セイレーンの唄
海エリアの知識が皆無な私達は、ネットで情報を集める事にした。
海エリアには各海域に、船を沈めるルーティンが設定されたモンスターが配置されていて、通りかかると船に攻撃を仕掛けて来る巨大なサメやイカの出現情報が、掲示板にいくつも書き込まれている。
しかしセイレーンの目撃情報はない。歌声で意識を断たれて、姿を確認する前に船を沈められてしまうらしい。意識を断たれると言っても現実の身体の意識に影響があるわけではなく、PC側の視界が奪われ真っ暗になる……というだけだ。
「うーん。噂のセイレーンは、どんな姿してるんだろう?」
「やっぱり、神話に登場するような姿……上半身は人間、下半身は鳥か魚じゃありませんの?」
当初、セイレーンの下半身は鳥の姿をしている怪鳥とされていたが、ある時期を境に下半身は魚の人魚のような姿として語られるようになったとか。
「私は魚派。マリは?」
「私?う~ん……どっちも不気味で怖いからなぁ。でも一般的にはどっちのイメージなんだろうね」
「日本では鳥として描かれてる事が多いよね。海外はわからないけど、この前プレイした洋ゲーに出てきたセイレーンの下半身は魚だったかな」
姿がどうであれ、まず対策しないといけないのはセイレーンの歌声だ。この歌声のせいで、何百という数の船が沈められているのだから。
◇
海岸の船着き場には小型の船と大型の船が1隻ずつ止まっている。小型の船は私達【トリデンテ】の船。大型の船が【サイバーフィッシュ】の船だ。
「本当に付いてくるの?私達も初見だから沈められても責任は持てないけど…」
サイバーフィッシュの人達は何度も船を沈められては作り直すハメになり、今ある船で素材の在庫も尽きたらしい。それでも協力を申し出てくれるのはレイジングヴォルフの一件があったからだろうか。
「大丈夫っすよ。俺達だって何かの役に立つかもしれないし!」
サイバーフィッシュは18人のアライアンスを組み、私達トリデンテは3人でPTを組んで、それぞれの船に乗り込んだ。
「いよいよ海に出発かぁ。ドキドキするね」
現実で海の近くに住んでいても船に乗る機会なんて滅多にないので、例えゲームの中でも船旅はワクワクしてしまう。
「海と言えば釣りね。マリ、ちゃんと釣竿は持ってきた?」
「うん!」
私と沙耶は釣竿を取り出して、さっさく釣糸を垂らす。
「あなた逹、遊ぶ気満々ですわね……」
「そんな事言ってリンだって持って来てるんでしょ?」
会長は「ふふん」と鼻を鳴らしながら釣竿を取り出す。
「もちろんですわ!今日はマグロを釣り上げるために準備を進めて来ましたの!」
「いや、そんなに気合い入れなくても…あくまでもセイレーンに遭遇するまでの暇潰しだってば」
◇
沖に出てしばらくすると、サイバーフィッシュの船から声がかかった。
「トリデンテのみなさ~ん!そろそろセイレーンに遭遇する可能性が高いポイントです!」
それを聞いた私達は急ぎ釣竿を仕舞ってセイレーンとの遭遇に備える。
武器を構えて、【トリデンテ風 野菜炒め】を使用してステータスを上昇させ、会長も味方を強化するサポート魔法で唱えて万全の準備を整えた。
「……」
「ゴクリ……」
「……………」
「来ないじゃん!!」
2分程、じっと待ち構えていたが沙耶が痺れを切らして叫ぶ。
「い、いや。遭遇する可能性が高いってだけで確実に遭遇するポイントってわけじゃないっすよ」
「なんだ~、緊張して損した」
「まぁ、海を渡りきった船は、まだ存在しないから進んでいけば確実に遭遇することになると思うっす」
緊張が切れて沙耶と会長が警戒を解いた直後、その歌声は響いてきた。
『♪~~~♪~~~♪』
「沙耶!!」
まだ警戒を解いてなかった私は咄嗟に叫んで合図を出すと、沙耶が即座にスキルを発動する。
「守って【アイギス】!」
沙耶のNos.スキルが発動し、どこからともなく聴こえて来た歌声による攻撃を完全にシャットアウトし、私達トリデンテを包み込んだ。
「サイバーフィッシュは……」
サイバーフィッシュ側の船を見ると、船に乗っているプレイヤーは全員フラフラしてその場に倒れこんでしまっている。
その機を狙って歌声の主は、ゆっくりと舞い降りて、その姿を晒す。
人間……?
いや、違う。
上半身も下半身も確かに人間の身体そのものだ。
しかし、彼女には大空を羽ばたく為の翼が、しっかりと背中に存在する。
「セイレーン…なの?」
サイバーフィッシュの船に降り立った翼を持つ人間は私達のほうを振り返り、ニヤリと妖艶な微笑みを浮かべた。
『へぇ、ウチの歌声を聴いて無事な奴がいるなんて驚きだヨ』
しゃ、喋った!?
