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海神アビサロン

 玉匣たまくしげとは、鏡箱ともいい、古代人の身分の高い者が玉(宝石)や装身具などの貴重な物を入れて保管していた。

 やがて時代が下ると、化粧道具のくしなどを入れる化粧箱を玉櫛毛たまくしげと言うようになった。


「えっ、玉手箱って、浦島太郎が竜宮城で乙姫さまからもらって、持ち帰ったあの玉手箱ですか!?」


「そうじゃ」


「浦島太郎のお話でいう玉手箱というと……彼が地上へ帰るときに、乙姫が『決して開けてはいけないと』といって玉手箱を渡します。浦島太郎が亀にのって、元の浜に戻ると、地上では何百年もの年月が経っていて、浦島太郎を知る者は誰もいない。太郎が忠告を忘れて玉手箱を開けると、中から白煙がたちこめ、太郎はしわだらけの老人になってしまったという」


「そうだ。浦島太郎の話は現代までにかなり変更されてしまったが、元になったのは浦島子伝説だ」


 和鷹マリは数時間前にリポートしたとき、怪現象研究家で作家の伏木多那彦が話したことを思い出した。


 浦島子が常世の国・蓬莱ほうらいへ行く話である。


 真樽子市には、海童を助けて竜宮城に行った漁師が実在したという伝説があり、その名前は浦嶋子うらしまこという美しい若者であった。


 浦嶋子は村人に苛められた海童を助けた。

 海童はお礼に海底にある竜宮城に連れていかれた。

 そこは常世とこよの国・蓬莱という理想郷であった。


 常世の国には戦争も貧困もなく、そこの住民たちは死ぬことのない不老不死の存在であった。


「ふーむ……これをアビサロンが狙っているというわけですか……」


「うむ……幽霊なぞ信じぬわしでも、こんな怪文書が来てはいささか気になってしまっての……」


 墨江博士心配になり、イクシード・フォースに相談し、玉匣の保護を頼んだのだ。

 知り合いでもある蒼太が本部に迎えにきた。

 が、予想外の敵・黒い稲妻に襲われ、時間がかかってしまった。


「ちょっと、何ですか、アビサロンって……エステサロンみたいなもの?」


 部外者の和鷹マリが頭に疑問符をのせて質問する。


「エステサロンなわけないでしょ……」


 蒼太がマリの音声レコーダーの録音スイッチを勝手に切った。


「ちょっと、なにすんのよ!?」


「おっと、ここからはオフレコだ」


「もお……」


 マリは口をとがらせるが、肩をすくめた。


「アビサロンは、この玉匣や真樽子遺跡をつくった連中の子孫だよ」


「えっ!?」


「アビサロンについてくわしく知っているのは、墨江博士だけです。教えてください、博士!!」


「私も知りたいです!!」


 蒼太とマリに見つめられ、墨江博士はおもむろに口を開いた。


「うむ……わしが知っておる限りのことを話そう……戦前まで浦嶋子の子孫と言われる一族が真樽子に住んでいたらしいのじゃ」


「太平洋戦争以降、浦嶋子の子孫たちは遠くへ疎開したきり行方知れずになってしまったのですね」


「そうじゃ、きみはよく調べておるのう。感心するわい」


「あっ……いえ、あははは……」


 マリが頬を赤らめ、照れ笑いをした。

 怪現象研究家の伏木多那彦の受け売りだが、和鷹マリもこんな所で役に立つとは思っていなかった。


「この玉匣は、どうやって手に入れたんですか?」


「うむ。浦嶋子の子孫の浦嶋一族が土地家屋や財産を処分し、先祖の残した品々が回り回って、横浜の古道具市にでた。わしはそこで、手に入れたのじゃよ。由緒書きをよく調べたら、本物の浦嶋一族の品とわかったというわけじゃ」


「まあ……巡り巡って、墨江博士のもとに来た品なのですね……」


「浦嶋子が蓬莱国でもらった玉匣だと伝えられておる。それが、このような妙な品物だったとは、予想だにしなんだ」


 墨江博士はこの玉匣を見つめ、運命の奇縁について思いをめぐらせた。


「由緒書きは江戸時代中期に書き直した写しであったが、元になった書付は平安時代からあるという。浦嶋子が海童に連れられ、海底にある蓬莱国とこよのくにへ行き、真樽子にもどってきた。親兄弟は浦嶋子が神隠しにあったものと、消息をあきらめていたから、驚きようはなかった。


 浦嶋子が神隠しになってから、十年の年月が過ぎていたが、浦嶋子は若々しい姿のままであったという」


「浦島太郎の話に似ていますね……異界で過ごした者は、時間の流れが現世とちがうという昔話が色々あります。浦島太郎の昔話では、何百年も経ったと誇張されてますけど、元になった話では十年ですのね」


「尾ヒレハヒレがつくと、次第に大げさになっていくものなんだろな」


 蒼太が皮肉をいう。


「うむ。由緒書きによると、浦嶋子は、蓬莱国の海神わたつみが治める水晶宮すいしょうのみやへ迎えいれられた。この海神一族の名前が阿比寿崙あびさろんと書かれておる……王の名前は阿比寿王という」


