討伐依頼
ポチがトリデンテの用心棒に就任してから数日、何度かモンスターの襲撃があったがポチがキッチリ撃退してくれたらしい。
まだ子供とはいえ、レアモンスターであるレイジングヴォルフの子供だ。そこらの下級モンスターよりは戦闘力は高いみたいだ。
ポチは、私達と違って一度戦闘不能になったらそこで命が尽きてしまうけど、ピンチになった場合はすぐに逃げるように言ってあるので大丈夫だろう。
「ハチも番犬が板についてきたね」
「ポチね」
「アルティメットキャベツ太郎ですわ」
………ちなみに名前はまだ決まっていない。
◇
そんなある日、二人組のPTがトリデンテを訪ねてきた。
「すみませーん!トリデンテの代表さんとお話がしたいのですが」
代表……?代表なんて決めてない……。
私は沙耶をチラッと見ると、沙耶は意図を理解してくれたのか笑って頷いてくれた。
えへへ、以心伝心ってやつかな。
「こちらにいるマリがトリデンテの代表よ」
「ええ!違うってば!!」
「ええ?今やりたいって目で訴えてこなかった!?」
私はやりたくないから沙耶お願いと訴えたのだが、見事に誤解されてしまった。
「代表なんて誰でもいいじゃありませんの。とりあえずワタクシが話を聞きましょう」
おぉ…会長が珍しく生徒会長っぽい。
会長が代表として前に出て、訪ねてきた二人組に用件を聞く。
「実はトリデンテの皆様にお願いしたい事があって…」
依頼…という事だろうか。
このゲームには、まだNPCがいないので運営側が用意したクエストが存在しない。なので、掲示板に張り付けてクエストを受けてくれる人を募る事でプレイヤー同士でやり取りするスタイルが主流だ。内容はクラフトで使う素材のおつかいだったり、ログインしてない間のマイホームの防衛だったり、中にはPKの依頼もあったりする。
「私達にお願い…ですか?」
「はい。報酬はレア素材を18個程、用意したんですが…」
「じゅ、18個!?」
それってアライアンスでレアモンスターを倒した際にドロップする素材を全部って事じゃ……。
どんだけ凄い内容の依頼なんだろう?と、私は依頼者をまじまじと見つめる。
(あれ?この人達どこかで……)
「あ!レイジングヴォルフ討伐軍の人だ!」
思わず叫んでしまった私を見て依頼者も気付く。
「あ、あの時の……トリデンテの方だったのですか!」
「あ、はい。その節はどうも」
私はペコリと頭を下げる。
しかし、マズイ事になった……この人達はレイジングヴォルフを狩った張本人。張本人と言っても別に悪い事をしたわけじゃない。ただゲームの中で当たり前に行われてる行為の一つに過ぎない……だが、親を倒されたポチにとっては目の前にいる依頼者は親の仇のうちの一人な訳だ。
こちらに近寄って来たポチも当然その事を理解して、怒りに震えて依頼者を威嚇している。
「うわっ!あの時のレイジングヴォルフの子供…?倒してなかったんすか!?」
今にも飛びかかりそうなポチを制止して、困惑している依頼者にポチがトリデンテの番犬になるまでの経緯を説明していく。
「そんな事情があったんですか。でも参ったな…実はレイジングヴォルフを狩りに行ったのはトリデンテさんに依頼するクエストの報酬のためで……」
聞くと、この二人は北のほうにある村【サイバーフィッシュ】の住人らしい。
サイバーフィッシュは海をメインに活動しようと集まった人達が作った村で、まずは船を作成して航海への第一歩を踏み出したらしいのだが、海へ出た所で事件は起こった。
『沖に出てしばらくしてから、突然歌声が聴こえてきたんです。最初は船員の歌声かと思ったのですが…』
その歌声を聴き続けた船員は意識が朦朧として、視界がボヤけていったそうだ。
「意識が朦朧…?魅了や睡眠のステータス異常ですか?」
「はい、たぶんそうだと思います」
その歌声の主は合計20人前後のプレイヤーが乗っていた船を制圧し、船員全員をキルして最後には船を沈めたそうだ。
ギリシャ神話にて似たような話を聞いた事がある……確か名前は……
「セイレーン……」
「やっぱりそう思いますか?俺達もセイレーンの仕業だと思ってるんです」
彼等は、その後も船を作り直して海に出たが結果は同じ。毎回同じパターンで船を沈められて、まともに航海が出来ないらしいのだ。
「船は莫大な数の材料が必要になるので、何度も何度も繰り返すわけにもいかなくて、腕の立つ猛者にセイレーンの討伐依頼をしようって話になったんですよ」
そして、依頼の交渉材料としてレアモンスターであるレイジングヴォルフを狩って素材を集めたって事らしい。
「猛者…?私達は小規模な村で3人しかいないんだけど…」
沙耶が首を傾げて聞き返す。
「あれ、知らないんですか?トリデンテといえば、あの噂のPK、Nos.4 ブレイクのツルギを倒した事で、この辺りじゃちょっとした有名な3人組って言われてるんですよ」
そうか…あの後、一部ユーザーのログイン制限問題の弁明に追われたNW社はNos.スキルの存在を公表して原因がアカウントブレイクによる特殊効果であると発表したんだっけ。
まぁ、そんな効果が現れる可能性を秘めたシステムを実装したせいで結果的に更に炎上する事態になってしまったのだか…。
「私は戦いが終わった後に駆けつけたから、あんまり関係ないんだけどなぁ」
「それでもNos.というだけで心強いですよ。しかもナンバーは1じゃないっすか!」
執行者事件の時点で公開されたNos.は7名。その内の二人、ツルギさんを含めたら三人がトリデンテ出身なのだ。確かに噂になっていてもおかしくない。
「でも、そのレイジングヴォルフの仇である俺達の依頼じゃ、やっぱ受けるのは無理ですかね」
私は未だに威嚇を続けるポチをなだめて落ちつかせ、沙耶と会長と話し合う事にした。
◇
「ごめんなさい。このクエストは受けれません」
話し合った結果、やっぱりポチの事を考えると報酬は受け取れないと答えを出す。
「そうですか…」
この依頼のために苦労してレア素材をかき集めた事もあり、頼人はがっくりと肩を落とす。
「だから、依頼ではなくワタクシ達個人でセイレーンの事について調べさせてもらいますわ」
「それじゃあ…!」
「私達もいずれは海へ出たいしね」
結局、私達はセイレーンを討伐しに向かう事になった。船の素材は村にある分でなんとか足りる量で、沙耶と私でクラフトして船を作っていく。
私は船をクラフトしながら、ある疑問を感じていた。
セイレーン……現実世界の昆虫や動物などの生き物をモチーフにしたモンスターしかいないこの世界で架空の生き物の話を耳にしたのは初めてだったからだ。
本当に怪鳥セイレーンなのか、それとも……。
少し不安を感じながらも、どこかワクワクして正体不明の歌声の正体を確かめるために私は準備を進める。




