かじき、じこう、ぎおんご、うなぎ、しゅーくりーむ、いし、うのはな
暗い夜道でも、友達としりとりして歩いていたらあっという間だ。
多原は軽い足取りで、街灯の少ない道を歩いた。ちょっと足を高く上げて、雨の日にできるだけ地面から足を離すみたいに。架空の水溜まりをぱしゃぱしゃ踏んで、多原は帰り道を歩く。
「いか、きじ、うさぎ、ごそう、ぎしゅ、むーるがい、しこう、な、な……なんでやねん」
はたと気付いた時、多原は突っ込んでいた。そして軽い恐怖を覚えていた。
『あっ、“ん”がついた。多原、お前の負けな』
島崎の嬉しそうな声を聞きながら、多原は立ち止まり、自分の手元を見た。
右手には、『学校 幽霊 噂』と検索結果の出ている自分のスマホ。そして、左手には、今現在、島崎としりとりしてるスマホを持っている。
「???」
今日ははてなマークを浮かべることが多い日だ。
「ていうかお前、なんでこっちのスマホにかけてきてるの?」
幽霊ハンターさん曰く、これは図書委員の忘れ物だったはず。
「お前って、図書委員だったっけ?」
『やっと気付いたか』
島崎のちょっと呆れたような声が聞こえた。
『まあとりあえず歩け。遅くなればなるほど、おじさんが騒ぐぞ』
「うん」
多原は自分の父が過保護なことを(恥ずかしいので)島崎に教えた覚えがない。だが、父親に騒がれるのは確かに嫌なので、家に向かって歩いた。
『んじゃ、しりとりの続きやるか?』
「ちょうど負けちゃったから、お前の話をしてくれ。どうしてこのスマホにかけてきたのか」
この期に及んでしりとりをしようとする島崎に、多原は真剣に言った。
『おーけー』
それに対して、あんまりにも軽い返事をした島崎の背後では、踏切の音が依然として鳴っていた。あっちは歩く気がないみたいだ。
『まずお前に言っておきたいことがある』
ごくりと多原は唾を呑んだ。多原の脇を、白い車が通り過ぎていく。闇の中でも一際目を引くその車の特徴を電話越しに島崎に伝えると、島崎はその車種を教えてくれた。
『じゃなくて! お前に言っておきたいことがあるんだってば』
「なに?」
『いいか、よく聞いとけよ。俺はお前と、げふんっ、友達になるまで、お前が芝ヶ崎の関係者だとは知らなかったんだよ。本当だ、本当だからな』
「? わかった」
何をそんなに必死になるのかはわからないが、島崎にとっては大事なことらしい。多原が返事をすると、島崎が「はぁー」と息を吐いた。
『お前さ、俺が芝ヶ崎の話をしていることに疑問を持てよな』
「あっ、そういえば」
多原は右手のスマホを右ポケットにしまい、口元に手を当てた。その後、謎のスマホを右手に持ち替えた。
『……からなぁお前は。まあいい、とにかく、俺が今言ったことでわかるだろ? 俺が、芝ヶ崎の関係者だってこと』
突然だが、芝ヶ崎において重要なのは、一に実力。二に血の濃さである。
実力なくして芝ヶ崎上位ランカーにはなれず、血なくして以下略。理想としては、血と実力、両方備えている方が良い。
そんな芝ヶ崎内でのお家ランキングは変動が激しいものであるが(多原はそこのところあまりよく知らない)、だいたいのランキングは苗字で知ることができる。すなわち、芝ヶ崎の“崎”がついているかどうか。本家の苗字の一部を名乗っているかどうか。
多原家は、血も濃くないし実力もそんなになかった(過去形なのは父のせいだ)ので、“崎”の字はいただいていない。完全なる雑魚である。
対して、芝ヶ崎のナンバーツーの鳶崎さんは“崎”の字があるし、この前会った、物騒な巫女さんのいる漆崎も同様に、もうそれはすんごいお家なのである。
