答え合わせ
「お、俺は全てを知っているよ」
はじめ、多原は、円佐木さんのことを、そういう系の不審者だと思っていた。
踏切の向こうに家がある島崎と別れて、多原がてくてくと歩いていると、電柱の影からぬっ……と出てきての第一声がそれであったからだ。
多原は、迷わずスマホを取り出した。そのくらいの危機管理はできているし、今までの誘拐を考えれば、距離を保って話しかけてくれるだけイージーに思えたのだ。そのイージーさが、のちに多原の足元を掬っていったんだけれども。
「い、良いのかな……警察を呼べば……君がやってきたこととか……明るみに出ちゃうよ……」
多原がスマホを取り出したのを見て、円佐木さんはそう言った。まさしく脅しである。
「なんのことですか?」
多原は渾身の知らないふりをした。思い当たることは、ぶっちゃけたくさんあった。円佐木さんは、眉を下げて笑った。
「け、結婚式を中止にした黒幕は、君なんだよね……? た、たくさんの人を巻き込んで、君は、本家の長女の結婚を阻止したんだ……」
「な、なんのことですか?」
「わ、わからないならそれで良いよ……でもさ、き、君に協力してるって知れたら……た、立場が危うくなる人は、たくさんいるんじゃない? たとえば、本家の長男とか」
多原は、ごくりと唾を飲み込んだ。どうしてという言葉が、喉から出かかった。
円佐木さんは、いつのまにか、多原の前まで来ていた。
「だ、だからさ……ちょっと、俺と話そうよ、多原君。ね、悪いようにはしないからさ」
円佐木さんは、誘拐ーーをされることーーに定評のある多原を、言葉巧みにあのファミレスまで誘導した。
「く、車に乗せないんですか」
「み、密室は怖いだろ?」
変なところで気を遣ってくれるから、根は優しいのかもと、あの時は思っていた。けれど、今考えればそれは、多原を逃げにくくする策だったように思う。
「ひ、人のいるところで話せばさ、多原君の緊張も解れると思うし……それにほら、ここは、美味しいものがたくさんあるんだよ」
席につき、メニュー表を開いて見せてくれる円佐木さん。高価格帯のメニューが並んでいて、多原は思わず目を眇めてしまう。
「お、俺の奢りだからさ、なんでも、好きなもの頼んでよ……」
あの時の多原でも流石にわかった。これは、賄賂だ。多原に結婚式のことをゲロらせようとしている。
ノーと言える男多原は、円佐木さんに向かって片手を突きつけた。
「おお、俺は、水だけで生きていけるのでッ」
と言いつつも、ちらちらとメニュー表の方に目を向けてしまう。多原は、普通の人間と同じく、美味しいものを食べるのが好きである。未練が残ってしまうのはしょうがないだろう。
「あっ、でも水だけじゃアレなのでドリンクバーたのもっかなー……」
せっかくお客さんとして来店したのだ。財布の中をチラッと覗いて、多原はそう決めた。決して高価格帯ファミレスを一部だけでも楽しみたいという理由ではなく!
