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『銀河の果てでも博多弁』  作者: リンダ


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六年遅れのこんにちは

 第7話

「六年遅れのこんにちは」


 惑星ルミナスの夜は、今日も明るかった。


 三つの月が空に浮かび、海は相変わらず洗濯槽のようにうねっている。


 星野家のリビングでは、ユウが小さなキーボードの前に座っていた。


 譜面には、まだ題名しか書かれていない。


 《六年遅れのこんにちは》


 ユウは鉛筆を握ったまま、じっと止まっていた。


「……書けん」


 ヒカリがソファで寝転がりながら言う。


「何が?」


「歌詞」


「じゃあ、うちが書こうか?」


「絶対いや」


「早い!」


 ミラは窓辺で端末を見ていた。


 アレンへ送った映像は、まだ宇宙の途中。


 当然、既読などつかない。


 けれどミラは、何度も画面を確認してしまう。


 ユウはその姿を見て、また譜面に向かった。


「遠い星に届ける歌やけん、ちゃんと素直な言葉にしたいんよ」


 ヒカリが起き上がる。


「素直な言葉?」


「うん」


「じゃあ、こうたい」


 ヒカリは即興で歌い始めた。


「百光年先のあなたへー、カレー焦がすなー、お好み焼き固めろー」


「それ料理指導歌やん」


 ミラが即ツッコむ。


 ユウは笑いながら首を振る。


「違うと。もっと、会ったことはないけど、声が届いたことが嬉しいとか……そういう気持ち」


 ヒカリが真顔になる。


「難しかね」


「難しい」


 ミラがぽつりと言う。


「言葉にしたら、急に恥ずかしくなるっちゃんね」


 ヒカリがにやりと笑った。


「ミラ姉ちゃん、乙女モード入りました」


「入っとらん」


「入っとる。今の声、完全に完熟トマトのしぼり汁やった」


「何その表現!」


 ユウは鉛筆を走らせようとした。


 でも、また止まる。


「こんにちは、って簡単な言葉なのにね」


 ミラが静かに言った。


「六年遅れて届くこんにちはか」


 この時代、近隣星系との通信は数年単位で遅れることが珍しくない。


 ルミナスから近い中継基地を通っても、ある星への返事は六年遅れ。


 遠いアステリアなら、もっと長い。


 それでも、誰かは送る。


 届くと信じて。


 ユウは小さくつぶやいた。


「返事は遅れて届く。けど、想いまで遅れるとは限らない……」


 ミラが顔を上げた。


「それ、いいやん」


 ヒカリも指を鳴らす。


「サビたい!」


 ユウは慌てて書き留めた。


 その時だった。


 リビングの壁面ニュースが切り替わった。


『銀河連邦外縁部、ノクティア共和国とアステリア星系周辺自治圏の間で、資源採掘権を巡る緊張が高まっています』


 ミラの手が止まった。


「アステリア……?」


 ニュース映像には、暗い星系図が映っていた。


 ノクティア共和国。


 アステリア周辺自治圏。


 境界宙域。


 採掘衛星。


 航路封鎖の可能性。


『連邦議会は双方に自制を求めていますが、ノクティア側は軍用艦艇の移動について通常訓練であると主張しています』


 ヒカリの表情から笑いが消えた。


「軍用艦艇……」


 ユウも譜面を握りしめる。


「アレンさんの星、大丈夫なんかな」


 ミラは何も言えなかった。


 まだ会ったこともない。


 声と映像しか知らない。


 それなのに、胸の奥が冷たくなった。


 アレンが笑っていたリングの空。


 お好み焼きを失敗して、母にツッコまれていた台所。


 あの場所が、ニュースの中の「緊張地域」になっている。


 母・美咲がリビングに入ってきた。


「見たのね」


 航平も後ろから来た。


 顔がいつもより険しい。


「ノクティアは資源絡みで強引なことばする国たい。まだ戦争とは限らん。でも、きな臭い」


 ミラが端末を握る。


「今、何か送っても……届くのはずっと先やん」


 美咲は静かにうなずいた。


「それでも、送ることには意味があるわ」


 ユウは譜面を見た。


 書けなかった歌詞。


 けれど今、少しだけ書くべき言葉が見えた気がした。


「ミラ姉ちゃん」


「何?」


「この歌、アレンさんだけじゃなくて、遠くで不安な夜を過ごしてる人に向けて作ってもいい?」


 ミラはゆっくりうなずいた。


「うん」


 ヒカリは、いつもの調子を少しだけ取り戻すように言った。


「じゃあ、笑いも入れよう」


 ユウが目を丸くする。


「笑い?」


「不安な時に、真面目だけやと息が詰まるたい。こんにちは、のあとに、ちゃんと笑える場所ば作る」


 ミラは少し笑った。


「ヒカリらしいね」


 ヒカリは胸を張った。


「遠い星にも、腹筋崩壊は必要たい」


 ユウはもう一度キーボードに向かった。


 最初の音を鳴らす。


 やさしく、ゆっくりと。


 六年遅れて届く、こんにちは。


 届く頃には状況が変わっているかもしれない。


 届く頃には、相手が泣いているかもしれない。


 届く頃には、笑えているかもしれない。


 それでも、今の自分にできることは、言葉と音を送ることだけだった。


 ユウは歌詞を書き始めた。


「六年遅れのこんにちは

 それでも今、あなたへ向かってる

 返事が遠くても

 声は迷子じゃない」


 ミラは窓の外を見た。


 三つの月。


 うねる海。


 そして、遥か遠くのアステリア。


「アレンさん……」


 小さく呼んだ名前は、まだ届かない。


 でも、想うことだけは、今すぐできた。


 その夜、惑星ルミナスの小さな家で、一曲の歌が生まれ始めた。


 それは恋の歌であり、家族の歌であり、遠い星に生きる誰かへの祈りでもあった。


 次回予告


 ユウが作り始めた歌《六年遅れのこんにちは》。


 しかし銀河の空気は、少しずつ不穏さを増していく。


 ノクティア共和国の艦艇移動。


 アステリア周辺航路の警戒強化。


 そして、アレンから過去に送られていた新たな記録映像が届く。


 そこには、まだ緊張を知らない彼の笑顔が映っていた。


 次回、


 第8話

「ラジオの向こう側」


 笑っている声の向こうにも、見えない不安がある。

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