第5話 そして、モルモット小隊異常なし
〈俺〉は〈機械仕掛け〉のアームでぶら下げられたまま、500メートルほど〈目標〉から離れた。
やっとのことで、防護服を脱ぐ。
暑さと、戦闘のときとはまた異質の慣れない緊張。
そのため、汗だくになっていた。
微風が肌に心地いい。
「〈隊長〉。
動体反応あり。
この振動は車輌が接近してくるものです」
「よくないな」
注意はしていたのだが、建物の中に警報装置があったのかもしれない。
時間制限と防護服の狭い視野のせいで、見落とした可能性が高い。
「衛星(の上空通過)はまだだろ?
ドローンを出そう。
舗装路は通らず車輌を避けながら、回収ポイントに向かう。
車輌以外の敵勢力も見落とさないようにな」
〈俺〉はルート選択を〈機械仕掛け〉にまかせながら、後に続く。
〈俺〉が先行したほうが早いかもしれない。
だが、撤退中に〈俺〉が先行した後で〈機械仕掛け〉が木の幹の間に挟まれる。
そんな無様なことになるよりはよっぽどいい。
それに〈機械仕掛け〉にまかせておく。
そうすれば、〈俺〉がGPSをいちいち確認する手間がはぶける。
「〈隊長〉。
いままで、可能な限り最短ルートを選択してきました。
しかし、この先は困難です」
「ルートを読まれているな。
どのみち、俺たちが海に出るしかないことはお見通しということか……」
〈俺〉は、己が発した“俺たち”という言葉。
それに、自分自身少し驚いていた。
しかし、この喫緊の問題をかかえたいま。
そんな思考は即座に押しやられてしまう。
こういった作戦での移動方法で定番。
それが、水上艦からのヘリコプターでの空輸。
あるいは、潜水艦からのボートによる接岸なのだが……。
今回は、潜水艦が俺たちをピックアップしにくることになっていた。
「周辺マップを表示。
ドローンはもういい。
回収だ。
このまま、最短距離を進むとどうなる?」
液晶モニタ上に進行ルートを示す、輝点。
表示されたそれが、海岸線へ向かう。
平面図が立体図へと変わる。
立体図が回転すると、進路の先が断崖絶壁なのが解る。
「海面まで何メートルある?」
「この場合問題になるのは、海面までの距離ではなく。
現在の潮位では……。
海面というよりも岩場といったほうが、正しいのではないかということです」
どんな状態か解らない場所。
それを懸垂降下するような、そんな時間的余裕はあるのか?
そもそも〈機械仕掛け〉は懸垂降下できるのか……。
〈俺〉の頭の中で、様々な思考が駆け巡る。
しかし、結論が出ようはずもない。
こういうときは進んでみることだ。
装備も解っていない敵中を、強行突破するのだけは御免こうむりたい。
「この進路上に敵勢力はないんだな?」
「現時点では反応なし。
敵勢力の配置。
浜辺への経路を抑えています」
「よし。
このまま進む。
ところで〈機械仕掛け〉泳げるか?」
「人のように『泳ぐ』ということはできません。
しかし、アタッチメントのタイプB。
それに推進用モータユニットとフロートのタイプEを装着することで……」
「あー。
もういい。
行くぞ!」
どうせそんなモジュールは、〈研究所〉に戻らなければありはしない。
「〈隊長〉!」
「伏せてください!」
若い兵士と壮年の兵士の声が同時にした。
〈俺〉は、反射的にその場に伏せる。
地面を銃弾が叩いた後、銃声が追いかけてくる。
おそらく狙撃銃。
長距離からの狙撃だ。
「なんだいまのは!?」
「狙撃銃による狙撃と思われます。
わたしの陰から出ないで!!」
「そうじゃない。
いまの声音は、なんのマネだといっているんだ!」
「わたしの警告よりも、以前の小隊所属者のほうが反応が早いのではないか、と。
やはり、そうでした。
0.3セカンドも、わたしの呼びかけより反応が早かったです!」
「……」
〈俺〉はなんともいえない気分になる。
まったく、最近のAIってヤツは、人を謀るのか……。
「敵狙撃手の位置は解るか?」
〈俺〉は期待せずに訊いた。
なぜなら……。
狙撃手というヤツは、実に偽装が得意で……。
「解ります」
「本当か?」
