#46
―?SIDE―
着信を知らせる赤いランプが点滅を繰り返す。
事務仕事用に設置された机にある固定電話が鳴っていた。
顎髭を蓄えた強面の男が面倒くさそうに受話器を手に取る。
男が面倒くさそうにするのも無理は無い。もともと只のインテリアと化したこの電話。
それが鳴るという事は下の者達では対処できない案件が発生したという事になる。
今日は非常に重要な案件があったので出来るだけ面倒事は避けたいと思っていたのだが上に立つ者としては避けては通れない道だ。
「つまらん要件だったら・・・分かっているだろうな」
受話器の向こう側の相手を威圧するかのように男は低い声で問いかけた。
眉1つ動かさずに話を聞いていた男はある単語を聞いてガッと目を見開くと同じ言葉を繰り返した。
「奪いに来る・・・だと」
受話器の向こうではまだ何か言っているようだがそんな言葉は一切この男には届いていない。
我に返った男は受話器を叩きつけるように元の位置に戻すと懐から携帯を取出し何処かへ電話をかけ始めた。
「あぁ私だ、実は・・・」
―治安維持局沿岸警備隊SIDE―
「あー先ほども話したが今日は緊急の抜き打ち訓練がある」
上司の男が部下達を集め訓練の内容を説明していた。
最近頻繁に領空・領海侵犯されているせいか緊急時に適切な対応が出来るか度々訓練として試されている事もあり別段と不思議に思う者は誰1人と居なかった。
今回この訓練の話が来たのは治安維持局沿岸警備隊という部隊である。
海上保安庁を主体に装備強化を行った結果誕生した防衛組織であり、自衛隊の国軍化に伴い誕生した治安維持局の海専門部隊とでも思えば分かりやすいだろう。
今回は国軍も協力してのかなり本格的な訓練になるらしい。
仮想敵国機に扮する国軍の航空機を疑似標的とし、その航空機が領空を侵犯、武装している事から本土への攻撃が考えられる為洋上での撃墜をせよとの内容だった。
だが実際には撃墜はしない、あくまで訓練である。
新しく開発された対空ミサイルの試評も兼ねているという話だから軍の協力も得られたのかもしれない。
着々と訓練の準備を進める沿岸警備隊の司令室に1本の報告が入った。
「南南西沖合20km地点でレーダーに反応有、敵味方識別コード確認…陸空研です」
「陸軍局か…型式は?」
「AH-64D戦闘ヘリコプターです」
「旧式か…陸軍局からは訓練飛行の報告は来ていないのだな」
「はい、問い合わせますか?」
「いやかまわん、抜き打ちのテストだ。こいつが疑似標的だろう。各員戦闘配置!普段の訓練の成果を見せる時が来たぞ!」
「「了解!」」
慌ただしく動き出した司令部はレーダーに映った機影を仮想敵国に扮した国軍の航空機と判断、抜き打ち訓練が開始されたものと思い行動を開始するのであった。
すぐさま洋上で待機していた2隻のフリゲイトにも訓練開始の連絡が行った。
このフリゲイトはミニイージス艦とも呼ばれ多機能防空システムを搭載した駆逐艦クラスの戦闘艦である。
戦力増強の為に旧海上自衛隊が導入していた物をそのまま沿岸警備隊で流用する形で使用しているが訓練で使用するのはよほど大掛かりな規模の訓練だけというぐらい滅多に作戦には参加しない艦である。そのことを考えれば沿岸警備隊の力の入れようが垣間見えてくるだろう。
もっとも現場に近かった2番艦〈くらはし〉が迎撃を行う事が決まった。
「レーダーに機影を補足、巡航速度200㎞/時で飛行中!」
「敵の目的地は分かるか?」
「進行方向から推測するに要塞島かと」
「ん?本土に向かってるんじゃないのか」
「はい、南下中です。本土からは離れて行きます」
「・・・まぁいいか。各員戦闘配置!対空ミサイル発射準備急げ!」
くらはしの戦闘情報センター(CIC)ではレーダーに捕捉した敵機の情報が行き交い対空戦を担当する対空戦区画では慌ただしく人員が行き来していた。
今回試評も兼ねて搭載された新型ミサイルは射程距離が短いが発射までの時間を短縮させたポイントディフェンスミサイルという部類の物だ。
本来の使用目的で言えば超音速で飛来する対艦ミサイル迎撃用の兵器だが対航空機用に改良を施した試作兵器である。
試作兵器という事もあり射程は5~10㎞程度と短く今回は誘導性のテストらしく火薬は搭載しておらず自爆装置と推進剤ぐらいしか火薬は搭載していない。撃墜訓練でも命中前に自爆させる手筈となっている。
「目標射程圏内です!」
「最終安全装置解除、ミサイル発射!」
「ミサイル発射!」
艦中央に設置された近接防衛ミサイル発射装置から轟音と共に1発のミサイルが発射された。
赤い光の筋と白い煙を巻き上げながら目標に向け飛び立って行く。
発射前に打ち込まれたデータに基づき順調に飛翔したミサイルは艦から目標に向け発射されたレーダー派を捕捉すると目標に向け突入を開始した。
ミサイルの接近に気づいた敵機は飛行速度を上げると回避行動を取るようになる。
機体の中心を軸に回転し急旋回した後に背面飛行のまま急降下しミサイルの接近をかわした。
