。
「二人共ごめんね。ポチの時もだったけど、私のワガママに付き合ってもらっちゃって」
「謝らないでください。ワタクシだって、あのセイレーンについては気になりますし」
「私はマリの決断で後悔した事ないからね。マリは自分の出した結論に、もっと自信を持っていいよ」
「うん、ありがとう!」
◇
二日後、セイレーンについて調べていたイヴさんから連絡が入り、ヒビキについて判明した事を説明したいから集まってほしいとの事だった。
「な、なんだか緊張するね」
既に現実を捨てて、NWで暮らしていると自称したイヴさんはNWの特別な空間に設置された管理室でNWに関する調整や開発に携わっているらしい。
既に面識があるとは言え、会うのは二度目。見た目の雰囲気や会見の印象のせいで、アニメやゲームで言うところの黒幕のイメージがこびりついているので、直接言葉を交わすとなんとも言えない緊張感がある。
「でも、二人の時は結構軽いノリだったよ。あのオバサン」
「え、そうなの?想像出来ないんだけど…」
「ほんとほんと。Nos.について聞きたいからって言うから行ったのに突然世間話とかしてくるし」
『誰がオバサンですって?』
「ひぃぃ!!」
気配もなく突然背後から声をかけられ心臓が飛び出しそうになる。沙耶も叫び声こそあげなかったが、少々焦ったような顔をして後ろを振り返る。
「びっくりさせないでくださいよ!イヴさん」
『サーヤちゃんが私の悪口言うからでしょ』
「別に悪口のつもりじゃ……っていうか管理者権限あるからってノックもせずにワープで入ってこないでくださいよ。まったく……」
普通マイホームには所有者の許可がないと入室出来ないはずなのだが、イヴさんはNW運営者側の人間、いわばGMのような存在なので、どこへでも一瞬でワープ出来るらしい。
「客人に失礼ですわよサーヤさん。さぁ、イヴさん、こちらに腰掛けてください」
会長はイヴさんを案内して私と沙耶の対面に座ってもらう。会長はNWを作ったイヴさんを尊敬しているので、まるで姫様に仕えるメイドのような対応だ。
『リンちゃんは優しいわねぇ。サーヤちゃんも見習いなさい』
沙耶はジト目で不満気にイヴさんを見つめるが、イヴさんは、すました顔でニコニコ笑っている。
『マリちゃんも久しぶりね。モンスターを手懐けたんですって?』
「あ、はい!お久しぶりです!」
私は深く頭を下げ挨拶をして、その後にポチを抱き上げて紹介する。
「この子がレイジングヴォルフのポチです」
「ワンッ!」
「いや、ハチですよ」
「ワフ!」
「アルティメットキャベツ太郎ですわよ」
「…………」
『……早く名前決めてあげなさいね』
◇
『それで、今日は噂のセイレーンについてわかった事を伝えたいから集まってもらったんだけど』
それまでとは違って真剣な表情になって話し始めたイヴさん。
「彼女はモンスターであってモンスターではないわ」
"モンスターでありながらモンスターではない"
それは、まさに私がヒビキに対して感じた違和感だ。人間のような言動や姿をしたヒビキは、もしかしてNCじゃないか?という疑問も持った。
『NC…。確かに近い存在かもしれないけど、それも違う』
「じゃあ、人間が操作してるとか?」
人間がモンスターを演じて操作している……それは私も考えたけど、もしそうなら、常に船を探しながら海を徘徊するなんて不可能だ。人間は睡眠や食事を取らないと死んでしまう。実際に他国では飲まず食わずでネットゲームをプレイし続けた結果、亡くなってしまう人がニュースになった事もある。
『人間が操作している可能性はないと思ったのだけど、その可能性が浮上して来たのよ』
「え?でも……」
そんな事があるのだろうか。複数の人間が交代で操作している?いや、それも無理だ。ゲーム開始時にスキャンした自分の固体情報、いわゆる指紋や網膜などの生態認証が一致しないとログイン出来ないはず。
『セイレーン……ヒビキには個人番号が登録されているのよ』
個人番号…?つまりそれって……
『そう、セイレーンのヒビキは現実世界にも存在する事になるわね』
「……ッ!」
『名前は天王寺響、高校一年生の女の子よ』




