#42
これといって持参する物も無かったので手早く着替えを済ませた島崎は戸締りの確認を済ませると足早に自宅を後にした。
島崎が出かけた数分後に黒塗りのワンボックスカーが彼の自宅近くに停車する。
車内ではヘッドホンを片手に大掛かりな装置を操作する男とモニターを確認する男が居た。
モニターには島崎の済むアパートが映っている。
「ここで間違い無いのか?」
「はい」
しばしの沈黙が流れた後モニターを見ていた男が呟いた。
「何か動きはあるか?」
「いえ、物音1つしません」
ヘッドホンを手にした男が答える。
盗聴器でもしかけたのだろうか音で室内の様子を探っているようだ。
すでに室内に住人が居ないという事を判断し車を移動させるように指示を出す。
「我々の動きに感づいたか、頭だけじゃなく鼻も利くようだな・・・」
もちろん島崎が何者かの監視に気づいて姿をくらました訳ではないのだがそんな事彼らが知る術は無い。
こうして某国の諜報部で島崎を要注意人物とする話がより強まる事となった。
―――
自分の周りで勝手に物事が進んでいる事など知らない島崎はちょうど会社に着いていた。
正面玄関で待っていた同僚に先導され会議室へと向かう。
(あれ、もしかしてなんか緊急事態!?)
会議室に島崎が入った途端に騒がしかった会議室が静かになった。
皆が入り口から入ってきた島崎に注目している。
「今回の主人公が到着したようだね」
ボスに手招きされたので急ぎボスの元へと向かい事情を聞く事にした。
「あのこの状況はいったい・・・」
「なに簡単なことさ、社を上げてあんたをサポートしてやるから瑠璃を落としな」
「え?落す・・・ですか」
いまいちよく理解できていない島崎にボスが説明する。
ところどころ内容を盛りながらではあるが、他の社員には聞こえないように小声で言う。
ボスの説明はこうだった。
社で1番の武闘派である五十嵐さんがお見合いをする為に帰省しているという事。
今彼女に会社を辞められるような事があると会社としてもダメージが大きいという事。
そしてその彼女を引き留める役として選ばれたのが自分であるという事だった。
「五十嵐さんを引き留める理由は分かりましたがなぜ自分なんです?まだ知り合って日が浅い自分よりも適任者は他にも・・・」
「いや、あんたじゃないと駄目なんだよ」
最初は別の誰かにと淡い期待を抱いていたがボスが話す理由を聞き俄然自分でやらなくてはいけないとやる気を燃やす島崎だった。
理由は簡単である。
もしこのまま五十嵐が会社を辞めてしまえば島崎が部隊を率いて任務に就かなくてはいけないという事をボスから聞いたからである。
他にも部隊維持の為に雑務や訓練内容の考案に部下の健康管理等々、聞いただけで頭が痛くなるような話を延々と繰り返すボス。
すべてが嘘ではないが島崎をその気にさせる為に多少・・・いやかなり盛気味で話しているのは間違いないだろう。
五十嵐の為というより自分の為に闘志を燃やしている島崎を周りの社員達はいい意味で勘違いしていた。
「政略結婚を阻止に行くなんてなんだがドラマみたいね」
「前々から怪しいとは思ってたけどあの2人やっぱり・・・」
「いいな~私も彼氏が欲しいぃ!」
とまぁボスが島崎を脅して協力させているなんて知らない社員達は愛する者の為に奮闘する男という風に島崎が映っていた。
彼女達の勘違いや、普段から五十嵐には世話になっているからとか2人の恋路を応援したいからとかで非常に協力的に今回集まった社員達。
事実社の戦力の半分ほどが今回携わっている。自身の普段の業務そっちのけで・・・。
ボスは上手くいったと確信するとニヤリと笑う。
(こいつは上手くいったね、さぁ楽しい時間の始まりだよ)
準備していた五十嵐家にかんする資料と小型の骨伝導式イヤホンを島崎に渡す。
これは?とイヤホンを持ち上げる島崎に耳に付けるように指示をする。
言われたように耳に付けると聞きなれた声がした、南部さんだ。
「テス、テス!聞こえますですかです?」
「おお聞こえる、聞こえる。すごいなこれ」
耳の中に完全に隠れるほど小型のイヤホンに技術の進歩ってすごいなと感動する島崎であった。
「ちゃんと聞こえてるですね、よかったです」
「・・・え?どっかで見てるんですか」
マイクなんて渡されてないので辺りを見渡すが南部さんらしき姿は見えない。
「イヤホンマイクなのでちゃんと声も届いてるですよ。ちなみに私は今屋上ですです!」
「・・・」
凄いどころじゃなかった。
マイクに向かって喋らなくても勝手に声を拾ってくれるなんてスゲェなんてもんじゃないな。
「さて通信に問題もないようだし、そろそろ始めようか」
まさか直ぐにとは思っていなかった島崎は急かされるように屋上へと続く階段を上っていく。
この時島崎は失念していた。
どうやって五十嵐にお見合いを断念させるかで頭がいっぱいであった為になぜ屋上に向かっているのかまで考える余裕が無かったのである。
ついさっきイヤホンマイクの性能の凄さに驚いていた島崎だったが屋上に着いた時にはさらに驚かさせる事となる。
屋上へと出るドアへと手をかけて気づく。
(あれ?なんか屋上が騒がしいような・・・ってなんで屋上?)
ドアを開けた時、目の前に飛び込んできた状況に理解できず思考が一時停止してしまったのは言うまでもない事だった。