急激なGや位置エネルギーの消失により墜落の危険が大きい回避行動だ。
いくらアパッチが高い機動性能を誇る機体でもよほどパイロットの腕が良くないと難しい動きである。
「おい感心している場合か、推進剤が切れる頃だ自爆させろ。続けて第2射準備、撃て!」
目標をそれた1発目のミサイルは推進剤を使い切った後自爆装置により自爆させられた。
続けて2発目のミサイルが発射される。
現時点ではミサイルが小型な為推進剤が少なく敵機を狙えるのがワンチャンスしか無いという事だ。
その為3発目の発射準備をしている時に事件は起こった。
「ミサイルの異常を検知!こちらからの指示を受け付けません!」
「なに!?どういう事だ」
「おそらく敵機のジャミング装置によるものか、もしくは試作兵器ゆえのトラブルかと」
「止むをえん、訓練は中止!アパッチのパイロットに通信を繋げ!」
「無理です、間に合いません!」
「くそ、無事に回避してくれる事を祈るしかないというのか…」
いくら火薬を積んでいないミサイルといえど飛行中の機体にぶつかれば大惨事は免れないだろう。
目標を追い続けるミサイルをモニター越しにしか見る事が出来ないのかと悔しがるくらはしの船員達。
だが彼らは思い知らされる事となる。
先ほどの回避行動が偶然やまぐれでは無かったと。
回避行動を続けるアパッチの後方から機体へと吸い込まれる様に近づいていくミサイル。
あわや命中すると誰もが思った時だった。
機首を上げ急上昇するアパッチは何かをばら撒いた後そのまま機体を左に捻りながら降下した後高度を確保しつつ安定飛行に移った。
ミサイルの方はやや降下しながら真っ直ぐに飛ぶと推進剤を使い切ったのかそのまま降下し海中へと飛び込んで行った。
この時アパッチがばら撒いたのは唯一の装備品であったチャフである。
チャフは物理的な自衛手段の1つでレーダー派を妨害、攪乱しミサイルが自機に命中するのを防ぐ効果がある。
ただこの兵器の運用で難しいのはタイミングが非常に重要になってくる。チャフが空中に漂っているのは数秒しかない、ミサイルが近すぎても遠すぎても駄目なのだ。
チャフにより誤誘導されたミサイルはアパッチに命中する事なく海へと消えた。
「「ふー」」
「なんとかなったようだな」
一連の動作を見守っていたくらはしの船員たちは安堵の溜息をする。
今回の訓練の報告やミサイルの自爆失敗などの報告をする為にくらはしは訓練を中止し帰路へと着いた。
―島崎SIDE―
眼下に煌めく水面は今日も青かった。
あれ、いつの間に海上まで来たんだ?そんでここは何処?などと、今直面している現実から逃避することばかり考える島崎。
南部の操るアパッチは急に飛行速度を上げたかと思うと上へ下へと激しく動き時には宙返りをするなどアクロバット飛行を繰り返していた。
いや正確に言うならば回避行動と言った方がいいかもしれない。
激しい機動に体を揺さぶられ続けた島崎の限界は近い。胃の中の内容物をぶちまけそうになっていたがそうした場合いったいどれほどの金額を請求されるのかと考えただけで頭痛がしたのでそれをぐっと堪えた。だが1つだけ堪えようとしても無理なものがある。
男性ならば誰しもが経験した事のあるあの下腹部の浮遊感だ。
例え両足に力を入れ踏ん張ってみても、腹筋に力を入れてみてもあの独特の浮遊感には抗えなかった。
「お・・・おふぅ」
情けない声と共に我慢の限界に達した島崎は力んだ瞬間になにかの装置に手が触れてしまった。
(・・・あ)
「・・・何も起きない?」
何かの装置を作動させてしまったかと焦ったが何か起こった様子は無い。
むしろ先ほどから鳴っていた警報音が止んだくらいだ。
なにか変な事になっていないかときょろきょろと周囲を見渡すがこれと言って変化は見られない。
「さすがです島崎さん!バッチリのタイミングだったです!」
「え!?あぁ・・・まぁ」
変な事をしてないかとドキドキしていた島崎は急に話かれた事で余計にドキドキが増し何の事かも分からないのに曖昧な返事を返した。
その後もしばらくドキドキしていたが飛行速度も最初の頃のように安定してきたので安心した島崎は外の様子を伺う余裕も出てきた。
低空飛行しているようで海面が近くに感じられる。
海を眺めていると水平線の向こうに島が見えてきた。
まさかあそこに向かっているのか?
「見えてきたです!あの島が五十嵐さんのご実家がある島ですよ!」
「まじっすか」
最初に見えた時には小さな島かななんて思っていたけど近づくにつれて段々とその全貌が明らかになっていく。
島の周囲は断崖絶壁で近づけそうなのは港のような場所だけ、それも普通の港じゃなさそうだ。
だって軍艦が停泊してるんだぜ?もう軍港じゃんかよ!
断崖も良く見ればトーチカのようなものまで存在しているし、監視塔のようなものまでちらほらと確認できるようになってきた。
あれは島じゃなくて要塞って言う奴じゃないだろうか。
新たな不安を抱きつつ着陸の準備にかかる南部と島崎であった。