だが、円佐木さんは、机に肘をつき、
「多原君」
「な、なんですか」
「じ、人生の最後は、美味しいものを食べて終わりたいと思わない?」
などと、物騒なことを言ってきた。これは遠回しでもなんでもなく、殺害予告である。
多原は、顔を青くすると共に、「それはそうだな」と思ってしまう。おそらく、多原は殺される時に思うだろう。「アレ食べておけば良かった」と。
「だ、だからさ、好きなものを頼んでいーよ……最後の晩餐だと思ってさ……最後の晩餐が、人のお金で食べるものっていうのは、中々に良いと思わない?」
「い、一理ある……」
過去の自分にマウントポジションを取って殴り倒したいと思う多原である。一理も何もないんだよと、今になって思う。
大体、敵である円佐木さんが多原のことを考えた発言をするのはおかしいのに、その時の多原は、ひょいひょい乗ってしまったのである。高価格帯のファミレスは、それぐらい魅力的だった。
「で、でも夕飯が入らなくなるから、えーと、そうだ、このミニパフェにしよっかな!」
「じゃ、じゃあこの一番大きいパフェにしようか……季節の果物をふんだんに使った……」
「話、聞いてました?」
もちろん多原は負けた。
……と、いうのが昨日の出来事。
『またこんなことがあったら、僕の心臓はおかしくなる。多原、連絡先を交換してくれ』
などと真顔で言った巳嗣さんと、連絡先を交換したのも昨日の出来事。そしてその時に、とあることに多原は気付いてしまった。
「……はぁ〜」
葉山さんの家の門の前で、インターフォンを鳴らして待つこと十五分くらい。いつもなら速攻橿屋さんが門を開けてくれるのだが、今日は留守なのか、応答がない。
その間に、多原は重い気持ちで、スマホを取り出して、メールボックスを開いた。知っている名前の人からメールが一通。
『葉山林檎から話は聞けた?』
「あの時だな……」
多原は思いっきり眉を顰めた。たぶん、桜一郎さん達から電話がかかってきて、スマホを没収されてる間に、勝手に連絡先を登録されたのだろう。一通目のメールは、円佐木さんからのメールを無視したら、即刻多原に協力してくれた人たちのことをチクるという内容だった。
なので、多原は、円佐木さんに律儀に返信するしかない。
『まだ聞けてないです』
別に暴力は振るわれてないが、多原は微妙に円佐木さんに恐怖を感じているので、敬語で短く返信する。すぐに、返信があった。
「返信はやっ」
もはやbotである。
『楽しみだね。今、葉山の家の前にいるの?』
「……!?」
ぞわっとして、多原はきょろきょろと辺りを見回してしまう。鎌かけだとはわかっている。だが、あの人なら本当に監視しているかもしれない。
ドキドキしながら、多原は嘘をついてみた。
『まだ学校です』
またもや、すぐに返信がくる。
『うそついたね』
「〜〜っ!?」
たった六文字の平仮名に、多原は、飛び上がらんばかりだった。心臓がばくばくしてくる。監視されている……!
『監視はしてないよ。多原君がわかりやすいだけ』
多原はずっこけそうになったが、人の家の前なので我慢した。ポーカーフェイスを心掛けなければならないが、多原が真剣な顔をしていると島崎が爆笑するだけなのである。
「もっとこう、“無”になるんだ……“無”に……」
葉山さんちの前で、あろうことか、多原は、無になる練習をしだした。これも、円佐木さんに気取らせないためである。
「メールの文面も、もっと“無”にしなきゃ……情報の一片たりとも渡さない感じで……」
じゃなきゃ、多原と関わった人に迷惑がかかってしまう。ていうか、それを言ったら、堂々と葉山さんちに行ってる時点で迷惑なのでは?
「帰るか」
そう思って、多原が、葉山家の門に背を向けた時だった。
「……お待ちください、多原様」
門の開く音がして、凛とした声が聞こえた。多原が振り向くと、そこには、林檎さんが立っていた。彼女に笑顔はなかった。
「あ、林檎さん。いたんですね?」
「ええ、居ましたよ。ずっと、私はこの家にいたんです」
林檎さんは、謎かけのようなことを言った。ふいと多原から目を逸らして、だけど、多原を手招きする。
「入って下さい、ここに居られると迷惑なので」
「やっぱりそうですよね〜」
多原は林檎さんについていく。林檎さんは、多原のことを見てくれない。
「本当は、貴方をこの家に入れないつもりでした。だけど、こういうことは、はっきり言わないとと思いまして」
「こういうことって?」
多原が首を傾げると。
それはそれは綺麗な笑みで、林檎さんは言い放った。
「私、本当は、貴方のことが嫌いだったんです」