「手を振ってますよ」
「?!」
「若い女性ですね。
あの少年もいっしょです」
「どういうことだ?」
「『さっさと行け』
と、いっているみたいですよ。
しきりに海の方を指しています。
恩返しじゃないでしょうか?」
「なんの……」
「チョコボールのでは?」
〈俺〉は恐る恐る起き上がる。
そして、〈機械仕掛け〉の高倍率モノ・カメラアイが向いている方向へ、手を上げる。
「少年も手を振っていますよ」
「そうか」
「助かりました。
チョコボール1年分を進呈しても安いぐらいですね」
「馬鹿なことをいっていないで行くぞ」
「〈隊長〉……」
「どうした」
「よくないです。
浜辺を抑えていた勢力が、こちらに移動して来ます」
「衛星か?」
「そうです。
やっといま回って来たので」
「まずいな」
「まずいです。
すごく」
「とにかく、海面まで降りられるところを探そう。
それがダメなら、いよいよ懸垂降下だが……」
「〈隊長〉。
ちょっと、遅かったみたいです。
背中に乗って!」
「なんだと!?」
「早く!!」
そのとき、射撃音が響きはじめた。
銃弾は頭上を飛び越していく。
銃が押さえ込まれていない。
銃口が跳ね上がっている。
兵士の練度が低い証拠だ。
とはいえ、このまま接近を許す。
そして、1ダースの銃口で弾をバラ撒まかれてしまった場合。
練度もへったくれもない。
〈俺〉は救難信号を発するラジオビーコンのスイッチをONにした。
そして背嚢を捨てる。
「ええい。
ままよ」
〈俺〉は〈機械仕掛け〉をよじ登る。
すると、アームが移動してきて足掛かりと、手すりができた。
〈俺〉は足を踏ん張り、しっかりと手すりを握った。
「しっかり掴まって!」
「いわれなくても……。
うっ!」
〈機械仕掛け〉は4つ脚を曲げ、姿勢を低く安定させる。
それから、車輪を出し急発進した。
〈機械仕掛け〉走行形態もあったのか……。
〈俺〉は、「舌をかまないように!」とも警告してほしかったと思った。
また〈研究所〉で、ちゃんと説明書を読んでおけばよかったとも後悔した。
ちょっとだけだが……。
「おい。
この後どうする?
〈機械仕掛け〉と心中は御免だぞ!!」
「そんなことさせない。
〈隊長〉は、必ず娘さんのところへ還す。
そう約束したんです」
「約束?」
いったい誰と?
〈俺〉は混乱する。
〈俺〉はとにかく、〈機械仕掛け〉を無事に持って還れと命令されてきている。
〈機械仕掛け〉が〈俺〉を無事還す?
それじゃあ、本末転倒だ。
「跳びます」
次の瞬間、〈俺〉を乗せたまま〈機械仕掛け〉は跳躍していた。
重力が、一瞬だけ0Gになる。
その後はもう、墜ちていくしかない。
ロケットモータの逆噴射。
あるいは、パラシュート降下でもできない限り。
〈俺〉は死を覚悟する。
娘との約束は果たせなかった。
今度、連れて行くと約束したライブステージ。
出演アイドルのアーティスト名はなんだったか?
海面、否、岩場がぐんぐん近づく。
〈俺〉が死ぬときは、銃弾や砲弾によるものだと思っていたな……。
これではKIA(戦死)というより、事故死ではないか。
衝撃。
〈機械仕掛け〉の伸びきっていた4つの脚部が、極限まで縮む。
脚部の衝撃減衰装置が底を突く。
気化した衝撃減衰剤が噴出する。
「〈隊長〉!
〈隊長〉!!
大丈夫!?」
「ああ。
まだ、生きてるみたいだ」
「よかった……」
周囲に着弾がある。
「おい!
〈機械仕掛け〉こそ動けるのか?」
〈機械仕掛け〉の脚部はギシギシいうだけで、制御が効いていないようだ。
「無理みたい。
行ってください。
潜水艦が近くまで来ています。
〈隊長〉なら、泳げない距離じゃない。
どうせ、もう、わたしには還るところなんて……。
〈隊長〉は、娘さんのところへ還らなくちゃ」
「御託はいい。
さっさと還るぞ!
いっしょにな!!」
前方で爆発!
岩が砕け散り、引きちぎられた〈機械仕掛け〉の部品といっしょに空を舞う。
〈俺〉は、崖上を見る。
そこには、小銃を構えた兵士に混じって、RPG(対戦車擲弾)を構えた兵士がいた。
あれはまずい!