『だからねキョウ君、芝ヶ崎の上位の家の人には関わっちゃだめだよ』
『レイ姉ちゃんは?』
『彼女はしょうがないね、本当は離したいけど。けっ』
父親のグレた顔と共に、そのエピソードを思い出した多原は、「あばばばば」と声を上げた。
「まさかお前、芝ヶ崎上位ランカー様……!?」
『その通り。崇めるがいい多原君』
島崎の得意そうな声を聞きながら、多原は「ははー」と棒読みで言った。そうはいっても、相手は島崎である。
『というか。“崎”がつく時点で気付けよ』
「だって、島崎ってどこにでもありそうな名前じゃん。ていうか、“崎”がつくだけで芝ヶ崎認定してたら日本の人口の何割が芝ヶ崎になるんだよ」
『……そりゃそっか。こぉんな田舎のムラ社会が考え出したクソシステムで気付けっていうほうが無理だな』
「なんか、すごい荒れてない?」
『ああ、俺、芝ヶ崎嫌いだから』
島崎の声が低くなっていく。反対に、今通った空き地の虫たちは、綺麗に高い声で鳴いていた。
『階級が必要なことは否定しない。俺たちの一族の特性上、それが必要なこともわかってる。だけど、何もかもを犠牲にして、家を継続していくことが正しいとは思えない』
多原は角を右に曲がった。今度は、大きな、何かの動物みたいな油圧ショベルーー島崎に教えてもらったーーが眠る工事現場が見えてきた。
『だから俺は、芝ヶ崎を解体しようと思った』
公園の前の車止めを縫うように歩きながら、多原は島崎の言葉を聞いていた。
『それなのに、お前みたいなアホもいるって知って、いま、迷ってるんだよ……幸運なことに、俺の飼い主もお前のことは悪く思っちゃいない』
だったらやめればいいじゃん、とは、多原は言えなかった。
多原には、レイ姉ちゃんという大切な人がいる。だから芝ヶ崎は解体しないでほしいのだが、反面、芝ヶ崎の嫌なところは熟知している。このままで良いなんて、口が裂けても言えないのだ。
『で、お前と過ごすうちに、遠回りも悪くないって思い始めてさ。いや、芝ヶ崎は解体するよ? けどさ、高校三年間、楽しまないのは損だよなーと思ったり。で、俺が出した結論は、それ』
「どれだよ」
多原は、車止めの間をようやく歩き終わって、半眼で言った。
『だから、お前と馬鹿なことがしたいなーって思ったんだよ。青春っぽく。なあ多原、芝ヶ崎、ぶっ壊さないか?』
「テロリスト!?」
『言い方が悪かったわ。リフォーム、解体じゃなくてリフォームしようぜ。劇的に』
「ビフォーアフターってわけだな」
『そうそう。手始めに、俺の持ってる情報を教えてやるよ』
「いや、まだやるとは言ってないけど」
『まあまあ、俺の話を聞いたら、匠になりたくなるからさ。いいか、よぉく聞けよーー』
色良い返事を聞いて、島崎は満足そうにスマホをしまった。
本当は、怖かった。多原に拒絶されてしまうのが。だから、余計なことを考えてしまう静かな場所じゃなくて、こんなにうるさい踏切の鳴る場所で通話し続けたのだ。
「まあ、杞憂だったかな」
鞄を背負い直す。はじめて出来た、友達と言える存在に拒絶されるかも。そんな思いを抱いていたからか、手汗はびっしょりだった。
「芝ヶ崎令の名前を出したのは、ちょっとズルかったかもしれないけど」
手汗を振り払うように、島崎は右手をぶんぶん振った。
「彼女だって、それを望んでるはずさ」
ようやく手汗を振り払った島崎は、多原のいるであろう方向を向いた。
「じゃ、一緒に青春しようぜ多原君。まずは手始めに、結婚式をぶち壊そうか」