「アビサロンって、海神一族の名前だったんですか!?」


「そうじゃ」


「海神の阿比寿王と訊いて、何か連想するものはないかい、マリさん」


 蒼太がマリに問いかけた。


「ええっと……アビスオウ……不思議な名前ねえ……でも、どこかで聞いたような……あっ、エビス様の名前に似ているわっ!!」


 マリが驚いて、思わず腰を浮かせた。


「阿比寿崙と阿比寿王は当て字であるが、あるいはエビスの語源になったのかも知れぬと、わしは仮説をたてておる」


「まあ……その、エビス様の元になった海神アビサロンが、現代でも生きているってこと?」


「千五百年も昔の話じゃ。さすがに子孫だろうとは思う。じゃが、蓬莱国の人間は、不老不死だという伝承がある。あるいは、同じ人物かもしれぬのう……」


「ひえええ……まるでオカルトみたいな話ですね」


 蒼太は、「オカルト番組のリポーターが何いってんだ」と思ったが、ひかえた。


「不老不死の人間がいるかどうかの議論はおいておいて、その先の話をおねがいします」


「うむ……海神王の阿比寿王には娘がおって、龍女媛りゅうじょひめという。彼女の家臣であった海童を助けてくれた浦嶋子をおおいに歓待した。龍女媛は浦嶋子が気に入り、水晶宮にずっと暮らすことを望んだ。じゃが、浦嶋子は里心がついて、帰郷することになった。そのとき、龍女媛がこの玉匣を浦嶋子に渡したという。その理由が他の浦島太郎の伝承とは異なる」


「どう、ちがうんですか?」


「龍女媛、つまりは乙姫のモデルになった人じゃな。蓬莱国では海神の一族が二派に別れて争っており、水晶宮にある兵器蔵へいきぐらの鍵をめぐって争いが絶えないという。龍女媛は、そのことで大いに嘆き悲しんだ。そこで、龍女媛は一計を案じ、浦嶋子に兵器蔵の鍵をあずけ、地上の国で隠してほしいと頼んだのじゃ」


「まあ……浦島太郎のお話とはずいぶんと違いますねえ……兵器蔵というのは、古代の武器を収めた倉庫のようなものでしょうか?」


「うむ。由緒書きによると、海神の一族が住んだ蓬莱国は、大昔は地上にあったという。しかし、長年月が経って、住民は堕落した生活をする者が増えていったという。町の風紀が乱れ、非道徳的な考えがはびこった。その有様に激怒した蓬莱国の大いなる神が、罰として、大地震を起こし、大洪水が襲い、蓬莱国を海の底に沈めたという。蓬莱国の神が一部の民だけ大きな船を造るように命じ、国が沈む大災害から救ったという話じゃ。その子孫が水晶宮に住む海神王と龍女媛の一族だというのじゃ」


「すると、その海神王たちが住んでいた水晶宮の遺跡が、相模湾でみつかった真樽子海底遺跡だと……それで、一年前に相模湾で真樽子海底遺跡が発見されたとき、墨江博士も調査に加わったのですよね」


 真樽子遺跡は、海底牧場建設予定地の調査中に、偶然、発見されたものだ。


「そうじゃ。わしは科学者であり、無神論者である。じゃが、玉匣がわしの手に入ったのも、海底遺跡が見つかったのも、偶然ではなく、まるで運命が引き寄せたものではないかと思わざるをえない。わしは遺跡の調査チームに顧問として加わった。海底遺跡は実に不思議なものであった。メディアが通称『真樽子ピラミッド』などと名づけたが、確かに南米のピラミッドによう似た形状をしておったのう。そこで奇妙な文字が書かれた石版を見つけた。わしは今、その文字を解析中なのじゃ」


「そうなんですか……」


「もっと石版がないかと捜索する最中に、あの事故が起きてしまった……」


 蒼太が暗い顔をして、


「一年前に海底牧場建設地で、いまだに原因不明の爆発事故が起きてしまったんですよね……」


「うむ……」


 マリは、真樽子港の波止場で目撃した蒼太と亀崎拓哉少年のことを思い出した。

 拓哉の父親の亀崎帆平かめざきはんぺいは、一年前に海底牧場建設中に事故があって行方不明になってしまったのだ。


「真樽子遺跡が、海に沈んだ蓬莱国の水晶宮……つまりは竜宮城ということですか!?」


「まだ断定はできん。だが、わしは十中八、九、そうだと考えておる。蒼太くん、その玉匣を開くことができるかな?」


 蒼太が玉匣を手にとり、調べてみた。

 箱という割りには、ふたもなく、筋目なども見えない。


「どれどれ……あっ、まさか白煙が出てくるんじゃ……」




 伏線回収話でてんやわんやですが、書いていて楽しいです。


 作品を読んでみて、面白かったと思っていただけましたら、広告下にある《☆☆☆☆☆》に評価していただけましたら、創作活動への大きな励みと活力になります。


 星の評価は日間ランキングの順位に大きく関わるため、今作のこれからに大きく影響いたします。


「今作を応援したい!」と思ってくださった方は、なにとぞ応援を、よろしくお願いいたします。


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