今、確かに人間の言葉を……
「私達の言葉が、わかりますの?」
『何?ウチが喋ったらおかしい?それよりも何であんた逹眠らないのヨ?』
「絶対防御のスキル【アイギス】の効果だよ。あらゆる攻撃を無効化する…それは貴女の歌声も例外じゃなかったみたいだね。セイレーン」
『セイレーン……ウチの事を言っているノ?』
「そのつもりだけど、別の名前でもあった?」
自分の事をセイレーンと認識出来ていない彼女は首を傾げて聞き返す。正式名称が違うのだろうか?私は【透視】スキルで相手のステータスを確認する。
unknown
HP ???
弱点 ???
耐性 ???
unknown…。
モンスターがunknownって……いや、ボス級のモンスターならありえるかもしれない。
ただし、デスサイズ・マンティスやレイジングヴォルフは普通に透視が効いていたはず。レアモンスターとも違う扱いなのかな…。
『ウチの名前はヒビキだよ。セイレーンなんて名前じゃナイ』
自分がセイレーンである事を否定した彼女は、自らをヒビキと名乗った。
背中の翼と他を魅了する歌声で船を沈める、その行為はセイレーンそのものなんだけど……こうやって言葉を交わすと、まるで本当の人間と会話してるみたいだ。
「ヒビキちゃんは、なんで船を沈めるの…?」
『ここはウチのテリトリーだからダヨ。人の縄張りに入ってタダで帰すわけないよねェ?』
う~ん、思考は随分と野生的だ。範囲内に侵入した敵は問答無用で沈めるように設定されてるのだろうか。
『他の奴等と違って眠らないみたいだけど、とにかく持っている物、全部置いて死んじゃいなヨ!』
そう言って翼を羽ばたかせて空高く飛翔したヒビキは、自身の羽の一枚一枚を飛び道具にして私達目掛けて発射してくる。
『眠らないなら気絶させてアゲル!【セインツウィング】』
ヒビキは【セインツウィング】を発動
→マリに合計244のダメージ
→リンに合計250のダメージ
→サーヤに合計130のダメージ
鋭い羽が無数の矢のように私達に襲いかかり、ダメージを受けてしまう。私が好んで使う【乱れ撃ち】と似たような攻撃だ。
「会話が出来るならって思ったけど、結局倒すしかないって事ね」
沙耶が【挑発】を使い、ヒビキの攻撃を自身に向けさせようとする。しかし、ヒビキは沙耶の挑発を無視して回復魔法を唱えている会長へ向かって攻撃を撃ち込む。
「なっ…!なんで挑発の効果を無視して突っ込んで来ますの!?」
挑発の効果がない……?
やっぱり普通のモンスターと、どこか違う!
ヒビキの【飛燕痕】が発動→リンに488のダメージ
ヒビキは飛べる利点を活かしてヒット&アウェイで上空に戻っていくが、私は飛び上がっていくヒビキに向けて矢を撃ち込んだ。
マリの攻撃→ヒビキに450のダメージ
無警戒だったヒビキは下から飛んでくる矢に気付かずに、見事ヒットしてよろめいた。
『ッー!弓使いがいたのか。面倒ダナ』
そう言うとヒビキは更に高く、私達と距離を取るように飛び上がっていく。
会長が魔法を、私が弓を放つが、あまりにも高く飛び上がっているため攻撃が届かない。
「あんなの反則ですわ!」
「弓も魔法も届かないなんて…」
『アッハハ!翼を持たない生き物がウチに敵うわけないダロ~』
ヒビキは私達を挑発するようなポーズをとって笑う。
ムカッ!
翼がなくても私達の底力を見せてあげるんだから!
「沙耶、会長!飛べないなら登ろうよ!」
そう言って私はクラフト画面を開いて、階段をクラフトしてドンドン上空に伸ばしていく。
沙耶と会長はそれを見て「なるほどね」と頷いて私に続く。
三人でテンポよく階段を積み上げて、あっと言う間にヒビキの高さまで辿り着き、そこから床をクラフトして空中に足場を作り上げた。
「どう?翼がなくても、これで同じ目線だよ、ヒビキ!」
『はぁ!?そんなのありかヨ!』
まさか、天空に登って来るとは思っていなかったのか、ヒビキは慌てて攻撃体勢をとって特攻してくるが、沙耶が即座に私達の前に入って盾になり、その隙に私と会長で攻撃を叩き込んでいく。
自分のテリトリーである空中を制圧されたヒビキは混乱して逃げ場を失い、私の乱れ撃ちやサイレントアロー、更に会長の魔法も次々とヒットしていき、ヒビキのHPが残りわずかになる。
「マリさん!トドメを!」
「は、はい…!」
トドメ?本当にトドメを刺していいの?
この子は……ヒビキは海を通るPCを問答無用で沈めていたモンスターだ。明らかにプレイヤーの妨害を目的として作られたモンスター……倒さなきゃいけないモンスター。そうだよ、倒さないと!
私は弓を構えて最後の攻撃体勢に入る。
『や……やめて』
「え?」
『やめて…ヤメテやめて!!』
私がトドメを刺そうとすると、ヒビキは絶望の表情でガクガクと震えだした。
『やだよ、助けてヨ…死にたくない……死にたくない』
何が…
一体何が起こっているの?
私の目の前で死の恐怖に脅えている彼女は……本当にモンスターなの?