大いにまずい!!
〈俺〉は肩に掛けていた小銃を手に取ろうとするが、どこかにいってしまってない。
ホルスターから軍用拳銃を抜くが、崖上の敵兵を豆鉄砲で撃ち上げてどうなるとも思えない。
せめて、至近弾で敵の頭でも引っ込めさせることができれば……。
そのとき、銃声が2つして、RPG(対戦車擲弾)と敵兵が降ってきた。
海を振り返ると、黒々とした鯨の背のようなものの上に、腹ばいになった兵士の姿が見えた。
〈俺〉は海軍の特殊部隊だな、と思う。
「助かったぞ!
おい!!
返事しろ!!!」
〈機械仕掛け〉に呼びかけるが応えがない。
「くそっ!!」
〈俺〉は〈機械仕掛け〉の〈AIユニット〉を探す。
こんなことなら、ちゃんと説明書を読んでおけばよかった!
そのとき、ひび割れた液晶モニタが展開した。
目をやると、
「【警告】AIユニットよりも、記録モジュールを優先せよ!」
と、ある。
「どうせ、データは転送してあるんだろ?
バックアップなんかよりも、〈AIユニット〉のが優先だ!!」
〈俺〉はやっとのことで、〈AIユニット〉を取り外した。
ソケットは強引に引き抜いた。
何個か破損したようだが、〈研究所〉の連中なら、ソケットぐらいなんとかするだろう。
〈俺〉は〈AIユニット〉のストラップを引き出し、腕を通して背負う。
何が詰まっているのか知らないが、ずっしりとした重みがある。
「〈隊長〉!
お会いできて光栄です!!
お怪我は?」
いつの間にかボートで接近してきていた海軍特殊部隊の若い士官が、声を掛けてきた。
「〈俺〉は大丈夫だが、〈AIユニット〉に電源が必要だ。
早急に艦内に運びたい」
「了解。
これはどうします?」
若い士官が、躊躇いがちに大破した〈機械仕掛け〉の抜け殻を指す。
「連中に贈り物はできない。
収容できないのなら、爆砕するしかないな……」
「了解」といった若い士官が、部下たちに指示を出す。
C4(軍用爆薬)を取り出した特殊部隊員たちが、きびきびと動きまわる。
「背中のものをこちらへ」
「ありがとう。
だが、〈俺〉が連れて行くよ」
〈俺〉は手を貸してもらいながらボートへ移る。
ボートは岩場を離れ、黒光りする潜水艦へ向かった。
振り返ると、すでに崖上に人影はなかった。
そのとき、崖下で大音響とともに水しぶきが上がった。
岩場の形が変わるほどの大爆発だった。
〈機械仕掛け〉の身体だったものは、跡形もなく消え去っていた。
〈俺〉の脳裏には〈研究所〉の連中の苦虫を噛み潰したような表情が浮かんだ。
出撃前に、〈機械仕掛け〉がどんなに資金や労力を費やした傑作機なのかを力説していたっけ。
これからの戦場を変える発明だとかなんとか。
もちろん、〈俺〉はよく聞いていなかったが……。
潜水艦のはしごを登ると、狙撃銃を抱えた特殊部隊員が敬礼してきた。
「さすが海軍特殊部隊の狙撃手だな。
艦上から、この距離でよく当ててくれた。
命拾いしたよ」
〈俺〉が手を差し出すと、狙撃手はガッチリと握手してきた。
「恐縮です、〈隊長〉。
いやあ、でも。
1発じゃ無理でした。
狙撃銃が半自動だったおかげです。
まだまだですよ」
「〈隊長〉、急ぎましょう。
この国にも、形だけとはいえ海軍というものがある」
いちど艦内に消えた若い士官が、ハッチから半身を出していった。
〈俺〉は、ハッチから艦内へと導かれる。
はしごに足を掛けようとしたが、このままでは通り抜けられないことに気づく。
そして、〈機械仕掛け〉の〈AIユニット〉を背中からそっと降ろす。
潜水艦乗りが手伝ってくれる。
「大事に扱ってくれ。
そうだ。
そーっと」
そして〈俺〉は、〈AIユニット〉を手の平で2回軽く叩きながら、
「いっしょに還ろう。
相棒」
といった。
「侵出のモルモット小隊」【完】




